突入前の小会議
対岸まで何キロあるのかと計測したくなる巨大な崖は、底の見えない暗がりを見せつけている。
深淵を覗く時、深淵もまたこちらを見ているとは言うけれど、この崖はどちらかと言えば瞳より口腔の方が印象としてはあっているだろう。
只人がこの穴の中に落ちれば命はない。
「それにしても、この場所に盗賊団が居を構えてたとはねぇ………。道理で千里眼を使っても視えないわけだよ」
いや、相手に魔法使いらしき人物がいるのは事実だったけど、別にあいつは千里眼の妨害をしているわけでは無い。
魔術師たちが見ようとしても視えなかったのは、この”果ての絶佳”という立地に盗賊団が潜んでいたからという理由が殆どの筈だ。
「………どういうことよ、魔法使い。この場所、なにかあるの?」
「うん。俺たち魔法使いにとっては、とっても大事な場所だよ。まああんまり詳しくは言えないけど………」
俺たちと、そしてあちらさんにとって大事な場所の方が正しいけどね。水蓮も”果ての絶佳”について知っているだろうけれど、何も言わない。いうことではないと判断しているのだろう。
まあ、俺の場合は知識さんこと、”魔女の知識”による情報なので実感として知っているわけじゃないんだけど。
「兎に角、この場所は非常に魔力の濃度が高いんだ。千里眼を始めとした魔力を用いた視界だと、妨害を受けたようにぼやけちゃう」
「ふぅん。確かに異常ともいえる程に魔力が濃いのは事実だけど。………なんで魔力が濃いのかっていう理由は教えられないってことね。本当に魔法使いは秘密が多いわね」
「あはは、魔術師も似たようなものだと思うけどね………」
どうであれ秘術を扱うものは秘密主義者が多くなるっていうのはあるけれど。
「それよりも不思議なのは、なんでそんな”果ての絶佳”に、こんな道があるのかっていうことだよね。………うーん、坑道?」
「いえ。以前、といってもかなり昔ですが………街の歴史書で見たことがあります。かつて、近隣の街がこの”果ての絶佳”と呼ばれる巨大な崖の奥底がどうなっているのかを知るために、探検家を編制して調査をしたという記録が残っています」
………”果ての絶佳”を調査って、凄い街もあったものだなぁ。
近隣の、と付いているということはカーヴィラの街は干渉してないってことだろうけど。街の成り立ちとか契約とか考えれば当然なんだけどね。
苦笑していると、シンスちゃんがミーアちゃんに更なる質問を行っていた。
「つまり、その時に作られた、崖の下に行くための道がここってこと?」
「そう」
「ほほー、ほほ~!じゃあ、ここを辿れば崖の下に行けるってこと?」
「行きたそうな顔しないで。無理、道は途中で終わってるから」
「あれー、そうなんだ。残念………ん、なんで途中で?」
「記録に曰く、呪いだとか。詳しくは私も知らないけど、事故とか多発して、探検家がいなくなって………だったかな」
その言葉にミーシェちゃんが眉をひそめる。魔術師であるこの子なら、ここがそんなに危険な場所には思えないだろうから、多分そのせい。
うん、事実としてこの場所は、ただの人でも普通にいるだけならば牙を剥くことは無い。ただし、秘密を探ろうとした場合だけは別だ。
ここは一種の異界なので、触れず関わらずが最適なんだよね。人間が侵害してはいけない領域なのだ。
「ん。待ちなさい………足跡よ」
そういって立ち止まったミーシェちゃんが、地面に向かって液体を振りかける。
すると、地面が微弱に光りだし、人間の足跡が浮かび上がってきた。現代錬金術に近いアレンジ魔術だね。人間の痕跡をより深く見つけるためのそれだ。
具体的に言うと消えかけた痕跡を分かりやすく表示し、さらには魔術によって維持するというとっても便利魔術ですね、刑事ドラマとかそういうのにあったらすごく役に立つやつ。
―――まあ、そもそもの人間の痕跡を見つけ出すのは人間の技量なんだけど。単純にミーシェちゃんの持つ洞察力、観察力があってこそ真価を発揮する道具ともいえるだろう。
魔術師ってやっぱり研究者気質があるため、そういう目が凄いよね。しがない元一般人としては感服する限りです、と………さて。
