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辿りつく道を変えて




じゃあ次は、唱えておいたマルメロの魔法を励起させようか。

この魔法は事故や傷害に陥るような現象が起こったという事実を捻じ曲げる魔法だ。未来に干渉し、魔法で事故を無かったことにするためどんな危険な状況からでも奇跡の生還を実現させる。

もちろん、流石に普通のマルメロにはここまでの効果はないよ。これはあくまでも、俺の魔法として使っているからこそできる芸当である。

うん、この身体の魔力量でごり押しているだけだからね………普通の魔法使いが使う薬草魔法なら、偶発的な事故から身を守る程度が限界の筈だ。

いや。魔法なんてそもそもそのくらいの効果でいいんだけどね。強すぎる魔法はこの世にはもう不要のものになりつつあるのだから。

秘術やあちらさんの影響が強いこの異世界ですら、あまりにも強力な魔法は死に絶えていく。旧き龍であるおじいちゃんが段々とその寿命を終えていくのと同じように。

………でも、その摂理に抗う者がいたのであれば、或いは。いや、この話は置いておこう。それよりも魔法を使うことに集中だ。


「まあ詠唱は終わっているし、一度撃たれた魔弾もなくなっているからね。魔力を注ぐだけなんだけど」


水蓮の手を強く握り、不安そうに俺たちを見ているミーアちゃんに淡く笑いかける。

深く呼吸すると、空いている手に握っている杖で床を強く叩いた。さあ、もう線路に放置された廃馬車が近いぞ。


「”ひっくり返せ”!!」


列車が勢いそのままに馬車へと突っ込む。本来ならばその衝突により車輪が線路を外れ脱線し、大事故になったであろうその惨事はしかし―――全て霧に包まれ、淡い色へと溶けていく。

現象を、現実を包み隠し、作り替える魔法の霧。

ヴィーナスの果実、マルメロの実より生み出されし煙霧の力によって事故が起こったという事実がひっくり返る。

あったはずの大惨事は俺の記憶の中だけのものとなり、霧が晴れれば認識できるのは馬車の手前で何事もなかったかのように停止している列車があるという事実だ。


「『質量を止めるんじゃなくて、現象を書き換えた………?あんた、なんて魔法を………』」

「………ま、ぁ、ね。ちょっと、がんばった………う、ぷっ」


酔っているわけじゃないよ?ただ血を吐き出さないように我慢しているだけです。

痛い、全身に紋様が広がっているのが分かる。右腕にまで広がってきているし、今回は本当に身体を酷使しているのが見て分かった。


「ごめん、ミーシェちゃん………俺あんまり、動けないかも………」

「『………ふん。年寄りは年寄りらしく休んでなさい』」

「あはは、魔法使いだからってみんな年取ってるわけじゃないけどね………」


何度か咳き込むと、手を握ったままの水蓮に向き直る。


「水蓮も、ありがとね。痛かったでしょう?」

「大したことは無い。それよりも、マツリ………敵の気配だ」

「うん………ミーアちゃんも準備、お願い」

「分かりました、マツリさんは休んでいてください。シンス、聞こえてる?そっちも準備いい?」

「『はいは~い、もちろんだよ。ここまで頑張ったマツリちゃんの分まで頑張るよー!』」


通話の霧糸の先からシンスちゃんの元気な声も聞こえてきた。良かった、皆きちんと無事だったらしい。

マルメロの魔法はあくまでも、あった事実を無かったことにする魔法だから………うん。俺の記憶の中だとみんな大変なことになっていたんだよね。まあ掻き消えた事実だし寧ろそっちの方が夢みたいなものなんだけど。

ちょっとだけ、前に見えてしまった未来予知から道が外れたのを理解する。強力な女神の魔法を紡いだのにはそれなりの理由があったということです。事故からの退避も需要な目的ではあったけどね。

