料理が完成しましたー
鍋に持ったオリーブオイルを引き、熱する。
ある程度油の温度が上がったら、まずはニンニクを投入だ。油に香りをつける。
このカーヴィラの街は流通がしっかりとしているので砂糖も塩も、こういった香辛料も普通に手に入るのは嬉しいよね。普段からうちでも使っているけどね。
俺の世界の史実であれば、砂糖や香辛料が普通に手に入るようになるのは中世ヨーロッパの中でも後半の方だった筈だし、手に入ったとしても非常に高い。
イギリスの海軍将、フランシス・ドレイクが航海を終えて手に入れた大量の香辛料でイギリスの国庫を潤し、スペインの無敵艦隊を打ち破ったのはゲームでも登場した有名な話。まあ、要約すれば胡椒などは艦隊を建造できるほどのお金になるというわけだ。
「それを使い放題とは言わないけれど割と普通に料理に入れられるって、凄いよねぇ」
「んー?」
「なんでもないよ~」
この世界は魔法や魔術があるけれど、その分自然の力が強い。
香辛料を浸透させるのも難しかっただろうに、よく人の身でやるものだと思う。人間の力は偉大ってやつかなあ。
「じゃあ、ハレアちゃんが切ってくれたものを全部投入しようか」
「はーい!」
「包丁でこう、さぁっと持ち上げてね………」
「ん、んーー?」
食材を包丁と手で持ち上げようとするものの、大部分がまな板の上に取り残されてしまった。
「あらら、まだハレアちゃんは手が小さいから落ちちゃうね。じゃあ少しずつ入れていこうか」
「わかったー!」
返事と共に全ての食材を投入し終わると、ニンニクの香りを纏ったオリーブオイルと合わさった食材が空腹を誘う匂いを放つ。
ニンニクには強力な殺菌能力があり、それ故に古来から使われてきたハーブであったといわれている。
うん、実はニンニク………ガーリックはれっきとしたハーブなんですよ。匂い強いから敬遠している国なんかもあるけどね。
古いことわざに、”三月にニラを、五月にガーリックを食べるならばその年、医者は遊んで暮らせる”というものがあるけれど、それだけ身体に良い効能を齎すのである。
他にも魔術的な意味合いを多く持つハーブなんだけれど、まあその話はまた今度、どこかで使う時に。
「そういえばアレクサンドロス・デュマも”料理大辞典”でニンニクに言及してたなぁ」
小説家であり、美食家であった彼は生涯で二百五十を超える小説を執筆した人間だ。当時の売れっ子小説家としては当然のことともいえるが、戯曲も作っている。
確か「プロヴァンスの香りは芳しい」、だったかな。それ以降にも続くけれど余計な話が過ぎるだろう。
「なんかおやさい、きれいになってきた!」
「オイルが野菜と混ざって艶が出てるんだよ。うん、じゃあ次はお水とお豆、トマトを入れようか」
あと臭み取りのためのローリエね。
月桂樹の葉です。お肉やら野菜やらを料理するときの万能ハーブ。
水を入れて沸騰させ、潰しておいた(これは力がいるので俺が代わりにやった)トマトもいれる。ここまで来たらあとはもう少しだ。
強火で水分が少なくなるまで煮詰める。そして、少なくなってきたら弱火にして焦げないようにかき混ぜつつ、塩と胡椒で味を整えれば完成だ。
ハレアちゃんの台に乗って、小さい腕で頑張って鍋を混ぜている様子はとても可愛らしい。
一応後ろに立って転んだりしないように見ているけれど、そんな心配もなさそうだね。この年頃にしてはとても手際がいいし、注意力もあるから。
「うん、そのくらいかな。これで完成だよ、ハレアちゃん。お疲れ様」
「できたの?おっけー?」
「おっけーおっけー。ん~よくできました!!」
台からぽふっと飛び降りたハレアちゃんを抱きしめる。今しがた作り上げた料理の香りが一緒になって漂った。
あ、胸の中に思いっきり押し込んじゃったけど大丈夫かな………いや、なんか結構気持ちよさげに笑っているし問題なさそうだ。
それにしても、この年齢できちんと料理を作り終えられるのは凄いことだよね。俺なんて中学になるまで邪魔だからって台所へ入れさせてもらえなかったのに。
皿洗いはさせられたけどね!完全に便利道具扱いだよね!
