杖
軽く頭を抱え始めるシルラーズさん。
このパイプに何かあるのだろうか。
見た感じは普通のように見えるが……。
軽く振るってみる。うん、なじむ。
「それはおそらくだが……君の杖だろう」
「杖ですか?」
「妖精の餞別のつもりか……あれらは気に入った者には無条件で様々なものを与える習性があってな」
「そんな破産しそうな……」
「とはいえ、基本的にはガラクタばかりだ。君のように実用的すぎるようなものは普通は贈らない。……相当気に入られているのだな、妖精に」
「そう……なんですかね」
シルラーズさんがそういうのならそうなのだろう。
でも、一つ気になる点が。
――それは。
「シルラーズさん。妖精、じゃなくてあちらさん、ですよ?」
「―――む。そうか、そうだったか」
そこは魔術師も魔法使いもちゃんと気にしてあげないとね。
だって、彼らは……すぐそばにいる隣人なんだから。
「それはそれとして。プーカが夜君に会いに来たということで間違いはないのだな?」
「あ、はい。そうですよ」
「そうか。ちなみにだが、この学院には四方を起点として結界が張ってある。今日朝来てみれば、その結界がボロボロになっていた」
「あらま、そんなことが?」
「ああ、そんなことがあったんだ」
なぜこちらをじっと見てくるのでしょう、シルラーズさん。
「原因は、強大な力を持ったもの……妖精だな。それが結界を無理やりこじ開けたからだということがわかった。さて、その妖精は何者だと思う?」
「……さ、さぁ」
あ、なんか察した。
「答えはプーカだ。で、プーカは君に会いに来た。……どうすればいいか、わかるか?」
「えと、その……どうすればいいんですか……?」
自然的帰結として責任は俺にはいるみたいでーす。
俺寝てただけなんだけどなぁ……。
あまりに非道な命令が来ないことを祈って目をつぶる。
「身体が治ったら、しばらく私のメイドとして働け」
「……え、それだけですか?」
予想外に変な命令じゃなかった。
……いやさすがにこの感想は失礼か。うん、普通だった、普通。
「なんだ、解剖でもされたいのか」
「いやいやいや全力でお断りします!」
「……プーカのやつにも文句を……いや、右から左か」
完全に俺のせいだけってわけでも無いので、プーカにも是非に文句を付けてほしい。
だって理不尽じゃん。
……いや、杖?を貰っているから、一方的理不尽というわけではないけれど、それはそれというやつだ。
それにしても……何故杖なのにパイプなんだろうね?
すごく不思議だった。
「魔法使いにとって杖とは指揮棒のようなものだ。どんなときにも必ず必要……とまではいかないが、儀式にせよ簡単な呪いにしろ、杖があった方が何かとやりやすい」
「そうなんですか」
「そんな、自らの腕に等しい杖であるが故に、基本的にはオーダーメイドで作られるものが魔法使いの杖というものさ。素材から造形、小さな模様に至るまで、な」
「そこまで細かくこだわるんですか……」
「ところで、その杖は振ってみてどうだ。振り辛い感覚や痺れなどはないか?」
「いえいえ、全然です。むしろ馴染むくらい」
痺れなどはよくわからないが、とりあえず体格的にも軽さ的にも、なんというか……相性的にもピッタリである。
「そうか。プーカのやつが自らお前に合うものを作ったのだろうな。……どれ、ちょっと見せてみろ」
「はいはい、どうぞー」
そっと杖を渡す。
それを目の前まで持ってきたシルラーズさんは、鑑定士の如く全方向から余すことなく見始めた。
「……基礎にオーク、この茨紋はタイムを焼き付けたものか。恐ろしいほど丁寧に作られているな」
「タイムですか?」
「ああ。タイムを結ってこの杖の模様としているのだ。握りの部分は基礎を削ってあるだけだが……その上にある宝石はオニキスか」
「オニキス!」
確かに真っ黒だ。
宝石と聞くとなんかテンション上がる。
高級品だからだろうか?
