対盗賊団作戦会議
ミーアちゃんの手。手袋が外された素手には、幾つもの切り傷が出来ていた。
掬ったとはいえミーアちゃんの手に俺の血が垂れたため、その傷痕に血が染みてより分かりやすくなってしまっている。
切り口の向きなどから誰かにつけられたものではなく、確実に自分でつけたものだ。
想像するとすればリストカットだけど、これはまるで血を何かに伝わせる、或いは吸わせるために切っているような切り傷なので俺が想像しているものとは用途が違うのだろう。
「………本当に、ごめんなさい」
その謝罪は、多分傷の事だけじゃないんだろう。
水蓮の言葉。あれはミーアちゃんの心を大きく揺らしたはずだ。それでもまだ、ミーアちゃんは語らない。語れない。
でも気にしないでほしいかな。水蓮はもどかしく思ってるみたいだけど、そしてその気持ちも分からなくはないけれど―――無理は良くないからね。
慣れた手つきで俺の手に包帯が巻かれていく。包帯を常備しているのは騎士だからこそなのか、それともミーアちゃんだからなのか。
………ミールちゃんのため、とかもありそうだけどね、うん。普通にマメな人だから、この娘は。
「あ。………す、すぐに手袋をはめますね」
「んー?いいのに、俺はミーアちゃんの手、好きだよ。見たのは初めてだけど」
「見せたこと、ありませんでしたっけ?」
「触れたことはあるけどね。ほら、お風呂の時に。でも目隠ししてたから」
「………そうでした」
だからね、まあ―――初めて素手に触れられて、そこだけはちょっと嬉しいのだ。喧嘩自体はさておいて。
「お~い!おまたせおまたせ、いや寝坊しちゃって………あれ?お二人さんお取込み中だったかな?」
と、ミーアちゃんに手を触れられたままいると、シンスちゃんがやってきた。結構時間たっていたんだなぁ。
シンスちゃんに声をかけられると、急いで手袋をはめたミーアちゃんが表情を澄まし顔に戻す。
「そう、寝坊。まあ時間には間に合ってるから良いけど」
「あらら、今日のミーアは優しいね?」
「………任務遅刻の罰で掃除当番の刑にしてもいいのだけど?」
「ごめんなさい私が悪かったですミーアはいつも優しいよねっ!」
「はあ。お調子者。お馬鹿シンス」
「あはは~」
ちょっと身を引いてシンスちゃんとミーアちゃんのやり取りを眺める。
俺ではミーアちゃんを元気づけてあげることは出来ないだろう。なにせ、謝られてしまうから。
こういう時にはシンスちゃんにやってもらった方が間違いなく正解と言える筈。
「あ、この匂い………」
どうやらミーシェちゃんも来たようだ。シンスちゃんとミーシェちゃんは初顔合わせだけど、シンスちゃんなら大丈夫かな。
雑踏の奥の方に魔法使い帽子を被り、ステップを踏むようにして歩く綺麗な少女が見える。
人が自身を自動的に避けていく、無意識に干渉する魔術を使用しているのだろう。その歩みは一度も止まらず、服の乱れも一切なく少女は俺たちのテーブルへとたどり着いた。
「………いや、来てみればなんで貴女傷負ってるのよ」
「いや、傷っていうかただの事故みたいなものだよ。さてさて、じゃあミーシェちゃん、そしてシンスちゃん」
テーブルを指で軽く叩く。
煙霧で作られ、立体的に浮かび上がったのは、この街と付近の街を空中から移したもの。つまりは魔法で作られたその街周辺の地図だ。
「―――作戦会議を、始めようか」
***
「へぇ!シキュラーの街の魔術師さんなんだ!すごいなぁ、魔術って才能がいるんでしょ?」
「そうね。魔術師になるだけでまず才能がいるけど、私はその中でも群を抜いて才能があるの。並の魔術師なんかじゃ相手にならないわ。ふふふ」
「じゃあじゃあ、アストラル学院で働いたりとかはしないの?」
「触媒が手に入りやすいのは利点だけど、教育者として従事しないといけないから魔術鍛錬の時間が減るわ。あり得ないわね………あんな場所で働くのは、魔術師の中でも相当の暇人か、そうでなければ生粋の―――天才を通り越した化け物だけよ」
