いざ、盗賊団との戦いへ!
声だけは張り上げて、歩き出す。うん、空元気ですよ、空元気。
でも見た目からして明らかに元気がないっていうよりかは、他のみんなの気分も悪くしないし良いと思うのです。軍隊の士気って結構大事だもんね。まあ、軍隊じゃないけどね。
「じゃ、行ってくるね」
水蓮とミーアちゃんを連れて、歩き出す。すると、俺たちの背中にミーシェちゃんの声がかけられた。
いや、正確にはきっと水蓮に向けて。
「ええ。………ねえ、妖精。あなた、そこの魔法使いに愛着あるなら―――しっかりしなさいよ」
「愛着などないが」
「え、それはちょっと傷つくよ」
「雑談はそこまでにして早く進みましょう、マツリさん」
「あ、そだね………」
当人たちが言うように、決して仲がいいわけでは無いんだと思う。ただ、魔法使いとあちらさんが決して相容れないわけでは無いから。
少しでも、どこかにでも共感できるところが、理解できるところがあれば。遠い魔術とあちらさんの世界も、繋がることはあるはずなのだ。
その言葉は、歩み寄りというには棘があるけれど。でも、すごく遠回しな応援でもあった。
あとはまあ、多分。魔術師という繊細な感覚が、良くない気配を感じ取ったからなんだと思うけれど。それを伝えるかどうかはミーシェちゃん自身で、きちんと教えてくれたってことはやっぱり仲良くなれた証拠だと思うのです、はい。
杖を後ろ手に、振り返って笑う。手をひらひらと揺らして、もう一度前を向いた。
「いざ、盗賊団のアジトへ!」
***
「どんどん深く潜っていくねぇ………意外と探検家の皆さん頑張ったんだね」
「多少の人死にが出てもなんのその、という風だったそうですから。”果ての絶佳”はカーヴィラの街の所有物ではありませんが、便利な防御地形として有効に使用してきた歴史があります。それを崩すつもりだったのでしょう」
「………あー、なるほど」
街の東側に大きく広がっているこの”果ての絶佳”は、大規模な軍を展開するには何かと邪魔になる存在だ。
カーヴィラの街は西と南にそれぞれ翠蓋の森と妖精の森が広がっているため、ただの人間どころか魔術師ですら中に入った場合、安全にいられる保証はなく、もしもこの街を攻め落とすために他の街、或いは国家が攻勢部隊を差し向けるならば、東側か北側に限られてしまう。
だというのに、東側にはそもそもの地形的に厄介極まりな、巨大な崖。しかも、魔術師の千里眼すら阻む膨大な魔力が噴き出ているという不思議な環境。
カーヴィラの街が”果ての絶佳”は街の所有物ではないと言っていても、他国やら他の街からすれば”果ての絶佳”は明らかにカーヴィラの街を守っている不思議な場所に相違ないのだ。
東が駄目なら北側から、となるけれど、北も森が深い上に、他の二方面に大きく広がっている森よりは少ないとはいえ、あちらさんもいる。カーヴィラからしても、敵はそこから攻めてくるだろうと分かっているのだから、防御も厚い。敵さんからすればとにかく、カーヴィラの街の立地というのは厄介極まりないわけだ。
で、カーヴィラの街が言う、”果ての絶佳”は所有物ではないという言葉を言質というか、かなり強引な建前に使って、”果ての絶佳”の調査をした、と。もしかしたら橋頭保でも築くつもりだったのかもしれない。
「んー………カーヴィラの街が絶対に所有物と言わないのは何故かを考えるべきだったのでは………というか、結構この街って敵が多いのかな?」
「妖精たちと共生している、唯一といっていい街ですから。妖精資源や豊富な魔力は、街の生活を豊かにして潤わせています。その利権を羨み、そして………どうにかして消滅させようとする輩は多いのです」
「隣の芝生は青く見えるって言葉、知らないのかなぁ」
