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次の依頼へ



「えぇっと、具体的にはいつなのですか?」

「明日には。なので今日の中に色々と済ませてしまいますね」

「………そうでしたか。いえ、次の依頼となれば仕方ありませんし、それに同じ街ですし―――でも今度、しっかりお礼がしたいので、遊びにいらしてください」

「はい、それはもちろん!あ、お礼なんて気にしなくていいですからね?」


それは言っておかないと。うん、別に最初からこの依頼に関してはお礼を貰おうなんて思っていなかったのだ。

だって、人が人を産む行為を助けるのは当たり前のことだからね。半分人じゃなくてもそれは人間らしい行動だし、そういうものだと判断するのですよ。


「―――もう一度、お礼を。本当に、今回は様々なことを助けていただいて………ありがとうございました」

「こちらこそ、とっても………はい。とても貴重な体験を、しましたから」

「おねえちゃんありがとー!」

「うん。ハレアちゃんも、元気にね。多分言うまでもないことだろうけど、お母さんを助けてあげるんだよ?」

「わかったー!」


まあ、実際に出るのは明日なんだけど恐らくバタついてまともに挨拶も出来ないだろうから、今のうちに落ち着いた状況で言葉は交わしておきたい。

それにしても、やっぱりお礼を言われるというのは気持ちが良いものだ。

相当精神が捻くり曲がってればお礼を言われることに嫌悪感が生じたりするかもしれないけど、基本はどんな人でもお礼を言われるといい気持ちになるものだよ。照れ隠しとかする人はもちろんいるけどね。

………さ。残った仕事は注意書きの作成に周囲の殺菌、消毒。加護を授けるための簡単なおまじないに、ナウィルさん用の薬草の調合かな。


「頑張りますかー」


とりあえず、このご飯が食べ終わったらね。







***







「ということで、全ての仕事が終わりましたのでこれでお暇をさせていただきますね」

「はい………私、全く何も手伝えませんでした………」

「半分は専門的なことですから。それに、ナウィルさんの仕事はアルモちゃんを見ていることですよ。気にしないでください」


仕事をしていたらあっという間に過ぎ去ってしまった、翌日の朝。子供服に身を包んだアルモちゃんを抱えたナウィルさんが、玄関前でお見送りをしてくれた。

周囲の環境についてはきちんと薬草魔法と、普通に現実に根付いた植物学を使っていい方向に向けてある。今は春だけど、夏になればおまじないを変えた樹々や花も咲き誇るだろう。

子を守り、ついでにあちらさんの悪戯を防ぐ効果のあるものをいくつか植えておいた。俺が選定した苗もあるし、滅多なことがなければ連れ去られたりはしないはずだ。

摂理に近い現象とはいえ、この世界だと普通に”取り換え児”とかあるのがちょっと怖いよね。あちらさんが近しい隣人としてそのままいる世界だから仕方ないんだけど。


「………悲しい気分になるのもなんか違いますし、同じ街ですからお別れっていうのも違いますもんね。俺は、村の外れ、妖精の森の近くに住んでますからなにかあったらまた、連絡をください。ここに、魔法の葉書を置いておきますから」

「分かりました、ふふ………そうですね。同じ街ですものね。すぐに会えますものね」

「そうなんですよ、はい」

「では、また今度。一旦のさようならです、魔法使いのマツリさん」

「はい―――それではまた、ナウィルさん。………後ろのハレアちゃんもね。お母さんとお父さんのこと、よく見てあげるんだよ」

「んぅ~………」


あはは、朝早い時間だからまだ眠そうだね。後ろのジヴァンさんにも頭を下げて、俺は帽子をかぶり直す。

ローブをはためかせて、ナウィルさんたちに別れを告げた。

―――また、会うけどね。一応ご近所さんなんだから。

足元で波打つ影が、静かに揺らめいてまるで尻尾が手を振った様に形を変える。それをみたナウィルさんが、小さく手を振り返した。


「お別れは大丈夫かな、水蓮」


(何が別れなものか)


