会議も終わりまして
「それで、こんな作戦なんだけど大丈夫かな、シンスちゃん」
「うん。もちろんだよー。車両編成とかは?」
「三両編成。彼ら妖精の素材はそこまで多く街の外に流通しない。貴金属類もそう。だからこの程度で十分」
「なるほど。じゃあ二組に分かれて列車に乗ればいいね?」
「………私。この魔法使いとは一緒に乗らないからね」
「ああ、うん。もちろん。俺とミーシェちゃんは分かれた方が良いだろうね。万が一に二人共倒れしちゃうと、追跡者がいなくなるから」
「そういうことじゃないんですけどー!………ま、いいわ」
なにかよく分からないけど、ミーシェちゃんも納得してくれたようで何よりです。
「うん。………じゃあ、えっと」
みんなが作戦を理解してくれたのはいいものの、さて。困ったぞ。
何が困ったって、折角集まってもらったんだけどこれでもう用事終わりなんだよね。あくまでも今日はただの作戦会議だから。
なのでこの後、どうしようかと思うのですよ、はい。
「………遊びにでも、行く?」
「お~いいね、行こう!」
「行かないわよなんで私が貴女なんかと」
「私たちはこの後は仕事でしょ、シンス」
「………協力者との親睦を深めるための懇親会的な………」
「ない。帰る。仕事」
「うわー!嫌だー!!!」
「うん、あはは」
まあそうだよね。仕事中ですもんね。
あんまり邪魔しちゃ悪いし、今日は解散するのがいいでしょう。
「あ、でも二人とも。明日に備えて今日は早く仕事終わりにしないとだよ?」
「はい。その辺りは既に交渉済みです」
「人見知りなのに仕事は出来るからねぇ、ミーアは」
「………うるさい」
「ちょ、ナイフの先端をこっち向けないで!流石に怖い!」
「あ、店員。珈琲お代わり。お代はそこの魔法使いにツケといて」
「ちょっとー?ミーシェちゃん?」
女性三人寄れば姦しいといいますが、四人寄ればもっと騒がしくなるものだなぁ………あ、いや。俺は女性じゃないけど。
暫くの間はそうして四人で話しつつ。昼頃になってからようやく解散したのだった。
***
「魔術師さんのほうはすぐに帰っちゃったね。マツリちゃんは私たちがいなくなるまで待っててくれたけど。………暇なのかな?」
「直前まで別の依頼をこなしてたみたいだから、暇ではないと思う。というか普通に失礼」
「え、依頼を二個同時にやってるの?すごいなぁ」
「………正確には、三つ同時。マツリさんは、ちょっとお人好し過ぎる」
隣で相棒のミーアが、少し嫉妬したようにそんな言葉を零した。
あの子、マツリちゃん。あの人の事を話している時のミーアは、いつも私たちの前で見せている顔よりも少しだけ笑顔が多く、少しだけ………いや、かなり安心した表情を浮かべているんだよね。
きっとミーアにとって特別な人なんだろう。ミールもミーアにとって大切な人だけど、家族に向けての笑顔ともちょっとだけ違う気がした。
うーん。それこそ、恋愛感情に近いんじゃないかなあ。人見知りなミーアでは自分だけじゃ気が付けない感情かもしれないけど。
「ちょっとだけ、羨ましいなぁ」
「何か言った?」
「いやー。なんでもないよ~」
ミーアとは私の方が長くいると思うんだけど、全然心開いてくれないからなぁ。
いや、そもそもミーアが心を開いた相手自体が滅茶苦茶少ないんだけど。お嫁さんスキルが特上で、冷たい対応が猫を思わせるミーアは親衛騎士団の中で人気が高い。冷たくあしらっているように見えて素は優しいのだから尚更にみんな好いている。
本人は気が付いてないけど。
え、ミール?ミールはもちろん、いろんな人と仲いいからね。頭に血が上りやすいけど意外と頭いいし、困ってたらすぐに手伝ってくれるから。
双子揃って、人から好かれてるんだよね。
「さっき、さ。マツリちゃんの手に触れてた気がするんだけど、気のせいかな?」
「………気のせい」
「えー、本当ー?」
………ミーアが誰かに素手で触っている所を私は見たことがない。ああ、家族は別として。
「ミーアはさ………ん。いや、やっぱなんでもないや」
「?そう、まあいいけど」
私の事、どう思ってるんだろう―――なんて。
ま、当人に訊くことじゃないよね!
