メニューはポークビーンズ
妊娠中には当然のことながら、食べてもいい食材と駄目な食材がある。
有名なものとしてはアルコールだね。これは胎児の成長に悪影響を与えるため当然選択不可だ。
俺も大好きな珈琲に含まれているカフェインなんかも摂り過ぎはよくない。許容量の中に納まっているなら問題はないけれどね。
あとは、意外なものとしてビタミンAなんかも取りすぎはよくなかったりする。栄養があるからって言ってレバーとかをたくさん食べるのはよくない。それ以外では、前も挙げた通りハーブティーのジャスミンなどは子宮収縮作用があるので飲んではいけない。
アロマなんかも駄目だ。俺が魔法で使うものは効果とかも全部調整できるので、効果を及ぼさない香りだけとかもできるけれど、普通は避けた方が良い。
「おにくー!」
「あはは、そうだね。お肉使おうか」
ハレアちゃんの話し方は年相応なので、ちょっとピクシーたちを思い出すなあ。彼らも子供の精神性なので。まああの子たちは年齢という概念自体当てはめにくいんだけど。
それはさておき、お肉お肉っと………うん。
「ぶたにく?」
「そうだよ、ハレアちゃん。見分けついて凄いね~………俺は偶に間違えマス………」
いや、ぱっと見で買い物籠に放り込んだりすると間違えるよね?間違える、よね………?
俺は豚さんも牛さんも鳥さんも関係なく食べれるから間違えて買っても何の問題もないんだけど。
ちなみにだけど、妊婦さんは食中毒が大敵だったりする。塩につけても、低温下で保存しても繁殖する菌もあるため免疫力が下がっている妊娠中はそもそもが食中毒を起こしやすくなるのだ。
食中毒が起こればもちろん赤ちゃんにも悪影響がある。しっかりと加熱処理をすれば菌は死滅するので、基本お肉も野菜も妊婦さんに出す時は火を中まで通すのが基本だね。
先程冷暗所で傷んでいるものを使いたくないって言ったのはこれが理由です。少しでもいいものを、ってやつだよ。
………さて、ではこれらを踏まえて作るはてさて、料理はどうしようか。んー、うん、決めた。
「こほん。まあ俺の話はいらなかったよね。じゃあ―――今日はポークビーンズを作ろうか」
「ぽーくびーんず!たまにたべるっ!でもつくりかたわかんないなぁ………」
「大丈夫だよ、一緒に作るからね」
そういいながら材料とまな板、そして買ったばかりのハレアちゃんの包丁を取り出す。
材料は市場で買ってきたミックスビーンズにさっき取り出した豚肉、セロリに玉ねぎ、ニンニクなどだ。
折角なので切ってもらうのはハレアちゃんにやってもらおうかな。もちろん見守るけどね、子供と一緒に料理するときは怪我しないようにきちんと傍にいて目を離さないのは鉄則ですから。
「でも、なんでぽーくびーんずなの?」
「んー?それはね、とっても栄養があるからだよ。身体に良いんだ、しかもちゃんと火を通すから安全だし」
豆類も身体に良いからね。じゃあ、料理を始めよう。
「ハレアちゃん、豚肉を食べやすい大きさに切ってくれるかな?」
「はーい!………よいしょ」
踏み台に乗り、台所のテーブルと自身の高さを合わせると包丁を握る。小さい手だけれど、しっかりと握られているね。
見た感じはそこまで危なっかしそうではない。
左手で豚肉をがっしり掴むと、包丁を振り下ろそうとする………あ、うんうん。ちょっと待って待って。
「左手はそうだとちょっと危ないかな。こう、丸めてね。あと包丁は振り下ろさなくても切れるよ、そう―――きちんと食材に当てて、優しく引くの」
「こ、こうー?」
「そう、そうだよ。ふふ、よくできました」
後ろからハレアちゃんの手に俺の手を添えて、使い方を教えていく。
密着している体制なんだけど、ハレアちゃんが踏み台に乗っているため目線が近くてちょっと不思議な感じだ。
「………んー?」
