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水蓮とミーアちゃん


これはミーシェちゃんか。さらにその奥、ちょっと離れてシンスちゃん。

来たといっても、常人離れした嗅覚をした俺の認識なので、実際にこっちに到着するのはもう少し時間が掛かるだろうけど。


「………」


ミーアちゃんはまだ俺の手を握っている。でもこれは先程までの握り方とは違う感じだ。

心細い、のかな。

なんとなく、俺もその手の上に自分の手を置いた。微かにその手は震えていた。


「大丈夫。ミーアちゃんが自分から話してくれるまで、この手の震えの理由は聞かないよ」

「………はい。マツリさんの手は小さくて白くて、可愛いですね」

「褒め………られてるのかなぁ、これ」


君は俺が元々男だったって知っているよね………あれ、もしかして忘れられてる?

もう女としてミーアちゃんに接している時間の方が長くなっちゃってるのは事実だけど、それはそれで悲しいよ。


「もちろん褒めていますよ。私が、姉さんと学院長以外で触れられる、優しい手ですから」

「そっか。うん、そっか」


今も影の中に潜む水蓮が。或いはプーカが呼ぶ遠縁という言葉。なんで、遠縁なのか。少し考えればまあ、分かってしまうのだけれど………。

それはミーアちゃんの最も柔らかいところ。触れられるのを嫌がる所―――大好きなミーアちゃんだけど、いや。だからこそ、そこに手を伸ばすことだけは慎重にしないといけません。

俺だけじゃ解決できないだろうしね、そもそもとして。

ほら。結局俺は、半分人じゃない。ミーアちゃんの身に抱える問題は、人ではない俺では解決できないことなのだ。

………そのための手助けだけは、もちろんするつもりなんだけど。


「マツリさん、ちょっと悲しそうな顔していますが、どうしましたか?」

「ううん。なんでもないよ。ちょっと俺の無力感に打ちひしがれてたところ」


己という存在の役不足感にね。


「………。………ぃえ。あの………マツリさんは、とっても優しくて、それで………無力なんてことは、ないとおもいますが」

「言いたいことがあるのであればさっさと言ったらどうだ。確か―――ミーア」

「ああ、水蓮。駄目じゃないか、勝手に出てきたら」


店員さん驚くよ?

それはともかく、俺の影から姿を現した水蓮はすっかり身体も治り、最初にミーアちゃんたちと出会った時と同じ、俺を模した姿で椅子に座っていた。

口元にはクッキーが。結構甘いの好きだよね、君。


「人間など脆いものだ。お前の命が急に消えた時、或いはマツリが死に逝く時にその言葉を伝えられるとは限らないのだぞ」

「えっと、水蓮………さん、でしたか」

「それはこの魔法使いが勝手に私につけた名だ。好きに呼べ、遠縁」

「………水蓮。待って」

「黙っていろ、マツリ。貴様が踏み込めないのであれば、私が抉る。何故かは分からないが―――己の現実を見ないふりをしているこの娘のことが、私は心の底から気に入らないのだ。はっきり言う。これは私の人間嫌いからくるものではない、私の自我がこいつを嫌っているのだ」


それ、は。

………それは、同族嫌悪だよ、水蓮………。

ああ、嫌だな。こんなこと思いたくなかった。

君は実際に、様々なことを語る前に子を喪った。そして、ミーアちゃんは―――まだ、出来るのにしない。その様子に、その現実に君は君自身を重ねている。いつ喪うとも分からないものへ、万策を尽くさない事に愚かさを感じている。

怖い、嫌い、寂しい、悲しい。それに覆われ、一歩を踏み出すことが出来ないでいる様子に嫌悪している。

でも水蓮自身もそうなのだ。身の内側に潜む復讐心と怒り。後ろ向きな意思に翻弄され、正しい道を選べない我が身を嫌っている。

喪う前のミーアちゃんと、喪った後の水蓮という在り方の違い。今と、そして前提。ここに至るまでの過程に差はあるが、どうであれここで分かっていることはきっと、深く話し込めば話し込むほどに、二人は決して相容れないという事実のみ。


