アルモちゃんを抱きしめて
「………本当に、ナウィルさんもアルモちゃんも、元気に終わって良かったです」
「マツリさんとスイレンさんのおかげです。私一人だったらきっと、こんな風にこの娘を抱いていられなかったと思いますから。なので、マツリさん。あなたは未熟なんかじゃないですよ。とってもすごい、魔法使い様です」
「う、様はやめてくださいって………恥ずかしいです」
アルモちゃんを抱きながら口に手を当てて笑うナウィルさん。
ちなみにアルモちゃんは殆ど泣くこともなく、基本的に気持ちよさそうに寝ていることが多い。
「そ、それにですね………大変なのはここからですから」
赤ちゃんを育てるというのはとっても疲れるものだ。夜泣き………は、まあ。アルモちゃんはあんまりしないかもだけど………トイレ、おむつ交換にお乳をあげたり。
小さなことでは食べるものの管理とかもね。誤飲はもちろんだけど、蜂蜜やこのあたりだと井戸水を感染源とする乳児ボツリヌス菌なんかも気を付けないといけない。
いや、殺菌しておくけどね?
薬草魔法なら、セージとかの魔法使えば割と周囲の病原菌を遠ざけるとかできますけどね?
まあ。そういう魔法をかけておいても、永遠に続くわけじゃないし、魔法をかけた範囲よりさらに外部からの侵入とかは防げない。結局、ナウィルさんやハレアちゃん、ジヴァンさん各々に気を配ってもらうしかないのだ。
「あぁ、そうでした。マツリさん、是非アルモを抱っこしてあげてほしいんです。………マツリさんとスイレンさんのおかげで、この子は生まれてきたのですから」
「俺というより水蓮だけど………はい、わかりました」
俺の中にいる水蓮の代わり………というわけじゃないけどね。
普通に、俺だって手伝って、一緒に頑張ったその結晶であるこの子を抱きしめたいとは思うんだよ。まだ親ではないけど、それこそ姉みたいな存在としてね。
小さく寝息を立てているアルモちゃんをナウィルさんから受け取る。
「………」
「あ、暖かい………」
少し身じろぎしたアルモちゃんから、じんわりと温かさが伝わってきた。
身体を動かしはしたけれど、おかあさんの手から離れたからと言って泣き出すようなことは無く、俺の手の中でも安心した表情で寝ているのは嬉しいかな。
泣かれたら、仕方ないと割り切りはするけどちょっと悲しい。
「………ぁ………ぅぁ………」
アルモちゃんが手を伸ばす。
小さな手は、俺の胸の方へと………って、あの、ちょっと………?
「―――!!」
「………まあ、うん。喜んでるなら、いいかぁ………」
無駄に大きな俺のおっぱいを鷲掴みして満足そうにしている姿を見ると、まあ怒れないよねぇ。
というか、揉まれても俺はまだ母乳出ないのですよ。ですから揉まないでね、アルモちゃん?