あれ、なんか視線を感じる………と思ったら、ハレアちゃんがぼおっと、ちょっとだけ顔を赤くしながら俺の顔を見ていた。
「あれ、どうしたの?」
「う、ううんー!ただ、おねえちゃんきれいだなぁって………おかあさんもきれいだけど、おねえちゃんはなんか、すごい………」
「………?」
すごいとは一体。
首を傾げて疑問に思っていると、頭をぶるぶるふって気を取り直したらしいハレアちゃんが言われた通りに食材を切っていた。
子供の吸収力は凄いなあ、一回言っただけですぐ覚えるんだもの。ハレアちゃん自身が頭いいっていうのもあるのかもしれないけどね。
「本当に、子供は宝物だね………さて。俺も他の道具を持ってこないと」
ポークビーンズなので鍋一つで足りるけど、オリーブオイルとか油類は必要なので。
そういうわけでハレアちゃんの手元を見ながら食器や鍋を用意する。
鍋を焜炉へ。
ひと指し指を立てて、爪の先に息を吹きかける。そのまま指をくるくると回し、もう一度息を吹きかけると指先にポッと火が灯った。
それを焜炉の下の薪に置くと、瞬く間に点火された。
この世界では俺の世界より一足も二足も速く焜炉が発明されているんだけれど、その形状はどちらかというと日本の竈に近いところがある。
土や魔術素材によって作られた土台の一番上に調理器具を置くための”受け”があり、その下、或いは側面に薪をくべ火を焚くための場所があるという感じ。ものによっては扉があったりするけど、それは高級品だ。
基本は火がそのままになっているので、燃えないように注意が必要である。まあ、構造的に火が調理側にせり出したりすることは少ないけどね。燃やし過ぎると話は別なんだけど。
この焜炉もないさらに昔ながらの家なんかは、暖炉があるだけだね。俺の世界の中世ヨーロッパ世界と同じく、暖炉の火を使って直火調理をしているのである。もちろんとってもやり難い。
いやあ、こう思うと焜炉っていうのは料理をするという点においてものすごい発明品だよね。ありがとう十八世紀の名も知らない発明者さん………あ、焜炉って実は日本語なんだよ。カタカナ表記されていることが多いから間違えるけど、正真正銘の日本語です、どうでもいい話でしたね。
「す、すごい!まじゅつ?」
「魔法だよ。まあ、あんまり変わらないけどね。ちょっとだけ生活を便利にするおまじないさ」
「わたしもやってみたいなあー!わたしにもできるかな?」
「………うーん。どうだろう………」
ハレアちゃんに魔術師や魔法使いとしての才があるのかどうかだよね。秘術が浸透しているこの世界においてはもちろん、魔力を自在に扱えた方が生活は便利になるんだけど、その代わり魔術師でも魔法使いでも関係なく、厄介ごとに巻き込まれる可能性も高くなる。
んー、視ようと思えば視えるんだけど―――さて。
「良いことばかりじゃないから、ちょっと躊躇しちゃうなあ」
俺自身も色々と巻き込まれることが多いからね。俺の場合は好きで巻き込まれてるんだけど。
「あ、おねえちゃんきれたよー!」
「ほんとだ。上手に切れたね、えらいえらい………ふふ」
頭を撫でるとくすぐったそうに目を細めるの、可愛いなあ。
微笑むと、塩と胡椒を取り出し、下味をつける。豚肉はフォークとかで穴をあけると味が染みやすく、火も通りやすいのでお勧め。まあ、有名な裏技だけどね、裏技なのに有名ってちょっと不思議だけどね。
「じゃあここからは火を使おうからね。火傷しないように気を付けてね?」
「はーい、おねえちゃん!」
元気のいい返事に頷くと、オリーブオイルを手に取った。こうして、少しずつ料理を覚えていけばいずれは自分で料理を考え始めていくだろう。
幼い頃の経験はどんなものであれ成長した後に影響を与え、そしてそれは糧になるものが多い。
些細なことであったとしても、その助けになれれば嬉しいから、ね。