学院長の信頼度/Zero
「よく、龍を殺すとすごい力が得られるとかって聞きますけど、本当のところはどうなんですかねぇ」
「龍由来の素材はとんでもない効能をもたらしてはくれるが、別に龍を殺したからといって特別な力が得られるわけではないよ。……尤も、旧き龍ならばその限りではないかもしれないが」
「前例がありませんので」
「ちなみに、高い効能をもたらすというのも使用者の加工次第だ。下手な素人が扱っても呪いの品しかできあがらんよ」
「つまり……肩書だけ?」
「そういうことだ」
肩をすくめてあっけらかんと答えるシルラーズさん。
少なくとも、その武勇は誇れるはずだけど。
俺はすごく凄いと思います!
あ、すごいが被った。
……というかだが、逆に考えれば、扱いが難しい龍の素材を扱いきれる魔術師ってことでもある。
やはりシルラーズさんはすごい人なんだろう。すごい三回目だな……俺の語彙力。
「まあ、私の龍殺しの話などどうでもいいことだ。今重要なのは、マツリ君。君が体を早く治すことだよ」
「はーい。筋肉痛みたいなこれが収まってくれれば簡単なんですけどねー」
「それは呪いのようなものだ、特に千夜の魔女によるものである以上、もう二日は安静にしていなければだめだろう」
「二日……えー、暇だなぁ」
携帯もネットもない以上、ただここでじっとしているのは退屈。
……でも、本とか読めるのはいいかもしれない。
あ、だめだ、ページめくり続けていると指が痛くなるんだった。
だめじゃないですか。
「ふむ……確かにな。私も仕事があるし、付きっきりというわけにはいかない」
「仕事……?」
「おいおい。私は優秀だぞ、少なくとも仕事に関してはな」
「そこで”仕事は”、って区切っちゃだめじゃないですか」
「魔術師が人として優秀なわけがないだろう?」
「……そうなの?」
「そこの学院長が群を抜き過ぎているだけだ。普通はそんな頭のおかしい行動はしない」
双子からの信用、本当に皆無だ。
学院長って、偉い人のはずだけどいいのだろうか……?
いいのだろうな、うん。
「ちなみに、仕事って何しているんですか?やっぱ講師とか!?」
「いや、私は基本的に書類仕事さ。生徒を教えるのは月に一度あるかないかだな」
学院長はやっぱり表立って人に教えるということは少ないのか……。
それはそうだと思いつつも、ちょっと残念。
シルラーズさんなら面白い授業になりそうだと思うのに。
「弟子にはそりゃ付きっきりだが、生憎と私はまだ弟子をとっていなくてね」
「いいえ、人格が破綻しているので弟子になりたい人間がいないだけです」
「おい。力量はあるだろう、力量は!」
「それだけではないか……」
自分で力量だけって言わないでください。
……もう、面白いなぁ。
「こほん。……とりあえず、マツリ君は身体を治すこと。さっきから口が酸っぱくなるほど言っているが、それが何よりも近道だ。いいね?」
「はーい。今日はもうおとなしくしていまーす」
「うん、それでよし。……じゃあ、私は行くよ。この病室は自由に使ってくれ、君専用だ」
「え、ほかの患者さんは?」
「ここはそもそも学校だ。患者など基本的にはいないよ」
そりゃそうですよねー。
あまりにも医療器具や設備が充実しているので、病院と勘違いしている俺がいた。
「それに、ここに連れてこられるものはもう手遅れなものが多くてね」
「ふぇ……?」
「―――あ。いや、冗談だ」
「今の―――あ。は明らかに冗談な奴じゃない!え、大丈夫ですよね?幽霊とかいないですよね?!」
「幽霊くらいなんだというのだ?妖精たちはそこかしこにいるのだ、たいして変わらんだろう」
「変わりますよー?!」
よく見てみるとだんだん怖くなってきた!
大丈夫ですよね何もいませんよね……!
ふと上を見ると黒い染みがあった。
なにあれこわい。
「やだよ俺幽霊とか怖いんだよ……」
「ただの死人だろう。霊体は基本的に何かをするでもなし、放っておいても害もない」
「それは魔術師の思考です。普通の人間は幽霊というものを多少は怖がります」
「人それぞれではあるがな」
ですよねー普通は怖いものですよねー。
「……そういうものか?よくわからんな。まあ、この部屋に幽霊はいない。いてもそんなものは私が回収していく」
「……さすが魔術師ですね」
思考が違う。
回収していくって……いや、魔術師だからできるか。
自称霊媒師のいる俺のセカイでもできてたわけだし。
――いやま、幽霊が見えない俺にはあの霊媒師さんたちが本当に幽霊退治していたのかはわからないけどね。
「まあ…シルラーズさんがいないっていうなら、信じます」
「そうしてくれ。……ああ、流石に時間がないな」
「あーそうですよね」
腕時計を確認しているシルラーズさん。
確かに、随分と引き止めすぎた。
「では、お大事に」
「はーい、ありがとうございまーす」
白衣着ているせいで、本当に医者にしか見えないシルラーズさんに向かって手を振る。
実際医者くらいの知識はある気がするけど。
とくに呪い関係とか強そうですよね。そりゃ本職だし強いに決まってますかそうですか。
「いってて……腕が引きつるなー」
「老人か……まあ、仕方ない部分もあるだろうが」
実際今老人並みの身体能力に落ちているような。
……あれ、これきちんと回復するのだろうか?
リハビリとかいるのでは。
……うわぁめんどくさい。
「まあ、しばらくは本を読み聞かせてあげます。好きそうですし」
「わーい読書大好きー。……寝ないかちょっと心配だけど」
ただ一方的に話を聞いているとても眠くなるのは、俺だけじゃない筈。
授業とか本当に眠くなる。
起きていようとすること自体が苦行だ。
……その割には、自分の興味分野では目を見開き始めるのだけど、そこはまあ人間だもの。
仕方ないです。
「ふわあわ……んー、あれだけ寝たのにまだ眠い……」
「肉体もさることながら、魂なども随分と疲れているはずです。早く寝ましょう」
「はーい」
シルラーズさんが居なくなった途端に、一気に眠気が。
……本当、さっきまで寝ていたんだけどなぁ。
こういう感じがもうしばらく続きそうだと思うと、ちょっと厄介だ。
眠気は我慢できないしねぇ……。
――眠りについたらそのまま起きない、なんてこともあり得るかもしれないし。
眠りと死は兄弟とはよく言ったものだ、まったくもってその通りです。
「でも眠るのは好き……あ!」
そうだ、いいことを思いついた。
布団をめくり、双子に向けて手招きする。
「こっちきて一緒に眠らない?」
「遠慮します」
「仕事がある」
「……くすん……」
即答でした、はい。
……ちょっと悲しい。一人はちょっと寂しい……。
なにせ、今更だけど――このセカイで俺は家族とかいないわけだし。
親は元気にしているだろうか。妹はどうだろう。
――いずれ会えるのだろうか?