あちらさん
「まあ、それはいいか……浦島太郎状態になってる可能性もあるわけだし」
深く考えない方がいい気がする。
それに、今の身体のまま戻っても、お前誰だよっていう話だ。
まずはこの呪いを解く感じの方向性で行くとしよう。
「では、カーテンを閉めますね。西日はあまりよくありませんので」
「私たちは屯所に戻る。何かあったら横に置いてある電話を使うのだ」
「電話?」
右を見る。
本当に棚の上に電話が置いてあった。……今気づいたよ。俺の注意力……。
昔ながらの黒電話だ……ただし、素材はほとんどが樹で、美しい装飾がなされていた。
すごい、金などがつかわれているようだ……触ってみたら金箔だった。残念。
それに、黒電話といっても、銭湯においてあるような形式よりもさらに古いようで、どちらかといえばダイヤル式以前の、古い映画などでしか見ないような形状に近い。
というか、ほとんど木製なんだから色合い的に黒電話とは言えませんね、はい。
「そもそも、電話線あるのか……?」
「なんだ、それは。それは学院長が製作した、空気を振動させることによって離れた場所でも音声を伝えられるようにした魔術具だ。宝石やコインなどに魔力をためておき、中央に当てることで機能する」
「マツリさんの場合は、触れるだけでも問題ないでしょう。魔法使いや魔術師はわざわざ魔力をためた道具を使用する必要もありません」
「へー……」
機械……正確には電気の代わりに魔力がつかわれているということか。
時代の先取りですね。
俺たちのセカイで電話が生まれたのは、十九世紀中ごろ。
電気が大々的に普及し始めた時代だ。
エジソンやグラハムベルなどの歴史に残る偉人がこぞって研究して発明に成功した道具の一つが電話である。
その頃は大気汚染やら森林伐採やらも問題に上がり始めていたころだったりもしたが……人類発展のターニングポイントとなった時代であろう。
ちょうどイギリスなんかは大気汚染が深刻で、黒い霧などが出ていたとかなんとか。確か大気による大公害事件が起きたのもその頃だ。
たしか、ロンドンスモッグだったか。
まあ、その時代に実際に生きていたわけではないからわからないけどね。
「十九世紀の道具がもうすでに発明されているのか……」
―――そもそも、まだこのセカイの文明レベルが、俺たちのセカイでいう何年くらいの物なのかは理解できていないが。
歩けるようになったらちょっと調べてみよう。
魔法や魔術がある以上、正確に照らし合わせることはできないだろうけど、大凡の予測はできるはず。
ちなみに、俺の予測は1700年から1800年くらいの間だと思う。
服装とか建造物とかがその年代に近いからだ。
……まあ、その割に森林がたくさんあったりと、やはり差異は多いが。
うーん、面白い。
歩けるようになるのが楽しみです。
「あーふわぁぁ……。あれだけ寝たのに目がしょぼしょぼする」
「速く寝てください」
「はーい……まあ、一年中眠いのが俺だったりするんだけどねっ」
春眠暁を覚えずとはいうが、春だけとは限らない模様。
何処でもすぐに寝れるのはいいのだが、その代り一度眠くなったら、眠るまで相当なことがないと取れないというのは不便である。
まあ、これだけ薄暗いなら本当に一瞬で眠れてしまうだろうけど。
「そんなわけでおやすみー」
「どんな訳だ……まあ、いいか」
「………………」すやー
「もう寝たのかっ」
「姉さん、小声で」
「そ、そうだな……すまん」
正確にはまだ寝てない……舟をこいでいるだけだ……。
まあ、もう寝るだろうけど。双子の会話もよく理解できていないし。
「……まったくもっていい寝顔なことです。むぅ、突きたい」
「やめんか。というよりミーアの手を掴んでいるような気がするが」
「まるで子供です。……まあ、手の力が弱まるまでは一緒に居ることにします」
「学院長の使いと言って居れば団長も何も言わないだろう。いや、私たちを叱るかはわからないが」
「あの方が怒るところの方が想像できませんが」
「人が好過ぎるというかな……」
「――まあ。今はこの寝顔を楽しむとしましょう」
「そうだな。ふ、本当に少女のようだ―――」
***
「……寝てるよー」
「寝てるね?」「起こす?」
「たたこー」「ひっぱるんだよ!」
「いたそー」
「いたいのきもちー?」「きもちー」
「えーきもちー?」
気持ちよく寝ていると、ふっと意識が浮き上がった。
小さな子供の声が無数に聞こえてきたからだ。
ついでに言うと、なにか強い圧迫感のようなものも全体に感じたからである。
うっすらと目を……なんて面倒なことはせず、普通に起き上がる。
「おきたー!」
「てれぱしー?」「なにそれー」
部屋の明かりは落とされており、光になるモノは月明りのみ。それもカーテンで遮られているので、部屋の中は真っ暗のはずだ。
だが、俺の周囲だけが光に満ちていた。それはなぜか。
――それは、目の前には、淡い金の光を纏った小さな存在が、何体かふわふわと浮いていたからです。
「こんにちは」
とりあえず挨拶をする。
…………あ、こんにちはじゃない。
「こんばんは」
「「「こんばんはー」」」
気持ちよく全員で挨拶を返してくれた。
うーん、いい子たちだ。
ところで、この子たちは何をしに来たのだろうか。
伸ばした人差し指に群がる光たちを見る。
……それは、小さな羽を持った、小柄な生物であった。
いや、彼女らを人間と同じ生物と言うには、若干の語弊がある。
前のセカイからの知識と、シルラーズさんや双子の話、そして俺の身体に宿る知識が教えてくれたこと。
つまり。
「貴方たちは……妖精かな?」
「せいかーい」「ただしーい」「だいせいかーい!」
一般に、ピクシーと呼ばれる妖精だ。
幼いころに亡くなった、洗礼を受けていない子供の魂が化身し、妖精となったもの……といわれる、群れ為す妖精たち。
「警告。その呼び名はあまり好かんな。古くは、人間は我らのことを”紳士たち”や”隣人”、”お隣さん”などと呼ぶのが礼儀だ」
「”あちらさん”でもいーよー」「”祝福を受けたもの”だともっとうれしー」
「……まあ、”祝福者”でも善いには善いが。好きに呼べ。お前にはその権利がある」
「えっと、じゃあ……あちらさん、で」
祝福者だとちょっと重い感じがするし。
あちらさんなら結構軽め……かな?
呼びやすいし、親しみもあるし。うんいい感じ。
ところで、先ほどから話している、ピクシーとは全く違う、厳かな声の主はどちら様でしょう?
ふわりと宙に浮かぶのは、緑色の瞳と髪を持った、小さな少女。
無数のピクシーを従える彼女は……。
「森で会っただろう。最もこの姿ではないがな」
「じゃあ、やっぱりプーカさん?」
「さん……もいらぬ。呼び捨てるがいい、我らが同胞」
頭の上に残る馬の耳をぴょこぴょこと揺らしながら呼び捨てることを提案した。