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双子と誓い




「一つ、誓いをここに」

「………ん。誓いって?」


質問には答えず、ミーアちゃんはその左腕に対して―――ゆっくりと口づけをした。

桜色の唇の感触が手の甲に触れ、ぴりっとした痛みが奔るけど………それ以上に、その行為に驚いた。


「この恩は生涯忘れません。私は、あなたを何があろうと助けます―――ずっと、これからもあなたの味方であると、ここに誓います。道を違えたなら連れ戻し、一緒に罪を償って………暗闇に落ちたのであれば手を差し伸べ、光の下へ」


それは、騎士の誓いだった。


「そのために、命を。魂を捧げると誓います」


ミーアちゃんは親衛騎士だ。つまり、本来その魂を捧げる相手は俺ではない。

………駄目だよ、俺なんかにそんな誓いをしては。もっと、するべき相手がいるでしょう?


「恩なんて、なにもないよ。むしろ俺が返したんだ、気にしなくていいし、誓いなんて立てなくていい………当たり前のことだから」

いいえ(・・・)。私が誓いを立てたいと思ったのです」

「だめ。だめだよ」

誓約(ゲッシュ)であっても構う事などありません。私は貴女の真なる味方であり続ける、と。その誓いは永遠です」


左腕に小さな振動が伝わる。振えているのだ―――でも、この震えはどちらだろう。

俺なのかもしれない。彼女なのかもしれない。或いは両方か。


「だからどうか、怖がらないでください。遠い目をしないでください………私は、私たちはマツリさんの親友なのですから」

「―――俺は、異邦人だよ。知ってるとは思うけど元は男だし、この身体だって本当のものじゃない。なんでこの世界に来たのかも分からないし、やるべきことも分からない。帰る術だって、なにもない」


そう。俺はこの世界に根付いたものではないから、この世界に紐づくものが何もない。

家族も、持ち物も、身体すらこの世界にはありはしない。

残っているのはかつて現世だった俺の世界の記憶だけであり、後はこの世界に来てから全て善意で与えられたものばかり。

………俺は運が良かったんだ。ただ、それだけでしかなくて。だからこそ、俺はこの世界に生きる人のために少しでも、力を貸したいと思うのである。

勿論、困っている人を放っておけないのは事実だけど、それでも本当に手を、それも力強く差し伸べることが出来るようになったのはこちらに来てから。

―――どこまで行っても世界から浮いた、迷子のお客さん。それが、俺という存在を現す最も正しい言葉だろう。


「俺なんかに、時間も誓いも注いじゃだめ………君たちは、この世界の人なんだから、この世界の人と生きないとだめなんだよ………」


例えばシンスちゃんと。幼い日に出会った少女、彼女と共にある選択肢を選んだ方が余程ミーアちゃん自身のためになる。

ただの部外者と関わる必要なんて、どこにもないんだ。


「お前も、もうこの世界の一員だろうが。何を言ってるんだ」

「そう、かな………繋がりなんて、どこにもないのに………?俺にあるのは皆から与えてもらったものばかりだよ、皆がいないと俺はいないのと同じなんだ」

「―――まったく。そういえば、親衛騎士の詰め所にどこからかお前へ宛てた手紙が何通か来ていたな」

「依頼もありましたが、その多くはマツリさんへのお礼の手紙でした」

「繋がりというのであれば、それはもう繋がりだろう。第一に」


ミーアちゃんに手を握られたまま、ミールちゃんが再び俺の頬に手を伸ばす。


「私たちとの約束を忘れたのか、馬鹿」

「………忘れるわけないよ」


俺がこの身体になったばかりの時に双子の騎士が交わしてくれた、約束。

ここまで大仰なものでは無かったけれど、それでも友達でいてくれるっていう心優しいその誓い。


「なら、あの時と同じことを言ってやる。気長に暮らせ、繋がりなど勝手に生まれるものだ。お前の生きた道に、勝手に人は集っていくものだ―――その積み重ねが人生であり、お前がこの世界に生きているという事実でもある」


ぐいっと音がして、ミールちゃんが頬を引っ張った。そんなに強くないけれど、ちょっとだけ上にあげられたので上側に皮が寄っていた。

笑みを無理やり作らされているんだろうか。


「お前はもう、ここで生きている。異邦人であっても、遥か彼方の傍観者ではない。お前は、正真正銘の隣人だ、こうして触れ合えるほどに近い場所にいる、な」

「ですから。涙を拭いて誓いを受けてください。言っておきますが、私は恩を受けたまま何もしないでいるつもりはありません。この誓いを受けてもらえないのであれば地の底まで、それこそ死んでからでも追いかけて約束を取り付けます」