「あ、えっと………すいません、マツリさん」
「いえいえ、全然大丈夫です。恥ずかしいですけどね。あはは」
「私、まだお乳の出が悪くて………これって変なのでしょうか」
出産直後だというのに崩れていない、形の良い胸をちょっとだけ押し上げるナウィルさん。
人妻でつい先ほどまで妊婦さんだったんだけど、綺麗なままなのは本当にすごいよね、なんてことを思いつつナウィルさんのその言葉を否定する。
「健康的な人なら、大体出産後二日から五日以内に出始めますよ。安定するのはもっと時間かかりますから、おかしくなんてありません」
焦ってもしょうがないことなのだ。
「そ、そうなんですね」
「それと、身体を冷やしたりするとやっぱり良くないので、アルモちゃんのためにもなるべく部屋は暖めて、ナウィルさん自身も暖かい格好で。食事とかもバランスのいいものにして、水分をしっかりととる………気を付けるのはこれくらいですかね」
「なるほど………」
ちなみに母乳の構成材料のうち、水分は八割近くを占めているので水をしっかりとるのは本当に重要なことなんだよね。
「飲み物は珈琲や紅茶は避けて―――そうですね。やっぱり身体を温めるためにもハーブティーがいいと思います。あとで調合しておきますね」
「何から何まで、ありがとうございます、マツリさん」
「魔法使いですから、当たり前のことですよ。あはは、それにそもそも薬草の調合に関しては専門家なので」
俺の本業は薬草魔法使いだからね。
あくまでも調合した薬草を用いて、人に寄り添う魔法を使うのが俺の仕事だ。なので、本来はおまじないに近い、大したことのない魔法を使う存在なのである。
「母乳が出始めても、量が少ないのはしばらく続くと思いますので根気強くあげ続けてください。量が少ないままに終わらせてしまうと、体重がなかなか増えませんから」
それに身体も弱くなる。
この時期の赤ちゃんにとって、母乳は唯一口にすることが出来る食糧だ。その量が不十分だと、命にかかわってくるのである。
成長は赤ちゃんの大事な仕事。七つまでは本当に身体が弱いんだから、気を抜いちゃいけません。
「………あはは、というかまだ揉んでる………」
揉んでる通り越して吸いつかれてますね。
背中を撫でて、まあそれもいいかと優しく笑む。いいよ、元気に育ってくれるならそれだけで俺は嬉しい。
「マツリさん、お母さんみたいな笑い方していますよ?」
「うえ?ま、マジですか」
「とっても優しい顔でした。でも、マツリさんならきっといいお母さんになれると思います。今回だって、未経験だっていうのにこんなに助けてくれたのですから」
「素直に喜んで………ま、いいか。ありがとうございます」
実際知らない方が体は動くとかもありそうだけどね、今回の場合。
名残惜しそうにこちらに手を伸ばしていたアルモちゃんをナウィルさんの元へ返し、ジヴァンさんたちの方を振り返る。
「おねえちゃん、できたよー!ごはん!」
「お待たせしてすいません、マツリ殿。いや、家事にはなかなか慣れないもんだなぁ、しっかり覚えないと」
「ゆっくりでいいですよ、ジヴァンさん。いつも苦労させているのは私たちなんですから」
「何言ってんだよ、ナウィル。お前たちが家にいてくれるから俺は頑張れるんだ………お前たちがいなかったら、俺はきっと飛脚なんてできやしない」
「ふふ。それは嘘ですよ。あなたはとっても、優しいですから」
耳の先の方まで赤くなったジヴァンさん。
完全な惚気なんだけど、まあたまには見ていてもいいものだよね。愛し合っているっていうことをこの目で見られるの、決して嫌な気分にはならないし。
昔はリア充爆発しろー!とか思っていたこともありましたが、この世界に来てこの身体になって、色々と経験してから幸福の形は人それぞれで、どれも得難く大切なものだから………尊び、守るべきものだっていう意識が芽生えてきたのです、はい。
簡単に言うと、みんな幸せならいいことだ、ってだけなんだけどね。
ハレアちゃんから器を受け取って、机に置く。トリスケルの紋様が浮き出ている手が若干の痛みを発した。
「いたいの?」
「ううん。大丈夫だよ、ハレアちゃん」
右手で頭を撫でると、目を細めてリラックスした様子を見せてくれた。
うーん、この手の痛みが引くのはしばらく先になるかなぁ。また悪化してしまった。
そのためにミーシェちゃんを仲間に引き入れたわけだから、とりあえずは何とかなるだろうけど。
というかそろそろ、盗賊団の方の準備も終わる頃なんだよね。計画自体が大掛かりなものだからこうして、他の依頼をこなす時間があったわけだけど。
「えへへ………んぅ?おねえちゃんは、いつまでいられるの?」
「ああ、うん。もうすぐに出ちゃうよ。次の依頼があるんだ」
「あら、そうなのですか?」
「そうなんですよ、はい。あ、でもちゃんと気を付けることリストとか書いていくんで大丈夫ですからね!」
一応依頼の内容は出産手伝いだけど、その後の事まで気を配ってこその魔法使いなのですよ。いや、それは実際関係なく、途中でほっぽり出してはおけないよね、知り合いになっちゃったんだからってだけの話。
ハレアちゃんもアルモちゃんも、可愛いんだもの。