「………えっと、あのー?お二人さん、説明聞いてた?」
「私は聞いてたわよ」
「私は聞いてなかったー!」
「………あ、うん。そっかぁ」
一瞬で仲良くなってくれたのは良かったけど、これはもう一回説明しなおさないとだね。
ちなみに人見知りの気があるミーアちゃんは、ミーシェちゃんやシンスちゃんとの会話にはほとんど参加せず、俺の隣で紅茶を飲んでいる。
話しかけるなオーラが地味に出てるけどね、多分仲いい人しか気が付かないよね。
それは置いといて、さて。もう一回、今回の作戦の説明を始めるとしますか。
「決行日時は明日の朝。概要は………うん、簡単に説明するとですね」
指先で煙霧の列車を作り、カーヴィラの街に配置する。
「この列車を盗賊団に、わざと襲わせる。本当にそれだけだよ。襲わせて、撃退して、追跡。居場所を確実に判明させた後に騎士たちで壊滅させるって手筈だね」
「おー、つまり囮捜査ってことか!はいはい、お姉さん分かりましたよ」
「………ちなみに、あくまでも俺たちは撃退だけだからね?撃退後は俺かミーシェちゃんが秘術を使って盗賊団の人間をマーキングして、居場所を特定するから」
魔法、魔術で相手個人を探索するのであれば、それこそ翠蓋の森ほどの結界にでも覆われていない限りは見つけ出すことが出来る。
千里眼でも見えないようにする魔術はあるけど、それはあくまでも特定されていないことが前提条件だからね。姿を見られるって、意外と秘術的な意味でも厄介なんだよ。
「あ、そうなんだ。まあそうだよね、何人いるか分からないもんね」
「そもそも相手側に最低でも一人は魔術師がいるのは確実。油断はしないで、シンス」
「そりゃもちろんだよ。何かあったら………うん。なにかあったら、ミーアもちゃんと助けてから無事にこの街まで戻るからね」
「………さっさと一人で逃げて」
「やーだ。大切な相棒だもん、見捨てないよ」
「―――ふふ。じゃあミーアちゃんとシンスちゃんの仲がいいところも分かったことで、作戦も理解できたかな?」
「うん、大丈夫だよ、マツリちゃん」
「………ちゃん………俺、年上………ま、いっか」
その辺りはもうね。この背丈だから仕方ないからね。
「列車の手配など色々と大変でしたが、伯爵夫人やシキュラーの街の協力もあり何とかなりました」
「まあ、一日丸ごと鉄道を借りるわけだから、寧ろよくこれだけ早く手配終わったよねって俺は思うよ?」
「盗賊団に困っているのは私たちの街だけではありませんから。このカーヴィラの街は、街を経由して他の街へ妖精由来の素材を運んでいます。この街の鉄道を封じられては、困る街があるということですね」
「………ああ、そっか。あちらさんの素材を軋轢なく手に入れられるのはこの街だけなんだった」
個人レベルでならば話は別だろうけど、産業になるほどの規模で手に入れられるのは立地条件と協定によってあちらさんとの関わりが深いこの街だけだ。
しかしながら、魔術師や魔法使いは世界中に割といるので、素材の要求量は一定数常にある。盗賊団のせいで鉄道が襲われ、素材が奪われてしまえばその魔術師たちが困るってわけだね。
………あちらさんの素材は、高く売れることが多い。
危険な魔術の研究をしているせいで、合法的にはあちらさんの素材を手に入れられない魔術師が購入するためだ。もちろんそんな人間に魔術の触媒になる素材が渡れば、人々が危険な目に合う。
様々な思惑が重なり合って、今回の鉄道を全て借り受け、情報流布までも行った作戦は実現したってわけだね。
―――ああ、そうそう。情報流布もきちんとしているのだ。明日の明朝に出発する列車には、高価なあちらさんの素材や魔術の触媒になる貴金属が大量に積まれているという噂を周辺の街に行きわたらせた。
これで、間違いなく盗賊団は列車を襲うだろう。
今回の作戦の場合、列車が襲われないことが一番困るから。