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不幸振りまく呪いの武器


「いっ………」


それと同時に、俺の肺も痛みを発した。

魔法は、何とか間に合った。必殺必中の血の杭はしかし、ハイジョンザコンカラーの魔法によって狙いが外され、ミーアちゃんの右足に着弾したのだ。

でも。杭の大きさは弾丸の比じゃない。

大きく抉れた右の太ももでは、走ることはおろか満足に歩けもしないだろう。いや、そもそも。杭の逆棘が完全に太ももに喰い込み、それ以上動けば余計に抉る。

さらに。

―――あの血の杭自体が強烈な呪いを帯びている。ミーアちゃんの身体を蝕む、悪意の塊のような呪いが。


「は。ハハハハハ!!!やった、よし!面倒な毒騎士が倒れたッ!!!」

「頭目!あっちの魔法使い共はどうしますか!?」

「………こいつが倒れたんだ、もう妨害は出来ねぇ!撃っちまえ!」


ミーアちゃんの頭に、頭目が足を置く。

太ももから血を大量に流したミーアちゃんが呻くのが聞こえた。手が、ゆっくりと震える。


「………お前」


その足を、退けて。


「………(おれ)の、宝物に」


この身体が怒りに染まる、その前に。


「―――触れ」


緑の瞳が異常に輝く。けれど、その瞳を覆うように冷たい手が視界を遮った。


「まだだ。あれは、諦めていない………それに、あれの友も来たようだ」


水蓮の手だ。清流のように冷たいその手が、俺の瞳を無理やりに閉じていた。

見せてはいけない、この眼で見てはいけないと。そう言いたいかのように。


「お前に、殺戮は似合わない」

「うん、ごめん。ちょっと、深呼吸する」


そうだ。俺自身が怒りに飲み込まれてどうするんだって話だよ。何度も息を吸う。そして、狭くなりかけた視野をもう一度、大きく広げた。

俯瞰の視点、そこに移りこんできたのは、頭目ともう一人生き残った幹部の男が、聖骸布を取り外そうとしている所だった。

手持ちの魔弾も打ち尽くす勢いでこちらに乱射している。いや、水蓮が全部叩き落しているけれど。

あれもどうにかしないといけない。けれど、まずはミーアちゃんを助けないと………さて。どうする。ただのしがない、剣技とか全くもってできない魔法使いとして、俺には何が出来る?

杖を握り締め、ミーアちゃんを見つめる。思考を回せ、考えるんだ。

―――そう、思っていた俺の嗅覚に向けて、更に濃い血の香りが漂う。微かに、振り絞った様に、足蹴にされた彼女が笑うのが見えた。


「………、ふふ………馬鹿、ですね。私に、触れるなんて………」

「あ?―――テメェ、まだ生きてんのか!」

「………私の、大切な………そして、偉大な魔法使いの………加護を………」


杖は、手元にない。転がって、届かない所に落ちている。

血の杭は太ももを貫通して刺さっていて、絶え間なく血液は流れ落ちている。そして、血の杭に籠められた呪いはミーアちゃんの身体を内側から焼き続けている筈だ。

痛むだろうに、それでも。彼女は微笑みながら、自身の太ももに手を伸ばす。

………そして。迷いなく、さらにその杭を押し込んだ。


「―――っ、女の子が、そんなことをしちゃ………」


駄目じゃないか。ただの傷じゃないんだよ。それは、俺の血や体と同じ、災厄の呪いなんだ。

消えないよ。消えないんだよ、その傷は………!


