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妊婦さんに会いに行きました



***






ということでいったん家に帰ってお金やらお薬やらを取りに行きつつ、二人で蝶を追って依頼主の元へと向かう。

思考を読んでそれを文字として伝える魔法なので、俺はまだ依頼主がどんな人なのかとかわからないんだけどね。


「ここかー」

「入るぞ」

「待って待って、一応ノックしないと」


俺が魔法使いであることは頭の上にのっている帽子を見ればわかるだろうけれど、一応訪ね人としてノックは必要だよね。

そんなことを思い木製の古い扉を三回叩く。

街の外れの方だ、駅からは遠いけれどね。印象としては貧民街に近いかもしれない。

まあこのカーヴィラの街は割と街単位で潤っている方だと聞いている。それはあちらさん由来の素材が手に入る街だからであり、魔法や魔術の研究や教育が盛んだからであり、そしてアストラル学院へと入学してくる魔術師の家系や王侯貴族による資金援助があるからだという。

なので普通に西洋と調べて出てくるような貧民街よりはずっとしっかりした街並みだ。そもそも浮浪者とかいないしね、この街。

とはいえ貧富の差は街である以上存在しているけれど。


「お邪魔しまーす」

「おかあさーん、おきゃくさん!」

「………はいはい、今行きますね」


床が小さく軋む音。

扉がゆっくりと開かれ、大きなお腹をした女性とそれを支えるような形で寄り添っている小さな少女が目の前に現れた。


「あっ、ちょ!と、とりあえず座ってください」

「あはは、まだ大丈夫ですよ。いえ、多分………大丈夫だと思います」


言葉を繋げる度に首も傾いでいく女性をとりあえず元の椅子へとゆっくり支えながら戻すと、少し前に立って挨拶をする。


「ふう………依頼を受けてきました、魔法使いのマツリです」

「まあ。ふふ、ハレアが街外れの魔法使いの家に行ってきたと言っていましたが、あなたがそうなのですねえ………えっと、ものすごく若く見えますがおいくつでしょうか?」

「じゅう………あ、いやもう年齢に意味ないんだった」


元の身体の年齢をこの身体でいったところで意味がないだろう。精神的な年齢というのは肉体と同一のものではないし、自信をもって大人ですなんて言えるわけがない。

とりあえず、この世界では成人しているのでそういっておこう。そう、俺はもうお酒も飲める年齢!元の世界だと違法だけどね、皆ルールは守ろうね!


「細かい年齢は分からないんですが、とりあえず成人はしてます。知識だけはあるのでお役に立てることもあると思います」

「それは助かります………私も出産は初めてなので。―――と、自己紹介を忘れていましたね。私はナウィルといいます。よろしくお願いいたします、魔法使いのマツリ様」

「いや、様なんていらないですから!」


………と。あれ、出産は初めて?

思わず隣でナウィルさんの大きなお腹に片耳を当てている女の子、ハレアちゃんに目が向いてしまった。

確かにこの娘はお母さんと呼んでいたはずだ、娘であるのは確実だろう。


「ハレアは夫の連れ子なんです。血は繋がってないのですが………でも、私の可愛い娘です。ねぇ、ハレア」

「うー、なにがー?」

「そう、でしたか。ちなみにお父さんはどちらに?」

「遠くの街にいます。職業が飛脚なので」


ナウィルさんの視線が、家の中にある古びた槍へと向かう。

槍は飛脚の最も大きなイメージの一つでもある。後は箱だけれど、このお家の場合は国王や大都市からの伝令を箱に入れて伝令する箱飛脚ではなく、民間の人からの手紙や荷物を送り届ける人であるらしい。

槍の隣の、同じく古びたチュニックに描かれてる文様がこの街の紋章ではないのが理由の一つ。中世の情報網を構築する職業である飛脚は、古来から郵便にその役割が取って代わられるまで存在し続けていたのだが、この世界でもそれは同様らしい。