「おさらもあらうねー」
「あらま、なんていい子………こほん。いいよ、それはお姉ちゃんがやっておくからね」
「ほんと?いいの?」
「うん。普段はハレアちゃんがやってるんでしょう?だったら、今日は俺がやるよ。その代りポークビーンズをお皿にもってくれるかな。火傷しないように気を付けてね」
「はーい!」
ああ、皿洗いを普段やってるっていうのはハレアちゃんの手を見れば何となくわかる。
ひび、あかぎれ………とまではいかないけれど、少し赤くなった指先は水に日常的に触れている証拠だ。ナウィルさんも同じようになっていたので、恐らく二人で一緒に洗い物をしているのだろう。
最近は多分、妊娠中なのでハレアちゃんがやってきたんだろうけど。
この世界には保湿クリームなんてものはまだ無い。化粧品なんかも、薬草を加工したりして作るものが多く、成分を抽出してクリームにして、なんてことは少ないのだ。
軟膏くらいならあるけどね。狭義の意味での軟膏だけど。
近代でクリームと呼ぶものは乳化剤を使った乳剤性基剤という類のものなので、古来からある軟膏とは全くの別物である。
「おかーさん!できたよー!」
「あらあら。ふふ、おいしそうな香りがこちらまで来ていましたよ、ハレア」
「ほんとー?」
「ええ。とっても良い香りです」
木製のスプーンを四つ取り出し、ハレアちゃんが持ったお皿の前に並べる。
そして洗い物をしながら密かに焜炉の火で焼いていたパンを回収すると、バターと一緒にしてお皿に置いた。
「ふん。まあ、十分だ」
「そう?ならよかった。栄養大事だからね、水蓮がそういうなら一安心」
「………勝手に全幅の信頼を置くな」
「え、だめかな?」
だって、君なら何が必要で何が駄目かわかるでしょう?
あちらさんが子を産んだということは、その知識を全て持っているわけだから。まあ俺も知識は所持しているけれど、やはり経験がね………足りないから………。
ちょっと、男性と交わるのは怖いのです、はい。いろんな意味でね。
「いただきまーす!」
「おっと、気が付いたらすでに食事が始まってた………頂きます」
「頂きますね」
「おい、話を。おい」
「水蓮、食べないの?」
「食べるが―――む。もしやこの家にいる人間、ほとんど間の抜けたものしかいないのか………?」
なにやら水蓮に失礼なことを言われている気がするけど、気にしなーい。というか段々、水蓮も辛辣になってきたよね、いうこと。
「ハレア、とってもおいしいですよ………よく作りましたね」
「えへへ~!」
視線を向ければ、ハレアちゃんの頭をナウィルさんが撫でていた。
その瞳は娘の成長を喜ぶような、少しだけ悲しいようなものだったけれど、確かに妹とか或いは娘が成長していく様は喜びと共に、苦みのある感覚も味わうものだ。
良き方向であっても、成長とは変化だから。親としてはちょっとだけ、寂しいだろう。
………その気持ちはハレアちゃんもすぐに感じるとは思うけれど。
一人だけの娘ではなくなった、自身で育っていかないといけないと理解する日が来る。それに気が付く時が、ある意味では成長と言えるんだから。
それでも、ナウィルさんならば変わらず愛を注いでくれる筈だ。ああ、あとは、まだ俺は知らない、ナウィルさんの旦那さんもね。
「………っ。い、たた………」
「っ!ナウィルさん、大丈夫ですか?!」
「は、はい―――ちょっと、蹴られただけみたいです」
急いで立ち上がり、下腹部を抑えているナウィルさんに寄り添う。
水蓮の方を見ると「まだ大丈夫だ」と返された。うん、そうだね………まだ大丈夫だとは俺も思う。
けど痛みはどうしようもない。多分ご飯食べたり体勢を動かしたりしたために、赤ちゃんがびっくりしてしまって動いたんだろうけど………。
「”お前は不死の葉 癒しの葉。戦士の涙を落としましょう”」
そう呪文を唱え、小さく息を吐いた。
魔法の香りが料理に混じって空気を漂い、痛みを和らげる………けれど、これは本当にすぐ出産になるかもしれないね。
逆子、治ればいいんだけど。