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ハレアちゃんとお買い物!


***





「ということで水蓮にナウィルさんを任せて買い物に来ましたー」

「きましたー!」


ウィローの呪いはまだ効いたままだけれど、俺も少しは体調が戻ってきているからね。少し離れた市場に行く程度であればちょっと心臓が痛む程度で済む。

それは全然ちょっとではないだろ、というツッコミが来そうだけれどそれはともかくとして、これから色々と入用だからね。

呪いのせいで体調が悪いからといって、買い物をまだ幼いハレアちゃん一人に任せるわけにはいかない。しかしナウィルさん加えてハレアちゃんも水蓮と一緒にいてもらうというのも少し、あの仔にとって酷だろう。

なので俺が連れてきました、はい。元気よく荷物を持ってくれるので正直に言えば助かるけどね!


「おかいもの~!えへへ、ひさしぶり~!」

「そうなの?最近は買い物してないんだ?」

「おかあさんがひとりでしちゃうのー。まもってあげられないからって」

「………そっか」


確かに妊婦の状態ともなれば、なにか突発的な危険事態が起きても急に体を動かすことはできないだろう。

母としては確かにその判断は適格だけれど、でも妊婦さんとしてはあまり推奨できないなあ。実際問題としては何かある危険性が高いのはナウィルさんの方だし。

いや、他に人がいないので仕方のない部分はあるけどさ。だからこそ俺たちが来たわけだし。

中世世界において常に親戚一同の力が借りられるわけでは無い。相当豊かな街でもなければ、当人の問題は当人が解決するものである。

少なくとも、魔法使いに助けを求めるということは親戚の力は残念ながら借りれなかった、或いは戦力にはならなかったという証拠である。解決できる事案なら俺のところまで来ないからね、まあ薬を求めてとかなら別として。

魔法が身近にある世界と言っても、万人が魔法を常に求めるわけでは無いから。


「んー。お父さんってどんな人なのかな。カッコイイ?」

「かっこいいよ!あとね、すっごくまじめー!」

「そっかー、真面目かー。まあ飛脚やるくらいだもんなあ」


前も言ったけれど飛脚はこの世界の重要な職業でありながら、とても危険の多い職業でもある。

賃金も安いため、必要な職であるというのにやりたがる人は少ない。それでも、誰かのためにと自分の危険を承知で飛脚を続ける人が真面目でないわけがない。

というか、かっこいいかー。娘さんにそんな風に言い切ってもらえるなんてすごいなあ。

袋の中の林檎を一つ取り出して、ハレアちゃんにお駄賃代わりにあげる。大きくお礼を言いながら口を大きく開いて齧り付く様に思わず笑顔を浮かべると、少しだけ遠くに視線を向けた。


「間に合うかな。………間に合ってほしいな」

「なにがー?」

「ううん。なんでもないよ―――さて、ハレアちゃんはいい子だからお姉さんが良い物を買って上げよう!髪飾りなんてどう?お父さんが帰ってきたときにきっと褒めてくれるよ」

「えー、ほんと?でも………おかあさんに、あげてほしいなあ。いつもわたしばっかりおようふくとかかってくれるの。でも、おかあさんはずっと、いとでなおしてるの………」

「………大切に、思われてるんだね」


ああ、本当に。

ナウィルさんが言った、可愛い娘だという言葉は本当に真実で、彼女は行動でそれを表わしていた。

家族のつながりには、本質的なものとして血縁関係なんていらないのだ。当人同士が家族だと確信さえしていれば、それは家族足りえる。

しゃがんでハレアちゃんに目線を合わせて、頬に両手を当てた。


「もちろんおかあさんにもプレゼントするよ。出産ってすっごく痛いんだ、だから頑張ったね、凄いねって―――終わった後に、プレゼントする。安心して」

「ほんと?!」

「もちろん。魔法使いは基本的に嘘をつかないんだよ」


あ、うん。誤魔化すことはありますけど、それはここでは余計な話でした。


「だからね、いいんだよ。これからはあんまり欲しがるってこと自体が出来なくなるから。その前に、俺からハレアちゃんにプレゼント。………何が欲しい?」

「うー?」


自分より下の子が出来るということは、長女として生きなければならないということである。まあ、もちろん駄々をこねたりするのは難しくなる。

それだけじゃない、子は宝であり、そして脆い物―――歳が小さければ小さいほどに、死神にさらわれる可能性は高いのだ。

だから、親は下の子に意識を強く向ける。それはこの世界に生きる人間として仕方のないことなのである。

でも取り残された子供がそれに”嫌だ”という感情を持つのもまた、どうしようもないことなのだ。子は親からの愛を欲しがる。一人だけならその愛もすべて享受できるけれど、子が増えればその愛は分散する。分散するように見える。

実際等しく愛しているつもりでも、人の感情が介する限り差は生まれる。

長女となれば、むしろ愛を与える側に、弟なり妹を見守る側になるだろう。それはきっと、我慢の連続だ。

それでも、俺は君に耐えてほしい。そして大切なお母さんを、ナウィルさんを支えてほしい。これは、そのせめてもの支えになればという、そういう打算込みの贈り物なのだ。


「よくわかんないけど、そーだねー………わたし、ほうちょうがほしい!」

「え、包丁?髪飾りとかじゃなくて?服とかなんなら宝石とかでもいいんだよ?」


ものすごくお金に余裕があるわけじゃないけれど、心の支えになるのであればそういったものでも買ってみせるつもりだったんだけど、あれ、包丁?なんで?


「えっとねー、わたしもほうちょうあれば、おかあさんにりょうりつくってあげられるから!おかあさんのりょうりはおいしいけど、たいへんなときはわたしがかわりにつくってあげたいの」

「それで、包丁、を?」

「うん!うまれてくるいもうとにも、ごはんつくってあげられるし!」

「そっか。妹ちゃんにも………そっかぁ」


ハレアちゃんが妹と言い切ったことはとりあえず置いておく。この年頃の子にはなんとなくで事実を察知する、虫の知らせのような感覚があるから恐らくそれだとは思うけれど。

包丁、誰かのために料理を作るための道具を欲しがったハレアちゃん。

そうか、君にはそんな支えなんて要らなかったんだね。君は、当たり前のようにお母さんのことを大事にして、生まれてくる子を見守るつもりなんだね。


「偉いね、偉いよハレアちゃん。そして、とってもすごいよ………!」

「なにがー?あ、えへへ!くすぐったいよおねえちゃんっ!」


頬の手をそのまま背に回し、抱きしめる。

ナウィルさんのために、一人で遠くにある俺の家まで来たこの子に、今更勿体ぶった証なんていらなかったのだ。

既にもう、ハレアちゃんはお姉ちゃんをしていたから。


「いい包丁買って上げるね。料理も教えてあげる―――俺はこのあたりじゃああんまり知られてない料理とかも知ってるんだ。きっとお母さんに食べさせてあげたら喜ぶよ」

「わぁい、ありがと、おねえちゃん!」


袋を片手に持って、空いた手でハレアちゃんの右手を握る。

この子ならきっと大丈夫だ。ナウィルさんをきちんと助けてくれる。こんなにいい子に育ったのは、ナウィルさんの育て方が良かったのか、或いは俺は知らない飛脚のお父さんの人柄ゆえか。

どうであれ、生まれてくる命を大切にしてくれるだろう。

………さてと。じゃあいい金物屋さんを見つけないとね。長い間使える包丁と、整備のための道具を買わないと。

手を繋いで、俺たちは市場を巡る。遠い空には、随分と小さくなって見える煙の蝶が揺らめいていた。


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