「話したくない。触れたくない。だが、離れたくない。あまりにも我儘が過ぎる。あまりにも、都合のいい考えが過ぎる。そうだろう?」

「………うる、さい………」

「貴様の匂いは分かりやすい。世に溢れる毒草を纏めた甘い匂いだ。魔術の手袋で無理矢理誤魔化しているようだが、消毒液の香りでもその毒は隠しきれまい」

「………黙って」

「自らは近寄らず、しかし他人には一方的に愛を求める。はっきり言って歪だ」

「………やめて」


ミーアちゃんの赤色の髪が揺れる。


「その血からは逃げることは出来ない。その血が齎した現実を遠ざけることは出来ない。よく考えることだ、遠縁」

「………ッ!いい加減に黙りなさい、悍ましい妖精が………ッ!!」


―――初めて、ミーアちゃんの憎しみの表情を見た。

怒りと何よりも憎悪に満ちた昏い瞳が水蓮を射抜く………手袋に覆われた腕が持ち上げられて、俺の手が離れた。


「お前たちが………お前たちのせいで………」

「ミ、ミーアちゃん?あの、落ち着こう?………っ、痛」


パシン、と。伸ばした手が払われる。


「妖精なんて嫌い………自分勝手に生きるお前のせいで、私はどっちつかずの半端者………私を生み出す原因を作ったお前たち妖精が、何を偉そうに!!」

「原因など知ったことか。過程がどうであれ生まれた事実からは逃げられない。それとも―――孤独であることに酔っているのか?」

「………ッ!!」


ミーアちゃんの肩が震えた。ストンと表情が抜け落ちて、ゆっくりと机に置いてあったナイフに手を伸ばす。

手袋を外すと、そのナイフを迷いなく自分の手に突き刺そうとして………って、ちょっと待って。ねえ、待って!

振り下ろされたナイフと、ミーアちゃんの手の間に俺の腕を差し込んだ。


「………いっ、た………」

「っ!………マツリさん。邪魔をしないでください」

「するよ。やめて、ミーアちゃん。どんな理由があっても、君が自分を傷つけている所を俺は見たくないし」


左手の甲に突き立ったナイフから、血が滲む。深くまで刺さっていることが、結構な強さで振り下ろされていた事実を知らせた―――俺は治るけれど、ミーアちゃんは普通の人なのだ。こんな勢いで肌を傷つけてしまったら、きっと痕になる。

俺の血はミーアちゃんの手へと滴り落ちて、若干の鉄臭い香りをまき散らしながら素手の上へと雫を作った。

ぽとり、ぽとり。静かに垂れて、一層強く手を握り締めたミーアちゃんが時間をかけて息を吐き切った。


「分かり、ました。マツリさんに免じて、ここでのことは忘れましょう」

「………水蓮も。駄目だよ、人の柔らかいところを抉っちゃ。それは、とっても痛いんだから。分かるでしょう?」

「―――ふん。忠告だ、遠縁。いつまでも、その娘が共にいると思うな。未来を見ることのできない人であるからこそ………喪うことに備えるべきだ。亡くしたものはもう戻らない」


視線をずらしてそれだけ言うと、水蓮は再び俺の影の中へと溶けていってしまった。酷いことを言っている自覚はあるらしい。

………まあ、そうだろうね。だって、水蓮の言葉は水蓮自身を抉る言葉でもあるんだから。あちらさんの時間の感覚、生死における倫理感は人間とは大きく差はあるけど、それでも急に我が子を喪ったという事実は、あの時にああしておけばよかったという後悔が必ず付随してくる。

確かに厳しい言葉だったけど、忠告でもあるのだ。言い方がきついのは別問題だけど。


「お、お客様………?!大丈夫ですか??」

「ん。なにがですかー?全然俺は大丈夫ですよー」

「いえいえいえ!血が出て―――って、あれ?」


色々騒いでいたので店員さんが来てしまった。うん、ここ待ち合わせ場所だし追い出されたり問題ごとになっちゃうと厄介だからね。

魔法で誤魔化します。血は自分のものなので、手で掬って霧へと変える。


「………ごめんなさい、マツリさん………手を」

「何も問題ないよ。それより、新しい傷がミーアちゃんの手に出来なくて良かったかな」


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― 新着の感想 ―
[一言] 荒療治は無理か。 ある程度の予想しかできないけれど、そういうのはデリケートな問題だからねぇ。
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