予知調和の列車道中
***
「いたっ………」
跳ねる車体の床は堅く、列車が進むたびにお尻に痛みが走る。座布団でも持ってくればよかったかな………。
まあ持ち前の肉付きの良いお尻のおかげで痔にはならなそうだけどね。お尻が大きいことはあまり嬉しいことではないけどね。
「うーん、やっぱり折角なら外が見たかったなぁ」
相手を欺くための仕掛けである以上それは叶わないことだとしても、ちょっとそう思ってしまうのは仕方がないことだよね。
溜息を吐きながら存在しない窓を夢想して壁にじっと目を向けると、ミーアちゃんが俺の方を見て首を傾げていた。
「………もしかして、マツリさんは旅が好きなのですか?」
「俺?うーん、どうだろ」
元の世界だと年齢的なものもあってしょっちゅうどこかへ出かけるとかはなかったからなぁ。いや、行きたいには行きたいんだけどお財布事情がね、お金持ちませんよねっていう。
でもどこかへ行くことに忌避感を覚えたことはないなぁって今更ながらに思う。実際、俺が初めてこの世界に来た時も普通に街を歩こうっていう考えが出てきていたし。
見知らぬ土地、知らない人種の方々を見てもなお、特に身がすくむとかそういうことは無かったから、多分どっちかと言えば俺は旅が好きなんだろうな。
「言われてみれば、だけどねぇ」
「そうなんですね………私は、知らない土地や知らない人は苦手ですから、旅は………向きません」
「―――そうかなぁ。分からないと思うよ」
無理強いをするつもりはないけれど、でも。きっと、君とする旅は面白い筈だから、楽しいものになると確信できるから。
どうか、その閉じこもった殻を破る日が来ることを俺は静かに願うのだ。
殻を破るきっかけとなる人は俺じゃないかもしれないけどね。最後にミーアちゃんが幸福になるのであれば、俺はそれでいいんだけれど。
「そういえばミーアちゃん、今回の盗賊団についてのこと、もう少し詳しく聞いてもいい?もちろん知ってる限りのことでいいけど」
「はい、もちろんです。といっても私もあまり詳しくは知らないのですが………」
がたん、ごとんと音が響く車体の中でミーアちゃんの声が響く。
「先日も言った通り、列車を無理矢理に止められ、金品の強奪が行われました。その時は確か、倒木を線路に掛け、列車を緊急停止させたそうです」
「………倒木………?」
「はい。付近の樹に切り倒された痕があり、さらには引き摺った痕跡もありましたので、それを持ってきたのだろうという捜査結果でした」
ん、んー?
わざわざ秘術を使わずに倒木で列車を止めた………?千里眼を弾けるほどの腕前を持つ筈の、相手の盗賊団の魔術師、或いは魔法使いが?
運転手を呪いで狙うなり、機関を無理やり停止させるなり秘術を使えばできるだろうに。いや、もちろん何かしら理由があって魔術を使わなかったということも考えられるけど。
でも、倒木での列車の緊急停止は本当に危ない。仮に列車が止まり切れなかったら巻き添えを喰らうことだって考えられるのだから。
秘術を扱うことが出来るものであれば、当然秘術を用いての犯罪となる筈である。
「あれ、そういえば抵抗した人がけがをした、っていっていたよね」
「はい。頭を殴られて昏睡状態です」
「頭を殴られた………」
―――あれ。もしかして、結構な思い違いをしているのでは。
お腹のあたりを冷たい気配が襲う。
秘術を扱うものがいるというのにあまりにも暴力的に過ぎる強盗団の行動内容。倒木という原始的な列車の停止方法。
「ねえ、盗賊団ってこの街の付近に昔からいた感じなのかな?」
「いいえ。現れたのは最近です」
「そっか。武器とかの情報はある?」
「………あまり詳しくは。ですが、何か特別な武器………銃を持っていたと」
銃、という言葉を聞いて水蓮が身じろぎをした。そして、無意識なのだろう、腕が隠された傷口へと当てられる。
水蓮に打ち込まれた呪いの大本は銃弾だ。
そしてそれは、俺と同じ千の夜の名を冠する大魔女に起源を発する何者かの呪いだ。
弱っているとはいえ出力だけなら並の魔法使いよりも優れている俺ですら、押し流すことのできないそれ―――黒き呪い。
この呪いの果て、少し前に思わず見てしまったあの風景と、今の状況がどんどん合致していく。既視感にも似たその感覚は、近づく度に俺の胸の奥の方を握り締めていく。
………だめだ、このままだとすごく、良くないことになる気がする。
予感だけど、俺の予感は結構当たっちゃうんだよね、最近は特に!