「そりゃあ、確かに」


でも、俺としては君が人に対して手を振るという行為をする程度には、人間への愛情が戻ってきてくれているってことにとっても大きな進歩を感じるんだけどね。


「身体は大丈夫?」


俺の質問に、肯定の意を返す。さすがアハ・イシカ。もう身体も殆ど治っている。

ああ、もちろん俺が面倒を見る原因になった傷は別としてね。あれは、特殊な呪いだから。


「さて………じゃあ、忙しいけれど次の依頼に行くとしますか」


ちょっと良くない予感がひしひしとと背中を襲ってくるけれど、しょうがないしょうがない。

これもまた、魔法使いの定め、必然ってやつだから。運命とか、偶然とか必然とか魔法使いやっててもよく分からない概念だったりするけど、きっと今回の結末はそれに類するなにかどれかの一欠けら。

臆せず迷わず、手を差し伸べることがきっと、俺がやるべきことなのだろう。

帽子を揺らして、ついでに影も揺らして。俺たちは、カーヴィラの街の中へと溶けていった。








***







「………えっと、つまりですね。マツリさん、あなたはつい先日まで別の依頼をこなしていたと」

「うん。大変だったけどねー、あはは」

「笑い事ではありませんが。何をしているのですか、お人好しにもほどがあるのでは。馬鹿なのでは。いえ、お馬鹿なのは知っていましたが」

「え、今回は酷く辛辣じゃないですか、ミーアちゃん………?」

「―――その紋様の肥大した様子を見れば、また無茶をしたことが分かりますが。私が辛辣になる理由の説明に、これ以上のものは必要でしょうか」

「あ、うん。そうだよね、そうでした。ごめんなさい………」


素直に謝ります、はい。………あの、謝ったので、ぐりぐりとトリスケルの紋様の出た左腕を握りつぶす勢いで掴むのやめてください………?

いや、そんなに強くないんだけどね、実際は。ミーアちゃんって握力あんまりないから。騎士だけど力で戦うタイプじゃないっていうか、そんな感じなので。

集合場所であった喫茶店の店内で、俺たちは向かい合ったまま、そして手を握られた状態で座っていた。話題転換………というよりは本題への回帰かな。

それをするために、俺はまだこの喫茶店に来ていない二人、及びシルラーズさんとミールちゃんについて質問をしてみることにした。うん、シルラーズさんたちが戻ってきてくれていたならとっても心強いからね。


「えっと………それで他のみんなは?」

「学院長と姉さんは相変わらず件の街に。ちょうどいいので手配の根回しなども一緒にやってもらいましたが」

「使うねぇ、シルラーズさんのこと」

「ええ。使えるものは何でも使います。魔術師のいる可能性がある盗賊団となれば、脅威度は非常に高いですから」


ま、そうだよね。魔術はこの世界において間違いなく人間が扱う最高位の技術だから、その警戒度は当然のこと。

そもそも中世ヨーロッパにおいて街の近隣の盗賊退治などは、領主や騎士の必須業務であり、それが出来ない街は街として成り立たない。盗賊団がいるという時点で、街が本腰を入れて退治に乗り出すのは当たり前なのだ。


「シンスは………まあ後で来るでしょう。基本的に、時間にルーズなので。騎士の癖に」

「割とミーアちゃんって、普通にシンスちゃんに辛辣だよね………」

「普段の行動のせいです」


普段から遅刻しているのだろうか………呑気そうな子だったもんなぁ。悪いことじゃないけど。

ミーアちゃんは逆に、時間とかにしっかりしているから二人そろえば丁度いいのかもね。


「で、俺が助けを求めた魔術師のミーシェちゃんはというと………どうだろ。一応連絡は送ったけどまだ返事ないんだよね」

「ミーシェ、さんですか?………私たちと名前が似ているような………」

「あはは、それは俺も思った!」


逆にそのおかげで名前憶えやすくて助かるけどね。まあ、きちんと話すと印象大きいから忘れようのない性格しているけれど。

………それにしても不思議なものだ。名は体を表すという言葉があるにもかかわらず、後半一文字違うだけでミールちゃんにミーアちゃん、そしてミーシェちゃん、三者三様で全然性格が違うんだから。


「………あ、来たね」


俺の鼻先が嗅いだことのある匂いを感じた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ほんと無茶したよねぇ。
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