搔き乱す魔弾
煙霧の糸から声が聞こえる。仄かに魔力の香りも感じた。とても繊細で、複雑な香りはゴーレムに干渉することがかなりの高難易度であることと同時に、ミーシェちゃんの魔術師としての腕前が確かであることを実感させた。
「お願い、ミーシェちゃん」
「『はいはい』」
聞こえるのは音だ。
魔力を含んだ丁寧な、音叉を弾く様な音が煙霧の糸から伝わり、それが機関室へと吸い込まれていくのが分かった。
俺は音を香りで感知するけど、ミーシェちゃんは恐らく音で魔力を感じている。いや、より正確には聴覚と視覚かな。人間の五感で代用して感じられる魔力の気配は、大体の人は最も慣れたものが使われる。
けど、人によっては複数の感覚で魔力を理解できる人のいるようだ。
………うん、とっても機能的だと思うよ。五感で代用されるということは、その感覚器を何らかの手段で喪えば魔力の感知能力も格段に落ちてしまう。
あくまでも代用だから、分からなくなるわけではないんだけど、精度は酷いものだ。
でも、その時に別の感覚器があれば魔力の感知は高い精度を保てるからね。秘術を用いた戦いの場合は魔力の気配を追えなくなったらかなり大変だし、戦いに備えて訓練とかで別の器官での感知をできるようにする人も多いそうだよ。
俺はあまり戦うことはないから、これは”魔女の知識”の受け売りだけど。
「『命令を送ったわ。あとは勝手に止めてくれるでしょう』」
「うん、ありがとう―――とぉっ!?」
列車の車輪が悲鳴のような音を響かせる。そして急制動によって発生した慣性の力によって俺の身体がちょっと浮いた。お尻がまた床に激突しました、痛い………。
「あ、ぶなぁい………」
「だ、大丈夫ですか、マツリさん………」
「うん、だいじょぶだいじょぶ。ミーアちゃんも大丈夫?」
「はい、問題ありません―――が、この急制動は一体………」
車輪はまだギィィ―――っという音を上げ続けている。段々と速度が落ちてきているけれど、まだ完全に停止はしていない。
停止命令はミーシェちゃんが送ってくれたはずだけど、この急制動はその命令によるものだとも思えない。安全停止からは程遠いからね………。
「もしもし。ミーシェちゃん、何があったかわかる?」
「『―――ムカつく!命令が弾かれたのよ!この急制動は私の命令による物じゃないわ、ゴーレムが危険を感知したから自分で停止行動を行ってるだけ!』」
「え、命令が弾かれたって………」
「『どこのどいつか分からないけど、私の魔術を掻き消すなんていい度胸ね………ッ』」
ミーシェちゃんの魔術が掻き消された………?
いや、それよりもゴーレムが危険を感知とは一体。ああ、いや。人任せにしてないで俺も自分で何とかするべきだよね、魔法使いなんだし。
折角の隠蔽工作だけど、ここまで露骨に攻撃されていてはね。みんなの無事のためにもコスト無視して安全を取るべきかと思ったのです………と。
「『守りて見守り、逃がすはお前 豊かに踊るクサノオウ 影と鎖、覆うその魔を吹き飛ばせ!』」
杖を取り出し唱えるは、クサノオウ―――セランダインの薬草魔法。
ありとあらゆる不当なる責め苦、まあ監禁とかあるいは囮捜査とかから逃れることのできると言われるハーブの香りの魔法だ。
囮捜査しているのは俺たちの方なのにこのハーブに頼るのはそれはそれでどうかと思うんだけど、まあ今攻撃されているのは俺たちなので!
