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鋭い声のその意味は



「………まあ、それは祈るしかないか」


ちなみに臨月が近くになると手でお腹に触れて直接逆子をひっくり返す外回転術というものが行われることがあるけれど、あれは熟練の技術と専門的な知識、技能があって初めて成り立つ物なので、知識だけあっても経験のない俺にはできない。

というかお医者さんでも外回転術は危ないもので、急な破水に繋がったりするためそれを行う医療機関自体が少なかったりする。

あくまでも最終手段ってやつだね。


「あ、痛みが引きました………魔法ってすごいんですね」

「こんな事しかできませんけどね。全能じゃないのがちょっと悔しいです」


―――まあ、千夜の魔女の魔法ならば別として。

多くの魔女を喰らい世界を覆ったという千夜さんならば、その魔法は神々の領域、即ち全能にまで到達していたのかもしれない。仮にそうだったとしても自由にその権限を扱えるかは別だけれど。

全能の逆説とか、全知全能へのカウンターとなるパラドックスがありますからね。全知全能であればあるほどに、その権能は抑えられてしまうと思うんですよ。

千夜さんの肉体を持ってはいても本人ではない俺には結局、真実は分からないんだけど。


「食べられそうですか?ご飯は食べた方が良いので、なるべくは胃に収めてほしいですけど………」

「全然大丈夫ですよ。マツリさんのおかげで傷みも引きましたから………ちょっとさっきよりも上の方を蹴られている感覚ありますけど」

「あはは、それは触ってる俺の手にも伝わってます」


いや、うん。本当に元気がいいねぇ………いっそ困るくらいに。

男の子だったら大物になるだろう、女の子だったら―――お転婆娘になるだろうなぁ。

透視とかすればわかるんだけど、流石にね。依頼人とはいえお母さんであるナウィルさんも知らない子供の性別を勝手に知るのはだめでしょう。

俺の暮らしていた現代日本だとエコー検査とかですぐに分かるけど、それでも敢えて知らないでいようとする人も多いと聞いた。あ、その頃の俺はこんな体じゃなくてごくごく平凡な童貞男子高校生だったので当然人から聞いただけの話だからね?

水蓮はもしかしたら知っているかもしれないけれど、何度も言っているとおりそもそもあちらさんは視点というか存在が現世でのみ生きる普通の人とは違うので仕方がない。

人によって見えたり視えなかったりする彼らを常識の枠に収めるのは不可能だしね。ただの目ではなく、心の目とでもいうべきもので世界を認識しているのか、割とあちらさんはプーカを始めとして、精神は幼いピクシーたちに至るまで真理に近いところを見抜く。

それこそがあちらさんの目、”妖精の瞳”と呼ばれるものなのだ。

あちらさんが持っていれば普通の目だけど、人間が持つと魔眼の一種として扱われるんだよね、これ。ちなみになんだけど、半分人外である俺はデフォルトで”妖精の瞳”を持っているんだよね。人外部分が強力過ぎて魔眼って扱いじゃなくてただの目だけどね。うん、どうでもいいか。

水蓮もプーカもそうだけど、本来の姿が一応という形でしか存在していない仔たちはいろんな意味で無茶が効く。たいていそういうあちらさんは強力であることが多いためだ。近き隣人である魔法使いの俺としてはそんな無茶やら無理やらはしてほしくないけれどね。


