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嗤う呪いの影


黒い影が、空気を震わせ咆哮する。

いや。それは絶叫か―――振りまかれた呪いと共に、風は刃と化し頬を切っていった。

俺の肌から血が零れ、それは幾つかの植物の姿を象った霧へと変わって最後には姿を消す。


「エアリアル、もうちょっとだけ力を貸してね」

「”少しなんて言わないわ”」「”貴女の鼓動が戻るまで”」


「「「”私たちは手を貸すの!!”」」」


淡い燐光がさらに数を増していく。その一つ一つがエアリアルたちだ。他のあちらさんたちも混ざっているようだけれど、うん。みんな助けてくれて、とっても嬉しい。

ありがとう、我が同胞にして近き隣人たちよ。


「―――モウ、近づくナ―――」

「だーめ。観念しなさい、水蓮」

「ソンナ名をモツ、存在ハ、モウ、イナイ―――」

「いるよ。君は水蓮だ。俺が覚えている、彼女たちが覚えている、皆が君を知っている。だから、君は間違いなく、ここにいる」

「………ッ、ウウウウウ!!!!!!!!!!!」


染みついた影が深さを増す。

ああ、それはまるで黒曜石の如く光を呑み込む、暗黒の雲海だろうか。

………一際大きく、彼女が吼える。耳を押さえたくなるほどの声ならぬ声は、頭の中を掻きまわす耳鳴りの残響となって現れ、そして―――風の拘束を吹き飛ばした。


「”まあまあ!”」「”あらあら!!”」「”お口がまったく塞がらないわ!!”」

「”漂う風を吹き飛ばしたの!!”」「”荒ぶ風を千切ったの!!”」「”ただの魔法じゃないのねあれは!!”」


あはは、まあ、うん。

想定内だったりします。この拘束だけで終わるほど、水蓮の身体に刻まれた呪いは優しくないよね。

さて。拘束を引きちぎった水蓮は全力を出したのか、速度をさらに上昇させてどこかへと向かっている。いや、どこかなんて、言葉を濁す必要はないよね。

あの仔は、人間のいる街を狙っている。人を喰らう悪しき妖精へと転じるために。


「”でもでも”」「”まだまだ”」「”大丈夫!”」

「「「”私たちが背中を押すわ!!!”」」」


”果ての絶佳”から吹き上がる風が俺の髪を揺らす。

白銀の髪に仄かな翠の光を宿し、ボロボロになったローブを揺らして。杖を一回転させると、帽子をしっかりかぶり直した。

両手を広げて、さあ………風に向かって飛び込もう。


「”風は翼”」

        「”風は嵐”」

                「”流れる風は、古き旅人””」


「『踊る風は、花盗人の羽根の靴』」


「”舞いましょう”」

            「”囁きましょう”」

                        「”唄い流れて揺蕩いましょう”」


「『この身は旅人、この身は盗人―――風と流離う放浪者!!』」


視界の隅を、風で編まれた羽毛が飛び交う。

杖をもう一回だけくるりと回し、羽毛の姿は掻き消えた。でも、その加護その力は杖の中に秘められた。


「”一緒に居るわ、安心してね”」


姿なく聞こえた声に頷き、杖を持ったまま空を泳ぐ。空気を撫でるように、或いは―――空気を薙ぐように、かな。

風を伝播して、色々な声が伝わってくる。水蓮がどこにいるかも手に取るように理解できた。

………そして。

影に覆われ隠された、水蓮の心の底の声までをも。この耳はしっかりと捕らえたのだ。


「叶えるよ、その願い」


息を吐く。髪が揺れる。

編み上げられた魔力が、体内を循環する。そして―――世界とつながった。


「―――ッ!?」


風から風へと居場所を変える。

飛び抜けた先には、驚愕の気配と感情を匂いとして放出させていた水蓮の影があった。

驚くべき速さで移動をしていた水蓮だけれど、大地を駆け行く風の速度の方がなお早い。これこそが、彼女たちエアリアルの魔法である。さあ、この世のどこにも、逃げ場はないよ?


「………殺スゾ、もう来ルナ」

「水蓮はそんなことしないよ。………というか、いい加減にさ」


高速で空を飛翔しながら、魔法を作り上げる。

紡ぐ魔法は、古代ギリシアにおいて様々な神と共にあった植物、月桂樹の魔法だ。

このハーブは単純なハーブティーとしての効力も高く、呪い道具としての汎用性も高いものなのだけれど、その由来から邪を払うということに対し、強い力を持つ。

例えば、悪魔祓いの儀式の最中にこの葉を燃やしたりまいたりするんだけどね―――じゃあ、何故。

水蓮に対して、この邪を払う魔法を使ったのか。その答えは簡単だ。


「水蓮の振りをするの、やめて。お前は水蓮じゃなくて」


煙が風と共に吹き荒れる。

魔法を帯びた煙霧は俺の半身を包み、翠の残光を走らせる。雷雲のように………幻想の夜霧のように。


「水蓮に植え付けられた呪いでしょう?水蓮の人格を模倣しているだけで、あの仔自身じゃない」


ぴたり、と。影は黙りこくり、その場で停止する。不気味さを感じるほどに、波打つ影の外殻すら動きを止めた。

水蓮を模した黒い姿の頭部、赤く輝く鮮血の眼球が歪んだ光を放出し、形だけを象った偽物が、その口角を吊り上げ、醜く歪ませる。


「―――バレたのか、ダガ。この妖精でハナイ、はイイ過ギだな。ワタシは、この妖精ノ、記憶モ感情モ、引き継イデいル。ナニモ、変わラナイサ。ワタシは、オマエが、救オウとシテイル、妖精、ソノモノだ」