杖の先端から生み出させた煙霧は列車をすり抜け、周囲に広がる。
煙が知覚した情報が、俺の脳に染み込んでいく………うん、これで状況が分かる。
「………ん?黒い、弾丸………?」
ゴーレムのいる機関室近くに何発か、真っ黒な弾丸の先端、所謂ところの弾頭が埋め込まれているのが見えた。
―――あ、いや。煙霧で触ってみて分かったけど、これそんな単純なものじゃないな。普通の人間が作れるようなものじゃないし。
俺に掛けられている千夜さんの呪いほど強くはないけど、それでも常人が操れるような代物ではないって感じ。
これは、俗に魔弾と呼ばれるものの一種類。必中にして必殺の力を持つ、悪魔の弾丸。
「なんでこんなものが………」
「『ちょっと魔法使い!私にも状況教えなさいよ!』」
「あ、ごめん。すぐ視界共有するね」
アイブライトの魔法を同時に使い、ミーシェちゃんの方へと送る。ちょっと今まで身体を酷使してきたせいで、この程度の魔法だけでも若干節々が痛くなってきたけど仕方ありませんね、はい。
「『………魔弾ですって?しかも魔術師殺しの呪い―――いや、魔術師だけじゃないわね』」
「秘術殺し、だろうねぇ。俺みたいな魔法使いやあちらさんにまで通用する、強烈な魔弾だ。こんなの作れるのってそれこそ強力な力のある魔女か、もしくは悪魔の血を引く何かじゃないと駄目だと思うんだけど」
機関室周辺に打ち込まれたせいで、ミーシェちゃんの魔術も影響を受けて消されてしまったのだろう。元が繊細な魔術だったため、魔弾によって与えられる影響が大きく働いたのだ。
もちろん、何度も言っているけれどこんな魔弾、常人では例え命を懸けても一発すら作り出せない。
それほどに作成難易度が高い筈の魔弾を、こんなに連発している盗賊団ってあたり、ちょっと不思議過ぎるよね。
「『―――音!魔法使い、前方に注目して!』」
「うん、分かった!」
耳のいいミーシェちゃんに指示され、煙の認識範囲を前方に広く持つ。縦長の感知距離を手に入れた俺の魔法が、音の正体を知らせてくれた。
線路に跨り、列車の進行を妨害する木製の乗り物。
「あれって、もしかして………廃棄された馬車?」
「『ええそうよ!ゴーレムは線路上の不自然な荷重を認識して急制動に入ったのね………!あ~もう!!これ、停止するの間に合わないわよ?!』」
「ゴーレムは急制動掛けたけど―――あ、そうか。魔弾でゴーレムの機能が停止しているから………」
つまり、今この列車の速度を抑える存在は何もいないということだ。
火室に石炭が放り込まれてはいないからこれ以上速度が上がることは無いだろうけど、どちらにせよ止まらなければ大惨事だ。車両数は少ないにせよ、乗っている俺たちは無事では済まない。
「マツリさん、状況を………!」
「―――盗賊団が先制攻撃してきたんだけど、魔術対策ばっちりの武器でゴーレムの動きを殺されたって感じ」
「………っ。厄介ですね、盗賊団の姿は見えますか?」
「視える、馬車の近くに十数人いるよ」
この情報はミーシェちゃんにも伝わっている。意外と多いなぁ、人数。
しかも、恐らくリーダー格と思しき人間とその直近の部下の手には、黒く長い砲身が特徴的な銃も見える。あれから機関車に埋まっているものと同じ匂いを感じるので、あれが魔弾を打つ魔銃とみて間違いないだろう。
「………不快な香りだ………」
近づいてきたため水蓮もその気配を感じ取ったらしい。顔を顰めながら、傷口をさらに強く抑えている。
―――君の傷と、同じ匂いだからね。あの銃は。
「『………あの盗賊団の連中はこの列車が馬車に衝突して横転するのを待っているってこと!魔法使い、何かこの列車止める方法無いの?!』」
「んー、一応あるけど………」
「『じゃあやりなさいよ、私たち魔術師じゃこれだけの大質量を止めるのは難しいの!』」
多分、俺行動不能になるんだよなぁ。と、まあ………背に腹は代えられないか。
「うん、分かった。止めてみる―――ミーシェちゃん、あとはよろしく。一応耐えてはみるけど」
「『は?………あ、ちょっと。貴方、もしかして―――』」
ミーシェちゃんとをつなぐ煙の魔法を消すと、深く息を吸いこむ。
そして、朗々と語りながら杖で床を強く叩いた。