それでも少しだけしか道を変えられていない。まだ、もう少しだけ身体を動かさないといけないだろう。


「『騎士の二人、先鋒よろしく。私は前衛に立つ魔術師じゃないから。………出来るわよね』」

「はい。シンス、一気に行く。ついて来て」

「『ミーアこそ遅れないでね―――ってまあ、ミールについていってるんだから今更か、あはは』」


ミーアちゃんが腰に提げられている、木刀のような………いや、最早それは枝葉そのものと言っていいだろうか。剣と呼んでいいのかも分からないそれを引き抜いた。

そして、手袋を外してしっかり握る。すると枝葉が淡く、赤く輝いた。

鼻先に薫るのは微かな血液の香りと、消毒液のような香り………そして、鈴蘭のそれ。

あの枝のようなものは多分、魔術師が作り出した道具だ。性質も剣というよりは杖に近いのだろう。

よく見れば、枝の持ち手の部分がミーアちゃんの掌を切り裂き、血を吸い取っていた。


「『いつも通り、私が先に行くよ?』」

「分かってる」

「『三、二、一―――よーい、どんッ!!』」


後部車両の扉が大きく開け放たれる音が、煙霧の糸を伝って感じられる。

それが聞こえた瞬間にミーアちゃんも飛び出した。

一応、中にいても逃げ場が無くて危険なので水蓮に連れられて、俺もミーアちゃんが飛び出した後に車両から抜け出す。さてさて、盗賊団は、と………。


「チ、出てきやがった………護衛か、さっさと殺して売れるものだけ持ち帰るぞ!」


叫んでいるのは恐らく、盗賊団の頭目だろう。一際大きな巨体で、魔弾を放つ銃砲を手にしていた。

匂い的に、もうあの中に弾は入っていないようだけど。魔弾の匂いはかなり特徴的だから分かるのだ。


「でも、なんで列車が急に止まったんでしょうか………」

「んなことはどうでもいいだろうが!!さっさと武器を出せ!」

「は、はい!!!」


盗賊団の正確な人数は十八人。その中で頭目とそれに近い幹部たちは後方に下がり、下っ端と思われる男たちが武器を構えた。

武器と言っても棍棒とか、錆びた剣とかかなり劣悪なものだけどね。幹部たちは鎧や手入れの行き届いた剣を持っているので金が全くないというわけではなさそうだけど。

下っ端と言ってもかなり良い体格をしている。それに突撃しながら、まず鉄砲玉を務めたシンスちゃんが叫んだ。


「投降するなら良し!しないなら痛い目見るよ~!」

「は、餓鬼が何を言っていやがる!!ぶちのめして奴隷にしてやるよ!!」

「………馬鹿。出来るわけないのに」


少し遅れて追従するミーアちゃんがぼそりと呟くのが見えた。


「じゃ、全員倒すね―――よッと!!」


駆けるシンスちゃんが無骨な抜き身の刃を振り被る。その動作を見て、剣の一撃を棍棒で剣を防ごうとした盗賊の一人が、即座に顔を驚きの色に染めた。

小さく足音が響き、シンスちゃんが跳躍。棍棒を踏みつけると、剣の腹で盗賊の一人の側頭部を思いっきり叩いた。あれは間違いなく脳震盪を起こしているだろう………うん、戦闘不能だね。

鉄板入りの戦闘用ブーツで草地に着地すると間髪入れずにさらに駆けだす。

呆けている別の盗賊の腹を蹴り飛ばすと、たたらを踏んだ男の股間に向かって思いっきり蹴りを入れた。


「っ、お………ぁ、ぁぁ………!」

「うわぁ」


痛そうだなぁ。今の俺はその感覚、もう分からないんですけどね、あはは………。


「遅いおそーい!ついてこーい!あははー!!あ、手は足りてるからミーアはマツリちゃん見といてね~」

「ん。了解」

「こいつ、舐めやがって………!!糞が、囲め!!囲んで潰せ!!」


近づいてきた一人に斬りかかり、直前で後退して敵の攻撃の空振りを誘い、がら空きになった胴に痛烈な剣による殴打を行う。

その後背後から接近してきた盗賊の錆び付いた剣をシンスちゃんの剣が受け流すと、そのまま実を相手の懐に移動させる。剣を逆手に持ち替え、石突で顎下を強打するとまた一人、盗賊が倒れた。

そうして走り回り、動き回ることを続けていると盗賊たちが徐々にその数を減らしていった。

………というかさ。


「あれ、シンスちゃんってもしかして、結構強い?」

「はい。普段の様子はあんなですが、親衛騎士団の中で姉さんに次ぐ実力者です」

「まじかー。というかミールちゃんって、このシンスちゃんより強いのかあ………」


割と達人みたいな動きしてるんだけどなぁ、シンスちゃん。


「さて。私も手伝いに行きます。ここでじっとしていてください」

「うん、気を付けてね」

「はい。ありがとうございます」


形勢を見ての判断だろう。盗賊たちは俺のことなんてもう見えていないからね。それに、後部車両ではミーシェちゃんが魔術を発動できるようにしているから、俺のお守りはそれで十分だ。

………いえ、はい。お荷物で本当にごめんなさい。もっと魔法をうまく使いこなせるようにならないとなぁ………。

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― 新着の感想 ―
[一言] 年寄りだと思われてるのか。 なんか面白い にしてもシンスちゃん強かったんだな。 まあ、こんな任務についてくるわけだからある程度は予想してたけど。 ちょっと驚き
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