「………光はまだ先だ。じっとしていろ」

「はい?何か言いましたか、スイレンさん?」

「いや。お前には何も」


水蓮の瞳が静かに煌いているのが見えた。

そっか。光、ね。確かに夢の中で一時見えるこの場所は、光に見えるかもしれないけれど。


「とりあえず!ご飯の続きしましょう!」

「しましょー?」


何が起こったのかをよく理解していなかったハレアちゃんの頭を撫でてからテーブルに戻る。疑問符を浮かべ首を傾げながらスプーンを咥えているハレアちゃん、可愛いなあ。

俺も同じようにスプーンを手に取って、ポークビーンズを口に運ぶ前に………片目を手で覆った。

視えた景色に対して淡く笑みを浮かべると、さて。今度こそご飯の続きを頂くとしましょう。







***






そんな訳で料理をした日から二日程度が経ちました。

うん、結構時間たってるよね。既におしるしも来ているため、時間的にもそろそろ出産の時間が迫ってきているとは思うんだけど。


「よし、洗濯物終わりっと」


今は基本的に家事の代行などを行っている。今までは幼い身体でありながらハレアちゃんが頑張っていたようだけど、今は俺達がいるからね。水蓮には基本的にナウィルさんの近くにいて貰っているけれど。最も大きな予兆は水蓮の方がよく察知してくれるはずだ。

ちなみに、ハレアちゃん一人だけだとやはり心配ということで、結局ナウィルさんも一緒になって家事をやっている状況になっていたようだ。ま、可愛い娘だもの、放ってはおけないよね。

その行動は仕方ないに決まっている。人間ならばおかしなことではないさ。


「おねえちゃん、ありがと!」

「どういたしましてだよ~」


もっぱらこの二日間の俺の行動って、家事を代行しつつナウィルさんと一緒に逆子体操して、あとハレアちゃんと遊ぶだけだったんですよね。

そのおかげか随分とハレアちゃんにも懐かれてしまった、嬉しいです。

………でも、まだ逆子は治っていない。日に数度は下腹部を蹴られることによる痛みが発生し、重いものには俺が痛みを軽減する魔法を使ったりしているほどだ。

背中に抱き着いているハレアちゃんをおんぶしながら、たたみ終わった洗濯物を持ち上げて家の中へと移動する。魔道具による水道設備が整っていても洗濯機があるわけでは無いからね。服を洗濯するときは昔ながらの桶で洗うスタイルだ。

水が床に染みては腐る恐れもあるので、もちろん外でやっているし、晴れていればそのまま物干し竿で乾燥させる。これは基本的にこの世界ではどこの家でも普通の行動だ。

俺も家だとそうしているからね。いやそりゃあ、下着とかはあの、中で干してますが………。


「終わりましたー」

「マツリさん、ありがとうございました………本当にすいません」

「何言っているんですか、妊婦さんの一番優先する仕事は子供を母子ともに無事に産むことなんですから、謝らなくていいんですよ」

「マツリ。お茶をお代わりだ」

「ふふふそこの水蓮くらい図々しくてもいいんですよ?」


一緒にいるうえに魔法で命を繋げているから、水蓮ともこの二日でさらに距離が近くなっているんだよねぇ。

何となく感情が流れ込んできたりしてしまうのだ。あまり兆候としてはよくないかもしれないけど………放っておけばこのまま記憶とかも流れ込んできてしまうから。

それは明らかな盗み見である。不可抗力とはいえ、いい気はされないだろう。多分。


「まあ、ハーブティーお代わりは分かったよ。ちょっとまっててね」

「ああ」

「うふふ、はい。ありがとうございます」


ハーブティーは煎じて飲むという形式から薬に近いので、逆子の治療には使えないけど体調の維持には役に立つ。

なので身体に害のない範囲で積極的に飲ませていたのである。もちろん妊娠中にとってはいけない禁忌作用のあるものは使っていないよ。魔法と違ってハーブティーにするとその辺りにも気を使わないといけないからちょっと大変だ。

薬缶でお湯を沸かし、ガラス製のティーポッドにハーブティーを。その光景をハレアちゃんが横で背伸びしながら見ていたので笑いかけると、その瞬間―――俺の鼻先を不思議な匂いが通り抜けた。

ああ、これは現実のものに由来する匂いではないな。どちらかと言えば魔力を嗅ぐときに近いものがある。


「―――マツリ!」

「うん、分かってる!!」


水蓮の鋭い声が俺を呼んだ。

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