この街はこの街で、あちらさんと距離が近いからこその問題も多くあるというのに。
シルラーズさんの家の地下にある、この街が興ったことにって生まれた戦争、その結果であるあれら。膨大な数の死者が眠る墓地のように。
或いは、旧き盟約に従って様々なモノが集うからこそ、千夜の魔女を始めとした脅威に相対する可能性が高まるように。
「実際に芝生に立ち入らないと、色など分からないのでしょう」
「ま、人間ってそういうところあるよね」
さて、そんなことを話しながら進むこと十数分。
ミーアちゃんが先頭、俺が真ん中で殿を水蓮が務めてくれているわけだけど、若干服の内側に汗が滲むくらい歩いてようやく、俺の鼻が感じる彼らの匂いが濃くなってきた。
大分、アジトの近くにまでやってきたらしい。
ここまで変わらず道は人がすれ違うのがやっとの細い道だけれど、よくこんな場所にアジトを作ったなぁ。危ないよ、普通に。
「………マツリ。気を張れ、人の気配だ」
「ん。分かった」
「お二人とも、私の後ろに」
水蓮に促され、周囲に魔力の煙をふわりと伸ばすと、明確な異物感と人の気配がちらほらと感じられた。
ここは”果ての絶佳”の中でも裂け目の距離が比較的短いためか、奥の方に使い古された、植物の蔓で編まれた吊り橋が掛けられているのが見える。あれは人間、それも探検家の皆さんがかけたものだろうね。
………きちんと自然に由来するものを掛けたからこそ、あれは残っているんだろう。呪いの正体に気が付いた人が、探検家の中にいたのかもしれない。まあ、それはさておこう。今考えても無意味だから。
それよりも、その吊り橋を使って、盗賊団が崖の両側から俺たちを狙っているというのが一番の問題だったりするんだよね。
「魔弾、呪いを帯びた剣に………あれはなんだろ。布に覆われて見えないけど、大きなものがある」
「臭うな。嫌な気配だ」
「あはは、俺もそう思う」
近づきたくない類のものです、はい。
―――水蓮は特に、近づかせたくないけれど。でも、水蓮と離れると死んじゃうんだよなぁ。自分でかけた魔法が滅茶苦茶足引っ張ってきてるの、魔法使いとしての熟練度が低いっていう証明になってちょっと心が痛い。
この仔を自由に飛ばすわけにはいかなかったから、善意を利用して掛けた魔法。そんな魔法を使った罰でも当たったのかな。だとしたら、まあ………仕方ない。全力全霊でその罪を雪ぐとしましょう。
「ミーアちゃん、まずは魔弾の無効化を最優先でお願いね。そうすれば、ミーシェちゃんが参戦可能になるから」
結構後ろの方に、ミーシェちゃんの魔力の匂いを感じるので、ちゃんと俺たちの行動を見ているのだろう。いつでもこっちに向かえるように。
最大の注意点、呪い返しを発生させる可能性がある魔弾を無効化出来たなら、こっちの戦力は大幅に上昇だ。無数の魔道具を手にした盗賊団だろうと怖くない。
「分かりました。マツリさんたちは?」
「ん。こっちでも魔弾を無効化しつつ、魔法で盗賊団の皆さんを昏睡させていこうかなって。水蓮は―――うん。俺を守ってくれる?」
「………、………。ああ、任せろ」
「良かった。ありがとね、水蓮」
水蓮に笑いかけつつ、杖で地面を叩く。
ミーアちゃんに前線を頼む以上、魔法使いとしてしっかり補助しないとね。ゲームとか小説じゃサポーター扱いされることが多い魔法使いの補助能力、しっかりとご覧あれ。
「『大きく育て、アルハンゲリスクの聖なる羽根 伝えられしは熾天の識!!』」
唱えるはアンゼリカの魔法。
アルハンゲリスク―――即ち、大天使という名を持つ街で発見され、炎の熾天使ミカエルに因んで名づけられた、守護と治癒の力を持つ薬草呪文。
ふわりと、俺の杖から生じた煙がミーアちゃんを包み、その力を強く増強させる。