魔女の裏道
―――魔女、というものは総じて美しい髪を持っているのだろうか。
その少女は銀の糸のような、麗しく月光を反射し煌めく長髪に、金色の瞳を持っていた。
背丈は俺よりは高いけど、少女の範疇に収まる程度だ。薄闇に光る瞳をこちらに向けると、更に一歩、彼女は俺の方に近づいた。
「うん。ツァイトちゃんか、よろしくねー?」
まあ、魔女というのであればある意味同胞、同じ種族ですし、そこまでびっくりはしないんですけどね?
ええ。つまりは平常運行です。
「………ちゃん………」
「それで、集会って言うと、あー」
脳裏によぎるのは、魔女の知識を使わなくても知っているあの名前。
即ち有名なる魔女の宴、ワルプルギスの夜―――。
元を辿ればケルト人の祭事であり、同じくケルト人の祭事であったハロウィンと並んで季節の変わり目を祝う大切な日として定められていたものだ。
キリスト教伝来以前から存在したこの祭りはヨーロッパと呼ばれる地域の多くに伝わり、例えばドイツ、例えは北欧でも同名の名を持つ催しがあり、さらには戯曲の題材としても多く扱われた。
ドイツの魔女の夜………ヘクセン・ナハトではその日は四月三十日であるといわれ、まあ俺の誕生日とばっちり被っているのである。
まあ四月の最終日という扱いである以上、殆どが誕生日に被さるんですけどね。なお、北欧の場合はワルプルギスの夜の逸話と北欧神話の物語が混じり合ったりもしている。
この世界ではワルプルギスの夜というものが、どういう形で伝わり、存在し、意味を持つのかは分からないけどね。何せ今の知識は俺が前の世界で知り得た物である。この世界ではあまりあてにはならない。
ドイツも北欧もケルトも、国としては存在しないから。明らかに似ていたり魔法や魔術の形として共通していたりはするけれど。
「ま、そんな話は良いか。魔女集会―――ワルプルギスの夜への招待、ねぇ」
「お嫌ですか、魔女の王」
「いや、全然。あと魔女の王っていうのは堅苦しいからやめてほしい………俺は半分だけだよ」
「半分?そうは見えませんが、まあ貴女がそういうのであれば。それで、我らの宴への参加はどうなさいますか?」
「………身体が動かないからなぁ」
魔女集会、ワルプルギスの夜。うん、ものすっごく興味があるのは事実なのだ。
なにせそれは伝承でしか知らない、物語好きからすれば垂涎物の題材なのだから。その本物に触れられるんですよ?行きたいに決まってますよね、はい。
今回の機会を逃せば次は一年後………しかもそれだって次も招待されるっていう確証はない。
出来る事ならば、このチャンスをものにしたいけど。
「絶対安静だって怒られてるんだ、皆に。それにほら、俺は………魔女とは言えないよ。法則の体現者ではないもの」
「最も古き魔女であった千の夜の大本は確かに法則を体現した存在でした。滅びたこともあり、今の彼女はもう本来の意味での魔女ではありませんが」
「そうなの?んー、千夜さんってどんな法則をもっていたんだろうか」
「………あれは原初の魔女、魔女でもあり、魔女とは違う存在。概念と法則に差がない時代に発生し、災厄となった存在ですから。表裏一体だったのですよ」
「ん。えーっと、じゃあ千夜さん退治されたと同時に、この世界から法則ごと消滅したってこと?」
「簡単にいえば。しかし厳密には違います」
本来、魔女が死しても魔女が司る法則は消えはしない。あくまでも体現者だからね、本来は星の産み落とした精霊に近い存在なのだ、魔女というやつは。
「かつて千の夜が司っていた法則は”永遠”と、この大地を覆う自然法則その物でした。しかし、永遠は喪われ、自然法則は千の夜の死後、新しい数多の魔女となって形を変えています」
「ああ、死体から新たなる法則をっていうことかな………いや、違うか」
伝承においては確か、千夜の魔女は他の魔女を殺したと書いてあった。けれど、殺すということは即ち喰らうと同義だったのだろう。
「多くの魔女を喰らい続けた結果、その全ての法則を体現する存在に変貌してしまったって感じ?」
ツァイトちゃんは俺のその言葉に頷く。
「しかし、魔女が魔女を喰らっても、本来ならば力の継承など行われません。たとえ概念存在である旧き龍に近しい魔女であった千の夜といえど、それは同じこと―――と、これはどうでもいいことでしょう」
「どうでもよくはなさそうだけど、確かに話の核とは関係ないか」
「ええ。私は魔女としては若く、千の夜に直接会ったことがないので」
「………失礼を承知で聞くけど、ツァイトちゃんって今何歳?」
「三百か四百を超えています」
「うーん、めっちゃ年上」
本来の年齢からすれば、だけどね。
まあそれはさておき。
「折角の招待だけど、今回はお断りさせてもらうよ。身体が動かないから向かいようがないんだ」
「………成程。では動ければいいのですね」
「え、まあ。そう、だね?」
「逆にいえば、動かなくても送り届ける事が出来る手段があればいいのですね?」
「………あー。んー」
魔女。この世界においてあちらさんや旧き龍と同じように、最も秘術に長けた種族。
魔術も魔法も彼女たちは区別しない。どちらも高度に扱えるから。魔女術という言葉があるように、魔女は魔女だけの秘術の系統を持つほどに古くから魔に親しんできた存在だ。
なので、ええ。これくらいの無茶くらいは、無茶にも入らないんでしょうね―――!!
「では、私が宴の場へと転移させます。魔女の王………おっと、これは駄目なのでしたね。では、大魔女の娘よ。お手を拝借」
ベッドの上にいる俺の手を優しく取ると、そこに髪を結んでいた紐を落とすツァイトちゃん。
紐と俺に息がかかるように小さく一吹きすると、その髪留め紐が意思を持ったかのように動きだし、俺たちの周囲をぐるぐると回り始めた。
自身の髪と数種の蔦を編み込んだ簡単な呪物だ。けれど、魔女が扱えば、もっと言えば魔女の肉体の一部を材料として使用すれば、それは一級の呪い道具となり得る。
「『お前は我が手 お前は我が身 私はお前に命を与え、お前は私に忠義を返す 螺旋の胎動 紛いの脈動 この手この血に付き従え』」
―――俺も使うことのある、妖精の通り道、その魔女版とでもいうべきものだろうか。
異界にありし妖精の国を通り抜けるあちらさんのものとは違い、こちらは特定のポイントを定め、その場所へ転移するという形であるようだ。
つまり、行ったことのある場所にしか行けない代わりに、ただの人間でも問題なく転移することが出来る術ということ。名付けるならば、”魔女の裏道”だろうか?
「ご安心を。この学院の結界には感づかれません」
「いや待って、それは逆に心配なんだけど―――!?」
螺旋を描き続ける紐、その合間合間の景色が僅かに揺らぐ。
いや、違う。他の場所の景色が混ざり始めているのだ。入れ替わりとも移り変わりとも呼べる、空間の跳躍………それが行われている。
魔法使いとしてみれば、この術の構成構造はとっても参考になるけれど、一介の病人としては待ったと叫びたい気分が満載である。
満載ではある、のだが―――。
「では、いざ。我らが宴に」
叫ぶ言葉を紡ぐ前に完全に景色が歪みきり、そして。
俺は、魔女達の集会の場へと空間を駆けていたのであった。