「想像できるなぁ、それ。………あれ、俺、泣いてた?」

「………少しだけ、な」


………ある意味、ホームシックってやつなのかも、ね。

ホームどころか世界が違うけど。家族はもう既に手の届かない幽世の向こう側の如く。

頬から離れたミールちゃんの手が俺の目尻に触れ、掬う。少しというにはちょっと多めの液体がその指先には付着していた。


「また、恩が出来ちゃったかも」

「お前は誰にでもどこにでも恩を感じるな………流石に控えろ」

「誰にでもじゃないよ。君たちやシルラーズさん、プーカや―――あとは水蓮も。特別だから、俺にとっては」


ずっと握られているミーアちゃんの手を、自身の胸元に引き寄せる。

すぽっと腕が胸の中に沈んで、ミーアちゃんが若干だけど頬を赤らめさせた。まあ、なんでかは分からないんだけどね。見かけは女同士ですから、はい。


「そう。特別なんだよ。俺は異邦人で、そうあるべきだからって外から皆を助けるつもりでいた。恩を返して、たくさん返して見守るつもりでいた。………特別な人達に依存してしまわないように、深くつながりすぎないように」


俺は聖人君主ではないから。特別に思った人たちには、とても贔屓をしてしまう程度には子供なんだよ。

でも、そうはならないように。一線は、引いているつもりだった。引き切れてはいなかった気もするけど。


「結構、俺はしつこいよ?もしかしたら友達なんて辞めてしまいたくなるかもしれない。誓いなんて投げ出してしまいたくなるかもしれない」


それでもいいの、と。目線を上げて二人に問いかけた。

二人は何をいまさらと、静かに笑っていた。


「お前のおかげでうちの妹が色々と吹っ切れてな。しつこさなら同等………痛いぞミーア」

「誰がしつこいのでしょうか、姉さん。ご飯抜きにしますよ」

「まったく意中の相手の前だからと痛い痛い痛い髪を引っ張るな!!」

「姉さん………毒、注ぎますよ………」

「私には効かないだろうが!?」

「ふふ、分かりませんよ?なにせ私、今まで誰かを殺そうと思ってこの血を使ったことはありませんから」

「なぜ殺人対象第一号が実の姉なんだ、頭を冷やせミーア!!」

「………あはは」


早口でまくし立てたところはよく聞き取れなかったけど、とにかくミーアちゃんが色々と元気になったようだということは分かった。

良かった、心臓をあげた甲斐があったよ。まあ再生するけどさ。

こほん。それはさておき、と―――うん。じゃあ、俺もしっかりと言葉にしないといけないよね。

しっかりと息を吸ってから、双子の騎士に向き直った。勿論、腕は胸元に握ったまま。


「………俺は、君たちと一緒に、この世界で生きていきたい。例えこの世界の隅にでも、しっかりと息づいた存在になりたい………どうか、手伝ってくれると、嬉しい」


と。その言葉をしっかりと刻んだ。果たして彼女たちは―――。


「当たり前だ」

「はい。そのための誓いですから………と、ところでそろそろ腕を、ですね。ちょっと恥ずかしいといいますか」

「………もうちょっと、だめ?」

「う、ぐ………いいですよ、好きなだけ」

「学院長のいう、惚れた弱みというやつか、これは」

「なにがー?」

「なんでもない」


彼女たちは。当たり前のようにそれを受け入れたのだった。


「でも、マツリさんがいつも無茶をする理由の一端が分かりましたね。なるほど、世界への恩返し、ですか」

「世界への、まで言うとちょっと規模が大きいけどね?ただ、与えてもらった以上、同じように誰かに与えたいといいますか」

「………結局、お人好しなことに変わりはないな」

「マツリさん。無茶は厳禁です、いいですね?」

「善処します、あはは!」


ああ、なんかちょっと吹っ切れたかも。

―――少なくとも、この子達は俺がどう変わろうと、怪物に近くなろうと同じ関係でいてくれると誓ってくれたわけだ。

なら、俺も頑張ってみよう。この世界の一員になれるように………浮世人のままで終わらないように、しっかりとこの世界に根を張ってみよう。まずは、ゆっくりと。

恩を返すっていうのは変わらないけどね?だって、二人とも俺の恩人なことに変わりはなくて、しかも特別で大切な友人だ。無条件で味方になる理由なんてそれだけでも十分に多い。

地を踏みしめて、歩こう。この子達に恥じないように。

………握った手の震えは収まっていた。震えていたのは、怖がっていたのは俺だったんだね。

でも。もう、大丈夫だ。

だって俺は俺らしくこの世界を生きていくんだから。つまり、人と出会い、心を感じて、時には惑って、だけど自分の足で進んでいく。

この葛藤も嘆きも悲しみも、価値ある通過点なのである。




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[一言] ああ、なんと素晴らしきことかな 尊い
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