旧き龍
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―――旧き龍。
あの絵本によれば、セカイにおいて尤も初めに生まれた存在。
「新しき龍というものは生物界の頂点に君臨する、最高の獣だ。長命にして大魔力を保持し、いざという時には進化の系譜を還すことすらできるもの」
「それにたいして、旧き龍というものは、生物と呼ぶには少々相応しくない存在です」
「セカイの権能の具現というかな……存在自体が魔法そのものに近いものだ」
なるほど。
進化の頂点が新しき龍なら、旧き龍というのは、どちらかというと生き物というよりは自然現象に近いのだろう。
神様のような感じかな?
「彼らに寿命などは存在せず、本来不定形であるがゆえに、殺すなどといったことは難しい。御伽噺の英雄が退治した龍のほとんどは新しき龍であって、旧き龍は御伽噺にすら登場しないほど古い存在だ」
「じゃあ、この絵本くらいしか伝承がないってことですか?」
「そうなるな。千夜の魔女関連でしか彼らの名は出てこない。もともと数が少ないのもあるが、おそらく人間とは違う次元に生きているのだろう」
「妖精さんたちと同じ場所ってことです?」
「いや、妖精とも違う場所だ。妖精はあくまで隣人……足を延ばせば征くことができるが、旧き龍の居場所にはこちらから干渉する術はない。全ては向こう側からだけさ」
次元が違う場所か……。
そんなレベルの存在を地上に引きずり出した千夜の魔女……やはり、規格外なんだなぁ。
そんなのに乗っ取られかけて命があったというのは本当に奇跡である。
「で、長老さんはそんな旧き龍……神様レベルの存在の一柱ってことですか」
「私もあったことはない。長老は旧き龍の中でも比較的人間と接することが多い存在だが、それでも今この街で姿を見せたのは、そこの双子ともう一人にだけだ」
「私たちは覚えていないがな」
「赤ん坊の記憶力に期待しないでください」
ですよねー。
というよりも、覚えていないということを狙ってやったような気もするが。
「ところで、なんで双子ちゃんはその長老様に会ったわけです?」
「双子ちゃん……」
「彼女らの出生に関わることだ。詳しくは私からは話せない」
結構重そうな話だ。
たしかに、本人以外から聞くような話ではないかな。
それはまた今度、二人から聞くことにしますかね。
「一部の高位の妖精などは旧き龍にも会うことができるようだが、そう言ったモノ共はあまり自分の移動範囲から出ようとはしないからな。古い存在はみな引きこもりがちになる」
「引きこもり……」
あれ、それで形容するのは正しいのだろうか……。
人間の引きこもりとは違うよね。
いや――そもそもだが。そんなに人と合わないような存在が俺なんぞとあってくれるのかな?
「というか、俺千夜の魔女に呪われているわけだよね?長老様があってくれるのかな……」
「―――まあ、プーカが連れて行けと言っていたのだし、問題はないだろう」
「プーカ様が?」
「人嫌いのはずだがな、あれは」
「マツリ君は別枠だ。ほら、ミールにはさっき言っただろう?」
「ああ、それか……」
すっと上を見上げるミーアちゃん。
はて、プーカさん……あ、あの俺が初めて会った妖精さんか。
馬の姿をしていたあの人ですね。
ヒト、と表わしていいのかはわからないけど、あまり人以外の存在となじみの無い俺には同じような扱いしかできない。
隣人だし、別にいいよね?ダメだったら治せばいいや。
「ちなみに、プーカさんってそんなに有名なの?」
「かなり古くから存在している妖精さ。うちの街の近くに存在しているプーカは特にな。私たち魔術師達からは通称”森の牡山羊”と呼ばれている。……まあ、あいつに姿の形容などなんの意味もなさないが」
「あー、変身してましたもんねぇ」
自分の姿どころか周囲までも。
自在に変身できるっていうのは、やはりかなり高位の力なのではないだろうか。
北欧神話なんかだと、ロキとかがいろんなものに変身してたけど、あのロキは神様なわけだし。
変身魔法は、魔法としても高位なものだ、などという話がネットに転がっていたことを思い出す。
日本があるあのセカイに、本当に魔法があるのかはさておき――少なくとも変身できる魔法っていうのはそれだけ大変そうだというイメージの現れではあるはず。
それを簡単にできるっていうのは、やっぱすごいということなんだろうね。
少なくとも俺にはできそうにない。
「人嫌いなの?プーカさんって」
「ああ。特に魔術師とな……。この街の魔術師と妖精たちは協定を結んでいるから争いはしないがね」
「街によっては争ったりするところもあるんですか……」
「基本魔術師と妖精は仲が悪い。私たちは魔術の材料に彼らを使ったりするものもいるからね」
「え……まさかシルラーズさんも……」
「いや、私の扱う魔術は、自然の石や宝石などが基本だな。それに、この街では妖精由来の触媒は、協定によって彼らが寄越してくれる。数は少ないがね」
それはよかった。
魔術師である以上は道具などを使用することも仕方のないことなのだろうけど……恩人が妖精さんを狩っているなんてなんとなく嫌だ。
俺の気分的なものだけどね。
「……む?おい学院長。お前の一級礼装は新しき龍だか高位の妖精だかの素材を使用していなかったか?」
「―――新しき龍だよ。それに、あれを作ったのはこの街に来る前のものだ」
「それも新しき龍……さん?にもらったものなんですか?」
「いえ、貰ったわけではなく、この人は新しき龍を殺して奪い取ったのです」
「―――えっ」
龍殺し……?
新しき龍は、聞いた限りとんでもない強さを持っているという印象だけど……。
「今の世において数少ない”龍殺しの英雄”。アストラル学院学院長、シルラーズはその一人です」
「お、おー……」
「昔のことだよ。もう十数年前のことさ。……あの頃は若かった」
「今もお若いですよ?」
「ははは、よく言われるよ」
実際シルラーズさんってかなり若い……若いよね?
言動や行動は別として。
その人が十数年前っていうと、それこそ少女と呼べるような年齢なのでは。
……その年齢で、生物界の頂点を倒した……?
魔法や魔術を教える学院の長という肩書に恥じない、とんでもない経歴でした。