何より私は私だ。マツリちゃんを羨んでも、あの子になれるわけじゃない。相棒として、ミーアの恋路を応援するだけだ。
腕をぐぃ~っと伸ばす。右手の包帯が、太陽の光に照らされた。
ミーアの視線がその包帯を不思議そうに眺めて、元に戻る。ずっとつけているこれについて、ミーアが訊いてきたことは無い。私もミーアの手袋の意味を訊かないから、お相子だろう。
私の場合は別に隠してないけどね。前のお茶会の時、水蓮さんに問いかけられた時には答えたし。包帯の下は、見せてないけど。
「んじゃ、休憩も終わりにして、お仕事と行きますか~」
「今までも、これからもずっと仕事時間。勝手に休憩時間にしないで」
「はーい、あはは」
相変わらず堅いなぁ。
そんな、真面目な相棒と一緒に街を歩く。放っておけない相棒と一緒に。
***
………鼻先に微かな香りが漂った。
それは消毒液の香り。そして何より、甘い甘い蜜のような香り。
眼を開き、そして理解する。
「………ああ。これ、夢だなぁ」
しかも完全な明晰夢だよ。自分の意思じゃなくて、こうして夢を見せられているのは久々かもしれない。
現実の俺は、ミーシェちゃんと、シンスちゃんミーアちゃんを送った後に買い物を済ませて森へと帰り、さっさと眠りについたはずなので、身体の方はぐっすりと寝入っているのだろう。
………まあ、二回目ともなれば。そして夢の世界を漂うこと自体は三回目となれば、この夢に落ちているということ自体は問題じゃないんだけどね。
一番は、これが誰の夢かが大事なんだよね。
「夢の世界だと、本人が近くしていること以外も視えてしまうからねぇ………ちょっと、困りもの」
知りすぎちゃうって意味で。
名は体を表す。俺の名前からしてマツリ………茉莉花なので、そもそも夢と親和性が高いのだが、制御はまだ難しい。それに加え、今回は弱ってたのもあって、視えちゃったの方が正解かな。
さて。無駄に思考だけ重ねてても意味はない。ちょっとだけ動いてみますか。
夢には階層があり、表層で見る突拍子もないただの夢と、人間の感情の奥底が投影される深層心理の夢、そしてさらに奥底にある人々の心が揺蕩う海での夢と様々だ。
最後のものに至っては個人だけの夢では終わらない。仏教には阿頼耶識という心の働きの源とされる概念があるけど、それに近い揺蕩いの海の夢はそれこそ、未来知覚や千里眼に近いこの世の真理を見ることになってしまう。
どうか、この夢がそんな深い領域のものでないことを祈るけれど。
「あ。人と景色が見えてきた」
夢に輪郭が与えられ、徐々に映像としての形が整っていく。
今のところ知っている景色は、カーヴィラの街であるということだけだ。ということは、今日であった誰かの夢であるのは確実だろう。
だいたい、こういう夢を見ちゃうときって何かしら直近で接した人と関わりがあることが多いのだ。
直感に従って空を蹴る。空中から一瞬で街中へと移動した。夢特有の異次元移動ですね、よくあります、はい。
まあ、街中といっても大分森に近い場所なんだけど、とにかく周囲を見渡してみると………おや。見覚えのある顔が見えた。んー、あれは。
「―――ミーアちゃん?」
俺の知るミーアちゃんよりもずっと小さな、幼い姿のミーアちゃんがぽつんと一人。
夢の中で、佇んでいた。