「ミーアちゃん、この列車を止める方法ってある?」
「え、えっと………魔術で動いているゴーレムに停止命令を送れば通常停止の行動をとりますが、マツリさんだと魔力が強すぎて命令を効かせる前に壊れてしまうかと………」
「くっ!俺の制御の未熟さが辛い………!」
まあそれはおいおい鍛えるとして、杖から煙霧を発生させると客車の最後尾へと糸状にして飛ばす。こういう時に頼るべきはミーシェちゃんだ。
煙霧の糸に自分の声を通し、後方のミーシェちゃんとシンスちゃんに言葉を届かせる。
「ごめん、緊急事態!先頭車両のゴーレム止めてほしいんだけど!」
「『はあ?………まあいいけど、ちょっと待ってなさい。カーヴィラの列車は特別性だから止めるのに時間が掛かるのよ』」
「ありがとう、助かります!今度お礼するね!」
そんな風に魔法を使ったりと急に慌ただしくなった俺をミーアちゃんが心配そうに見ていた。
「どうしたのですか、マツリさん………なにか、不備でも………?」
「いや、不備というか………多分ずっと前からの予定調和なんだと思うよ。恐らくだけど予知されてた」
予知というか予測かな。
俺よりもずっと精度の高い、本当に未来を見るつもりの人間の手によってこの状況は作られていたのだと推測される。ええと、どういうことかと言えばですね。
「これは、きっと俺と………そして、水蓮に纏わる事件の延長線なんだよ」
有名な話だけど、シュレディンガーの猫っていうパラドックスがある。
観測者効果などの用語を用いればそれはパラドックスとして成立しないのではとか色々と意見はあるけれどそれはさておき、未来は本来そのシュレディンガーの猫と同じものである筈なのだ。
誰にも本来の形、姿を観測できず、確定させられない。未来=あやふやで曖昧というのがこの世界の絶対原則だ。
占いとかはあくまでも可能性の一端を覗き見ているだけであり、確定されている未来は見えない。
………でも、既に誰か、第三者が―――それも、ものすごく強力な力を持つ者が未来を見たならば、それはその人間が観測した通りの未来へと形を変える。
箱を開けたシュレディンガーの猫、というわけだ。
既に観測されているため、その人間にとっては過去である。結果、俺たちが辿る未来はその人間が見た通りのものとなる………見た通りに未来を作れるというわけだ。
まったく、魔法使いにとっても完全なる未来予知は禁忌だろうに、よくもまあ踏み抜くものだね、恐れ知らずにも程がある。というか普通の人間ではそんな高精度の未来は魔力的な意味で見れないのに。
概念存在である旧き龍や、古代から存在しているあちらさんと同程度の存在ならそれだけの魔力もあるだろうけど。
「………私に纏わる、だと?」
「うん―――まあ、それは後で話すよ。それよりもまずは列車を停止させないと」
このまま相手の見た未来の通りに事を進めるのはとっても良くないことだ。相手の作り上げた舞台の上にいては、俺の方から何かをすることが出来なくなってしまう。
関わる人にはなるべく幸福でいてほしいのが俺の願いだ、そのためにも危険な状況から皆を遠ざけないとね。
「『準備、出来たわよ』」