既に大規模な街には鉄道が作られているこの世界だけれど、辺境の街や森の奥にあるような村にはやはり飛脚が必要なのだ。

ちなみに飛脚の大きなイメージとして槍があげられるのは彼らが常に危険と隣り合わせの職業であった事に由来する。重要な伝令やお金、或いは荷物を運ぶ飛脚は今この街でも話題になっている盗賊などにしょっちゅう狙われていたのである。

その癖に賃金は騎士などに比べれば安いんだから困ったものだよね。

………でも、そうか。飛脚をやっているとなれば子供が生まれるからといってすぐに戻ってくることは出来ないね。

なまじ鉄道があるからこそ、行くときにはものすごい遠くの街にまで行けてしまうのだ。携帯電話なんてない以上、出産が近いと分かったところで帰ってくるよう促すことも出来ない。

お金のある人間ならば魔法使いや魔術師に手紙を運ぶことをお願いしたりは出来るだろう。でもそれが出来るのは極々限られた人だけ、そして魔法も魔術も全能ではないので見ず知らずの人のために全力を尽くすものも限られるし、そもそもが知らない人間を探すことは難しすぎる。

千里眼を持っていても、砂漠に落ちた一粒のダイヤを探すのは骨が折れるだろう?

第一、連絡が出来たところで戻ってくるまでにも時間が掛かる―――いや、妖精の通り道を使えば話は別だけど。


「えへへ、おとうとかな、いもうとかな?」

「さあ、生まれてみないと分からないですが、でもハレアはお姉ちゃんになるのは決まっていますからね。ふふ、頑張りましょうね?」

「うん!おせわもちゃんとするよ!」

「………いい子ですね」

「ええ、とっても」


年齢は五歳くらいだろうか。身軽な格好をした金色の髪の少女は、やや黒みを帯びた髪色をしているナウィルさんに微笑みかける。

それを愛おしそうに撫でる母の顔を浮かべたナウィルさん。………ちらりと、背後の水蓮に目を向けた。

無表情に近い水蓮は、だけど。

ちょっとだけ懐かしそうで、そしてちょっとだけ悲しそうだった。


「ところで、そちらの女性は………?」

「ああ、そうだった」


すっかりと紹介するのを忘れていた。本人からは絶対にしゃべらないだろうし、俺が紹介してあげないとね。


「この仔は水蓮です。えっと、そうだなー………うん。助っ人です、俺は出産経験自体はないので、あるこの仔にも来て貰ったんです」


来てもらうもなにも、一緒にいないと死ぬんだけどね、特に俺が。まあそれはともかくとして、実際助っ人としても頼りにしているんだけど。

というか本当に嫌なら不可視化しているだろうし、助けてくれる気はあるんだよね、水蓮。意地を張ってつんつんしてるけどね、可愛いなあ。

と、それは置いといてちょっと気になったことがあるのでナウィルさんの隣にちょこんと座ってるハレアちゃんに声をかける。


「というかハレアちゃん、君もしかして一人であんな外れまで来たの?」

「うん!がんばったの!」

「………そうかあ、すごいねぇ。でもあれだよ、危ないからあんまり一人で出歩いちゃだめだよ?」

「えー?」


うーん、頭を揺らしているあたり何が危険なのかわかってなさそうだ。

子供は勇敢だから、危ないとか割と考えないで行動しちゃうんだよね。それがいい結果につながることももちろんあるけれど。

でも子供は宝物だから、なるべくは安全に生きていってほしいと思うのです。なのでハレアちゃんの頭に手を置いて、撫でながら優しく言葉をかける。


「お母さんにあんまり心配かけちゃダメだよ。それでね、一人で出かけちゃうと心配かけちゃうんだ。だから、ね?ハレアちゃんは一人で俺の家まで来れるくらいすごい子なんだから、わかるもんね?」

「―――うん!」


元気のいい返事だ。うん、この娘はとても頭がいい。

五歳なのに一人で行動できるだけの意志もある。きっと美人に、そしていいお姉さんになるね。

いい子いい子とひとしきり撫でで暖かな髪の感触を俺も俺で堪能すると、背中に背負っていた鞄を床に降ろした。ほら、きちんとお仕事もしないとね。

そしてナウィルさんに一言断ってからお腹に触れる。

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