彼女は、呪いを帯びた血の霧を振う
「お………っ、と」
あ、やばい。眩暈が。
「無理をするな、馬鹿」
「あはは~………」
水蓮が支えてくれたので倒れこんだりはしなかったけどね。
でもこれだけの魔法で貧血に似た症状を発生させてしまうとは。かなり弱っていることは間違いない。
………困った時は最終手段を使うしかないけれど、あんまり使いたくはないなぁ。根本的に、そのやり方は慣れていないので。
「随分と身体が軽くなりました。………行ってきますね、マツリさん」
「気を付けてね」
何度かその場で飛び跳ねたミーアちゃんが駆けだす。
まず向かうのは、俺たちがいる側の崖で、相変わらず異臭を放つ武器を構えている盗賊たちの方。
剣に掛けられた呪いの方はそこまで気にする必要はないだろう。簡単なもので今の俺でも解呪できるし、俺が斃れても水蓮がいる。
殆どは持ち主の肉体能力を増強させるという効果で、副次作用として斬った箇所の感覚をなくし、動きを鈍らせる毒のような呪いを待っている感じ。なお、肉体能力の増強には持ち主の生命力が使われているようなので、長時間使うと死にますね、あれ。
本当にろくでもない武器だ。死の商人と呼ばれる武器商人の方がまだマシに思える程。
「さて、変なこと考えていないで俺も働かないと、ね」
呪文を唱え、杖の先端から煙を発生させる。
それは崖の中空に留まり、向こうから俺たちを狙撃することを不可能にさせた。
「水蓮は防御だけお願い。俺は逆に攻撃に集中するから」
「手伝わなくていいのか」
「いいよ。魔弾を無効化するのは俺の方が向いてるし」
さっきやったから、効率がいいというだけではあるけれど、水蓮に魔弾を近づけさせたくないので方便として存分に使用する。
展開した煙の向こうは、俺だけが見ることが出来る。視界の共有をすれば皆にも見せられるけど、ミーアちゃんには向こうに集中してほしいからね。
「ちょっとだけ暴力的にいこうか」
普段の主義主張には反しますが、まあ早めの決着が必要なので。
杖で地面を叩き、追加で生じた煙霧が向こうの崖の盗賊たちへと伸びていく。そして、中間を超えたあたりでただの煙霧であったそれは樹木へと姿を変えていった。
この世の物ではない虚ろの樹。存在するどの植物にも当てはまらない魔法の樹は、煙霧を纏いながら素早く成長し、盗賊たちの武器へと巻き付いた。
「―――壊れて」
小さく呟く。
すると、その声に従い、樹木が呪いの武器を取り込んで破裂した。呪いの剣の幾つかは完全に消えただろう。更に魔法を使い、樹木から茨に変じたそれで拘束する。
先ほど道具で転移したのは、盗賊の幹部たちばかりだ。あまり数はいないため、こうして少しづつでも、確実に動きを止めていけば着実に戦力を奪っていける。
「マツリ、下がれ」
「ん、分かった」
水蓮の声が聞こえたため、水蓮の後ろに身体を下げる。
その瞬間、俺たちの眼前に銃弾が迫っていた。………魔弾だ。魔術を簡単に破壊して見せる、恐らく現状で最も厄介な武器。
だが、そんな魔弾は俺たちに届くことは無く、眼前にて回転したまま完全に停止していた。
「こんなもので、私の魔法を貫けるものか」
淡く青い光を放つ水蓮の腕。よく見れば、魔弾の進行方向にものすごく薄い水の壁が展開されているのが見えた。
水蓮はアハ・イシカ。人すら喰らう、美しき水棲馬。清らかなる水と共に生きる、旧き泉の祝福者。
その名が示す通りに、この仔の魔法は水の力を基にしたものが多い。四代元素理論ではウンディーネに象徴される水の元素の領域、そこに属するあちらさんであるためだ。
まあ、四代元素理論は魔術師が魔法や魔女の術、或いはあちらさんの秘術を学問として変換し、理解しやすくするために作られたものでプーカを始めとしてその元素の領域に当てはまらないモノや魔法もあるんだけれどね。
そういうのは存在しない架空の第五元素、エーテルに放り込まれるんだけど、まあこの話はいいや。
大事なのは、水を統べる水棲馬の魔法は、とっても強力だってこと!