「舐めるな、小悪党………!」


更に、もう一度押し込んだ杭は、太腿を完全に貫通し、ミーアちゃんの身体から離れる。そして、開いている片方の手は、自身の頭上にある頭目の足をしっかりと掴んでいた。


「………?!は、なせ、この!!!小娘が!!!」

「………沸、騰しろ………燃え、あがれ………」


息も絶え絶えに呟いたミーアちゃんの言葉に従って、流れ落ちた血が蒸発を始める。

それは、すぐに血の霧となって頭目を覆った。

呪いから解放された猛毒の血霧が、藻掻く頭目の目から、口や鼻から吸収されていった。


「………がっ………ぁあああああ!!!なに、やってる!!ぉい………杭だ、もう一本………杭を………撃てぇぇぇぇぇぇ!!」

「は、はいい!!!!」

「次は………お前です、ね」


本能のままに、血の霧を振うミーアちゃん。でも、遠くにいる幹部の男の方が、杭を撃つ方が若干だけれど早い。

その一瞬の差は致命的で。だって、ミーアちゃんはもう瀕死だから。

呪いと、大量の出血。もう、意識だって朦朧としているはずで、俺の魔法ももうほとんど効果を発揮していない。杭は、今度は寸分違わずに彼女の心臓を貫く。

………彼女が、一人であったなら。そういう結末になっていただろう。


「水連さん、私をあそこまで運べる!?」

「………ああ」

「ちょ、シンスちゃん?!なんでこんなところ―――ああ、いや。………うん、お願いね」


水蓮が姿を変える。

本来の姿である、水掻きをもった白い馬の姿に。その上に跨っているのは剣を持ったシンスちゃんだった。

ミーシェちゃんの匂いはしない。この子、一人だけで突っ走ってきたんだね、多分………ミーアちゃんの危険を感じて。

違和感はない。おかしなことじゃないから。相棒だからとかそういう理由でももちろんロマンチックでいいけれど、それ以上に………彼女と、ミーアちゃんは同じ傷で繋がっている。

血によって繋がれた、縁がある。だから、全然不思議じゃないんだ。


「そして、俺の役割も分かっちゃったなぁ」


水蓮が人のために駆けた。

………ここまで予知していたというのであれば。どうしようもなくなった結果、水蓮が結局は人間のために動くと考えていたのであれば。

あの、水蓮を道具として使おうとしている気配のある黒霧の男。あいつが仕掛けてくるのは、そのタイミングだろう。

今、まさにあの仔は走っている。だから深く息を吸った。

魔法の蝶をミーシェちゃんの元へ。小さく、呟くような言葉を遺して。


「『皆を助けてあげてね』」

「『………魔法使い、なにを………』」


返信はすぐに。マメだよね、ミーシェちゃんはさ。もしもこれが終わって、まだ俺が生きていたのであれば、君の本名も知りたいなぁ。

もうここまでくれば友達でいいと思うんだよ。まあ、それはさておき。

異臭が濃くなる。コールタールの澱んだ匂いだ。

水蓮はシンスちゃんを対岸のミーアちゃんの元まで送り届け、嘶いた。

直後放たれた血の杭を………シンスちゃんは驚くべきことにただの剣で叩き落として、水蓮はそれを魔力を込めて念入りに蹄で踏みつぶす。


「ミーア、助けに来た!!一旦退くよ………水蓮さん、もう一回背中に乗せてもらっても!?」

「好きにしろ、さっさと戻るぞ、遠縁」

「………待………コロ、す………」

「うるさい、私は大切な人を危険に合わす奴には優しくないよ。野垂れ死んでろ、バーカ」


血の霧を浴び、全身から血を吹きだした頭目が吼える。

その咆哮は、水蓮の背に乗ろうとした二人に対して。或いは―――水蓮自身に対して。


「………撃て、ウテェェェェェェ!!!!!」


そう言って、頭目は一瞬だけ驚きに目を染めて。怨みのこもった視線をどこかに向けてから、絶命する。

………頭目の命と引き換えに聖骸布が剥がれ、中から現れたのは、巨大な鎖だった。いや、正確にいえば移動用バリスタに装填された矢に、鎖が付いているのだ。

それは全てが漆黒で作られていて、金属質なのに全く光を発しない。

発しなかった。頭目が完全に命を終え、その身体が灰になって消えるまでは。


「人間の命を砲弾にする兵器………」


いや。人の殺意(・・)を、憎悪(・・)を武器とする、ある意味では原始的なその道具。

人間感情を増幅させる原始の魔術のように。動物の純粋な、そして強烈な思考を霊的エネルギーとする呪いのおまじないのように。

撃てと命じた、頭目の精神をエネルギーとして、その砲弾は装填された。

バリスタに光が灯る。光の色は、結局黒い、闇の色。

『純然たる君たちの力、君たちの足掻きの結晶。君たちにしか使えず、君たちだからこそ扱える。』

とは、黒霧の男が言っていたことだけれど。それはこういうことか………盗賊たちが抱く強く黒い感情、それによってのみ起動するということは、あいつめ。

最初から、盗賊たちも使い潰すための道具として使っていたんじゃないか。何がビジネスパートナーだ。


「―――なんだ。あれは」

「………、だめ………逃げ、て………」

「水蓮さん、早く向こう岸に!マツリちゃんなら、きっと!!」


シンスちゃんの判断は正しい。けれど、時間はないだろう。この至近距離で放たれるのは、最早当たればどんな効果が発生するのかすら分からない上に、単純に威力も高い純粋な魔力砲。人間の感情と命を魔力に変換した、血塗られた兵器なんだから。

だから、俺がそちらに行く。あれを、直接水蓮に当ててしまうことだけは防がないといけない。

―――そうなれば。きっと、彼女はもう、二度と心優しいあちらさんに戻れなくなるから。

両手で杖を握る。そして、厳かに、地面を叩いた。

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[一言] みんなほんと無茶するねぇ マツリ、間に合うか?
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