そんな話はともかくとして、折角ミーシェちゃんが見つけてくれた痕跡に目を落とすとしようか。
「こっち向きの足跡ってことは、行きの足跡だよね」
「でしょうね。男物の靴跡が複数だけど、まあそれ自体はどうでもいいわ。経過時間から見て………まだもう少し先かしら」
「うん。匂い的にもそうっぽい」
「………厄介ね。準備時間を与えることになったのは鬱陶しいわ」
転移した分、向こうは俺たちを待ちかまえることが出来る。基本、戦いっていうのは守る方が有利っていうし、更には黒霧の男から秘密兵器を貰ったとなれば危険度はさらに上昇する。
慎重に行かないとね。
「ミーア、どうしようか。全員で突っ込むのもそれはそれで危ないような気がするんだよね」
「確かに。戻る方が安全ではあるけど………」
「仮に逃げられたら、追いかけ直すのは面倒よ。というよりも―――魔法使い、あの面倒極まりない武器を作り出している奴は、盗賊団とは直接関係ないのよね」
「うん。偶々、ではないか。多分、都合がいいから力を貸しているだけだと思うよ」
「そう。なら間違いなく、ここで逃がしたら処分されるでしょうね。多少の危険は冒しても、盗賊団から元凶の情報を引き出す方が大事だわ」
確かに、認識疎外の魔法で姿とかは分からなくても、言動から思考パターンの推測や思想は把握できる。
もし、まだ黒霧の男が何か事を起こすつもりであれば、その際に相手の動きを予測できるようになるだろう。それは対処する際に当たって必ずこちらに有利に働く要素だ。
あとはまあ―――そうだよね。
何よりも、殺されてしまうよりは、ここでしっかり捕まえて生きて罪を償った方が良いに決まっている。
「二手に分かれようか。先行組と、待機組。罠があった場合でも、安全だった場合でもどちらにも動けるし」
「魔法使い、貴女はもう戦力外でしょ。待機してなさい」
「んー、そうしたいのはやまやまなんだけどねぇ」
全身が痛いし、休みたい気持ちはいっぱいだけど、そうもいかない理由もある。
「相手の秘密兵器だけは、俺の魔法じゃないと止められない気がするー………単純に魔力の量的な問題でね」
「―――そう」
それについてはミーシェちゃんは何も言わない。魔法使いと魔術師の大きな差の一つは一度に扱える魔力の量だ。魔法使いの方がその総量が非常に大きく、それ故に単純な秘術戦だと魔術師が分が悪い。
工夫を凝らすのが魔術師であるため、必ず負けるということは無いけれど、自然から魔力を持ってこれる魔法使い、その中でも恐らくは特に強力な部類に入るあの男の生み出した道具だからね。念には念を入れよってやつである。
それに魔弾の件もあるし、魔術師対策が万全なんだよなぁ。シルラーズさんを警戒してたようだから、きっとあの人に対してのものなんだろうけど。
「じゃあ、私とマツリちゃんで行くのがいいかな?」
「そうだね。接近戦強いシンスちゃんがいた方が良いかも」
「………おい、マツリは私と離れると死ぬぞ」
「あ、そうだった。ごめん、水蓮も一緒で」
「死ぬって、え?どういうこと?!」
「気にしない気にしない」
自分でかけた呪いの効果がまだ残っているのを忘れていたよ。うん、凄く弱っている今、水蓮と離れると多分、かなり、あっさり死ぬと思います。
「待ちなさい。そこの赤い髪の騎士に聞きたいんだけど、貴女のその剣は魔弾とかも腐らせられるの?」
「………試したことは無いから何とも言えない」
「じゃあ魔法使いに聞くわ。あなたの眼ではどう見える?」
「ん。多分出来る。ただ、結構時間はかかるかな」
「なら逆の方が良いわ。少なくとも魔弾だけは無力化してもらわないと、私は動きが取れないもの」
「あー、確かに。呪い返し受けたらちょっと大変だもんねぇ」
魔弾、もしくはそれに類するものの危険性がある以上、魔術師であるミーシェちゃんは突っ込ませられない。そして、シンスちゃんは並外れて強いけど、魔弾を無効化する力はない。
なるほど、ここで先行するのは俺とミーアちゃんの魔弾を無効化できる組の方が都合がいいわけか。うーん、流石魔術師さん、頭いいなぁ。………いや、俺の頭が弱いだけかもしれない。まあ、それ以上俺の頭の出来について考えるのはさておいて。
「じゃあ、その組み合わせで行くとしましょ~」