水蓮が拳を握り締める。すると、水の壁に阻まれていた銃弾が軋み、変形していく。そして、振り払う動作と共に木端微塵に、魔弾が消し飛んだ。
「ん。次弾、くるよ!」
「視えている」
さらに打ち込まれた数発の魔弾。それも同じように握りつぶし、くだらなさそうに息を吐く。
「………程度が低いが、面倒。本体の筒を壊さなければ」
「だね。弾は厄介だけど、それを撃ちだす魔銃がなければ魔弾は使えない」
だから優先して銃を壊したいところだけど、うーん。厄介なことに人間を盾にして引きこもってますね。
押し切るには自分の体力が心配だし、守り続けるのもじり貧だ。
―――それに、布に隠された、特別に嫌な臭いのするあれが、魔銃にてこずっている間に使われてはかなり困る。
「ミーアちゃんは、と………」
そういえばこちら側からは魔弾飛んでこないなぁ、などと思っていると、既に半分以上の盗賊たちを無力化していた。わーお、やっぱり双子はどっちも強いんだなぁ。
魔法で強化された身体能力を存分に生かし、高速の立ち回りを駆使して、枝の剣で盗賊団の肌をなぞっていく。生身の人間ならその時点で三日三晩は気絶するからね、触れられた時点で終わりだ。
呪いの剣も、ミーアちゃんの枝の剣の方が上位の力を持つため、簡単に砕いている。
「チ、これだから毒騎士は………頭の命令通りだ、どんどん魔弾を撃て!出し惜しむな!」
「………鬱陶、しいッ」
枝を強く握るミーアちゃん。その手の甲に切り傷が浮かび、枝の剣に注がれる血液量がさらに増えた。
血液は呪いを編み、魔力を宿す。最早、常人にすら認識できるほどに膨れ上がった呪いが、朱と黒を混ぜ込んだ光となって枝を包んだ。
張られた魔弾の弾幕を、ミーアちゃんの枝の剣が迎え撃つ。
「邪魔、そのまま散れ。呪え、我が血―――”命枯れ果てる血の泉”」
振るわれた枝の剣にしみ込んだ血液が蒸発し、意思持つ霧へと変じる。
赤い霧だ。血は空気中に広がり、しかしミーアちゃんの意思に従って自在に動く。指揮棒のように振るわれた枝の剣の動きに呼応して、赤い霧もまた盗賊たちに向かって流れていく。
魔弾はその赤い霧と接触した瞬間に………どろりと、溶けていく。
魔術を簡単に破壊する呪いが、そんなもの存在しないとばかりに一方的に。魔弾は一発もミーアちゃんに届くことは無く、全て霧の中で欠片も残さずに消滅した。
家族を除けば、全身のこの世界でも最上位の呪いに蝕まれた俺しかミーアちゃんには触れられない。シルラーズさんですら対策をしている。その理由が、これなのだ。
彼女の血液は、いや存在自体がちょっと特別だから。多くの存在に対し、その血液は猛毒と化す。
血の霧が通り過ぎた後、こちら側の崖に居た盗賊たちは皆、一様に倒れ伏して口から泡を吹いていた。もう立ち上がることは無いだろう。
「私はあちらに向かいます。マツリさんたちは………ここで、援護を」
「………一人で大丈夫?」
「はい」
枝の剣を握りしめ、放出した血液を補充する。
腕に走る根のような傷は、肘のあたりまで伸びていた。
「流石に群れの長がいるだけあって、向こうの方が良い装備を持っているようだが、本当に一人でいいのか。死ぬかもしれないが」
「問題ありません。血の霧を一払い―――それで、終わりです」
「ん………あの、本当に………えっと。一緒に行こうか?」
「マツリさん。身体が辛いのですよね?ここでじっとしていてください」
「………でも」
良くない予感がするんだ。それに、シルラーズさんを対策していた盗賊たち、正確には黒幕である黒霧の男。
あの男が、魔弾を無効化する術を持つミーアちゃんの存在を無視しているわけがない。何か、決定的な切り札がある筈なんだ。
だから。手を伸ばした。魔術による傷が走るその腕に。
―――でも、俺の腕はやんわりと、しかし確かな力で押しのけられた。