「杖は基本自分か、もしくは師が作り出すものだが、君は杖など分からないだろうし師匠に当たるものもいないからな。ちょうどよかっただろう」
大体全部確認を終えたのか、シルラーズさんが杖を返してくれた。
……でも、受け取ろうとすると、待てと言われた。はい、待ちます。
「杖は……師がどんな魔法使いに育ってほしい、という願いやどんな魔法を扱ってほしいか、という祈りを込めて作られているものだ。君の場合はプーカがだな」
「プーカが俺にどんな魔法使いになってほしいかを……杖で教えているってことですか?」
「ああ。基礎として使われているオークは、知恵と力双方を象徴するもの。杖の材質として使われている以上、その二つの力をを増幅させるものだろう。模様として使われているタイムは、勇気などの意味があるが、この杖の場合は魔法の特性を示すものだろう」
「特性……」
どういう?
「マツリ君の魔法が、どんなものかだよ。魔法使いも魔術師も、様々な秘術を扱うが……やはり得意分野というものはあるからね」
「あ、なるほど」
……あれ、なんでプーカは俺の魔法の得意分野を、俺も知らないうちに把握しているのだろうか。
まあいいか。
「タイムの語源には、香りは煙などといったものがある」
「煙に香り……」
「まあ、結局自分の魔法の得意不得意は自分で決めることだ。これに関してそこまで気にすることはない」
「はい」
でも――なんだろう。
煙と香り……なるほどと思わず納得してしまった。
きっと俺はそれらに類するものを自分の魔法として扱うのだろうという、不確かな予感がある。
「そして、握りにあるこの宝石……オニキスだが」
今度はどんな意味だろう?
基礎が増幅させる力を、模様が魔法の特性を象徴しているのなら―――。
「これは、君自身の精神性……どういう魔法使いで在ってほしいかを象徴するものだ。オニキスの意味は……」
「守護、決断力……そして、強き精神を」
即ち、所持者の安寧と、迷ってもなお最後に答えを示す、歪みない強さを。
無意識に、その意味は口から出た。
「ふ。プーカのやつがまるで親だな。惑わず、迷わず、真っ直ぐ育て――そう言っているのさ」
「―――はい!」
うん、確かにまるでプーカは俺の親みたいだ。
……魔法をうんと覚えて、たくさんびっくりさせてあげよう。
今から、魔法を学ぶのが楽しみになってきた。
そうと決まったら、まずはこの学院を見物してみるとしようか!
ひょいっとベッドから飛び降りる。
「おい、安静に……」
「大丈夫ですよ―――あちらさんたちに、しっかりさわってもらいましたから」
くるりとターン。
うん、どこも痛くない。
寧ろ前よりずっと快適な動きができそうだ。
実際体軽いしね?
極一部……胸あたりを除いてだが。
「ああ、確かに……あれら、草木に巣くうものたちに治癒を行ってもらったのなら――学院最高峰の魔術師が治癒魔術を掛けるよりもずっと治りが速いだろうさ」
「そうなんですかね?」
残念ながら魔法も魔術もまだまだ経験がないので、よくわからない。
あちらさんたちのほうが治すのが得意なのだろうか?確かにあちらさん=優しい感じ、というイメージもあるけど……。
実際生々しい逸話を持つあちらさんもいることだし、そのイメージを完全に当てはめることはできない気がする。
「ああ、そうだ……学院内を彷徨うのは結構だが、これを持っていけ」
「うわっとと」
雑に放り投げられた、蓋つきの籠の中には綺麗に作られたサンドイッチ。
いや投げたら潰れる潰れる。
「私が作ったものだが、朝飯はまだだろう?気が向いたら食べるといい」
「ありがとうございまーす♪」
「それと、立ち入り禁止と書かれている場所にはいくな。危険だからな」
「分かってますよー」
「封印と書かれた場所もだ」
「はーい」
「あと十二時くらいにミーアが見舞いに来るらしい。その時間近くになったら正面玄関に行ってやれ」
「分かりましたー」
「それから、身体も治っているようだし、夜には魔法の勉強を始める。病室に戻って来い」
「いえっさー」
「あと、くれぐれも目立たないように。君の身体は特殊だということを忘れるな」
「あいー」
返事が半ば適当になっていた。
だって興味深い物ばかりで楽しいんだもの。
綺麗な建造物……おれのセカイに在ったら、それこそ世界遺産レベルだろう。
そこで普通に暮らしている人たちがいる、ということがまた殊更に面白い。
これは図書館とかも楽しみだなぁ~!杖を片手に、扉をくぐる。
シルラーズさんに会釈して、病室を走り去っていったのだった。
残ったシルラーズさんは、
「……本当に聞いているのか?」
と呆れ顔で佇んでいたのでした。