「本気で言ってるの?もし本気だとしたら、お前は随分と人っていうのを知らないんだね。そんな記憶と感情のログ、ただの熱の無い情報だけで心が作り出せるわけないだろう」


第一に、その意志もないのだから。

お前はあくまでも水蓮を利用しているだけでしかない。宿る熱意と悲しみを理解せず、道具として使い潰している。

そんなモノが、水蓮と同じだって?そんなわけがないでしょう。

―――その理論で言うならば、俺だって皆から千夜の魔女と罵られている筈なのだし。


「大切な友達なんだ。返してもらうよ」

「返スサ、全てオワレバ、ソの時ニ………ッ?!」


霧が爆ぜる。

これは俺の魔法の霧だ。明確な攻撃の意思を持って、呪いの影だけを貫いた。

初めてかもしれないね、こうして魔法を誰かを害するために使うのは。あんまり、やりたいことじゃない。

俺はこの世界にとって異邦人で、そして偶然魔法の力を得た存在だ。でも、この世界の住人ではない俺を、皆はたくさん助けてくれた。

だから、恩返しのつもりで、この力は様々な人の手助けに、背中を押すための小さな魔法として使いたいんだけれど………うん。攻撃することがみんなを助けることに繋がるのであれば、嫌であっても魔法を振う。

力を驕るつもりも、理の守護者であるつもりも、そして世界を救う勇者のつもりもないけれど。言の葉一つ紡ぐ程度が関の山の魔法使いであるけれど。

―――今、この時だけは、存分に。身に宿った千の夜の力を見せつけよう。


「お前のいい分なんて、聞いてないよ。返せ―――それだけだ」

「………見た目ニソグワヌ、思い切リのヨサだ」


にっこりと笑って。だけど、芯はなにも微笑まず、呪いの影を睥睨した。

霧でこの空を包み、夜の帳で地上を覆う。さあ、千夜の魔女の写し見、その言葉が示す意味を知らしめよう。

―――影と煙霧に包まれた魔法使いが、巨大な崖の上で笑う。冷たく降り注ぐ雨露のような、熱の無い表情で。毒持つ植物のような、禁忌の色合いを含んだ瞳で。

強く吹き荒れる風の中。忽然と霧が、揺れた。


「アハハハハハハハハ!!!!!捕マエてミロ!!!!」


波打つ影の外殻が膨れ上がり、急上昇………ああ、目に留まらぬとはまさにこの事かな?手を伸ばす暇すらなかった。まあ、そんな必要なんてないんだけれど。

霧と服と髪を揺らし、くるりと回る。足は一歩分引いて、ローブをゆるりと風に流して。

腕を広げ、息を吐く。吐息に混ざるのは翠の光。唱えらえた魔法は、決して呪いの影を離さない。


「―――ガギャッ?!」


空気が抜けるような、絞り出したような声が上空から聞こえた。

まさにそれは苦悶の声っていうやつだろうね。

まあ、それもその筈だ。だってどこからか現れた霧によって作られた蔓の植物が、呪いの影を力強く締め上げているのだから。


「ドダー………ネナシカズラの魔法だよ。本来は恋愛占いに使うものだけれど、拘束魔法としても良く効くでしょう?」

「薬草、魔法―――トハ、な」


ネナシカズラと呼ばれる、寄生植物がある。

蔓性のそれはよく髪やラーメンなんかと揶揄されることの多い、全世界的に分布している植物なんだけれど、これを毟り取り、宿主植物に向けて放り投げると恋愛占いをすることが出来るのだ。

一日経って、放り投げたネナシカズラがまだ宿主植物に張り付いていたら、その恋は叶う………なんていう簡単なおまじない。

でも、この植物はロープマジックの道具として使用することが出来るという性質を持ち、そして漢方でも利用されている植物でもある。菟絲子(トシシ)なんていう名前だけど、まああんまり有名じゃないよね。

それはともかく。


「ハハ、下賤(・・)な魔法ダナ?」

「んー、さて。どうかな?」


ネナシカズラの花言葉がまさに下賤だから、その言葉はある意味ではあたっている。

けれど、薬草魔法を下賤と呼んでは行けないよ。これらは古から伝わる賢き者の叡智なのだから。


「さて」


これで捕まる相手なら、ここまでややこしいことにはなっていないだろう。

俺の推測が正しいといわんばかりに、魔力を注ぎ込んで作られたドダーの蔓が、呪いの影の黒き外殻から噴き出る、身体と同じ色の液体によって溶かされているのが見えた。

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[一言] ついにマツリちゃんが本気だした
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