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火急の依頼





***




と、そんな地獄の女の子っぽい買い物から一日経ったわけですが、水蓮と一緒に準備が終わる数日間の間をゆったり過ごそうとしていると、ひらひらと一匹、煙霧の蝶が俺の元へと降り立った。

淡い翠の燐光を発するそれを指先に止まらせ、息を吹きかけるとそれは空中にて文字へと変じた。


「………それは?」

「ん。んー、俺の家に火急の用事があった場合にそれを伝えてくれる魔法なんだけど………」


どうしても俺の力が必要になった時、俺がここにいるということを知らない場合はどうしようもなくなってしまう。

普通の人は妖精の森に入ることは難しいからね。いや、入れるけれどロクなことにならないという意味で。

あちらさんの領域であるここは不可思議なこともよく発生する。もともと存在する魔力が多ければ不思議現象は割と理由なく発生するものだし。

というわけで、何かあった場合にはこうして俺の元までその用事を伝えてくれるようにあらかじめ魔法をセットしておいたのだ。

もちろん普段はやらないよ。オオカミ少年じゃないけれど、常に火急の用事だと言われて小さな雑用にまで手を回していては本当に必要な時に手を貸せないかもしれないから、どうしてもという時以外はこの魔法は使わない。

あと、この魔法はプライバシー的な問題もありますし。なにせ自動的に思考を読み取ってしまう魔法だからね。


「困ったなあ」


宙に浮かんだ煙の文字を見上げながら少し首を傾ぐ。帽子も一緒にずれたので戻しつつ、文字を指先で払いのけた。


「なんだ。依頼とか言っていたが」

「俺は普段は魔法使いとして悩みを聞いたり依頼を受けて必要なものを作ったりとかしてるんだ。その関係なんだけどねー」

「お前が人の願いを聞き届けるのか。奇特だな、人外のものであるお前が人と寄り添うのは歪なことだ」

「………そうかなあ。少なくとも君と出会えたのは依頼を受けたからだよ」


でも歪と思うのはそれはそれで一つの意見だ。実際その通りだとは思うし。

魔法使いとしても歪な俺が人を助けるのはより歪なこと。うん、でもまあ………人を助けるあちらさんだっているのだ、だから半分だけしか人間じゃない俺が人を助けてもいい筈だよね。

ま、同じくらい人を嫌うあちらさんもいるけどねぇ!


「で、内容はなんだ」

「えっとね………うん」


一旦言葉を切って、水蓮に目線を向ける。


「お産の手伝い、だそうだよ」


水蓮の視線が一瞬揺らぐ。意味はもちろん通じているのだろう。

なにせ、君も一度は経験があるのだから。

………出産。子を産むという生命の神秘。形態こそ違えど同じ生命の一つであるあちらさんももちろん、出産という形態で子を産むことは多い。

アハ・イシカである水蓮は水棲馬という姿を取ることが多い。つまり、馬だ。哺乳類である馬の形をしている以上は、子を産むときは俺たちの知るような出産方法を取るのである。

形というのは思う以上に大事な要素だ。あちらさんであっても、或いは怪異であっても姿かたちに生態すら寄せられることが多い。

例えば、人に害をなす怪異の多くは毒虫や害虫の姿を取って現れることも多い。無意識に人間の嫌うものに己の存在を寄せているのだ。そうすることで存在を確立させているわけである。

少し話が飛んでしまったか。まあ、そういうわけで水蓮もまた己自身でやったことのある出産………その手伝いを頼まれたということである。

元々魔法使いや魔術師、俺の世界だと魔女も含めたものは古来より”賢い女”と呼ばれ人々を助けていた。どこかで話したよね、これ。

まあそれはともかく、その”賢い女”達はその知識量からお産なども助けていたのだ。

………もっとも、それ故に魔法使いたち、もっと言えば産婆は魔女と扱われてその多くが魔女狩りで被害にあったんだけどね。

曰く、出産の痛みは人間が原初の頃、神に逆らって知恵の実を食べたが故の罰だという。

出産時に痛むのは神が人間に対して行うことにほかならず、苦しまなければ子を産んではいけない―――そんな話が創世記にて語られているのだ。しかし、産婆とは出産の痛みを和らげ、子と親を無事に生きながらえさせるのが使命。

その行為は残念ながら十字教からすれば神への反逆ととられ、産婆は魔女と罵られる。

さらに言えば、死産になればその責任は全て産婆のものになり、悪魔に捧げるために子をわざと殺したと罪を着せられるわけだ。

元々の知識として、薬草には出産を助けるものと堕胎を行うものの二種類があり、産婆は双方の知識に長けていることが多い。濡れ衣そのものであるけれど、知っているだけで罪とされてしまってはどうしようもない。

あ、うん。さらに話が飛んでどこかに行ってしまったね。


「もうおしるし(・・・・)も始まっているそうだ。流石に放ってはおけないから俺は行くけれど………水連は?」


おしるしとは、あれだ。

えっと、女性のおりもの………分泌物。身体を守るための大事なものなのだけれど、出産が近いとそれは血液が混ざるようになる。それがおしるしと呼ばれるのである。

もっと細かく言えば子供を包む卵膜が剥がれてその際に出血したものが混ざる、という原理なんだけどそれはどうでもいいね。問題はこれが発生したということはもうすぐに陣痛が始まる可能性があるということだ。

もしかしたら順番が前後して破水するかもしれない。陣痛前に破水してしまう前期破水は割と珍しい物じゃないからね。でもそれは子供にとってかなりの危険になる。

胎内を満たす用水が無くなると胎児が細菌感染を起こすことがあるとか。

まあ、これらは殆どが魔女の知識によるものなんだけどね。うん、いや、俺は男ですので出産とかについては生来あまり知らないのですよ、はい。


「お前が行くならば私も行かなければならないだろう。呪いを忘れたか」

「あ。あはは、だよねー………」


忘れては、いませんよ?ええ、本当です、ええ。

ジト目を向けてくる水蓮からそっと眼を逸らしつつ、杖と薬草籠を取り出す。

別に十字教を否定する気はないけれど、出産のときの痛みは男には想像のできない痛みだという。それをそのまま与えるというのは流石に気が引けるからね、緩和するための薬草を集めてから出ることにしよう。

というか痛みを和らげさせる目的も込みで俺を呼んだはずなので、当然そうしないと。

なお、出産に関してだけれど、俺は今は女なのでその痛みも感じようと思えば感じられるんだけどね、でも予定はないのである。

というか考えたくないです。だって、子供を産むっていうことはあれですよね、その。あれしてますよね?流石にその勇気はないなぁ。


「さて、こんなところかなぁ」


要らないことを考えつつ、必要な薬草を集め終える。

お産の時に重要なのは基本的には香りだ。心身ともにリラックスさせるためのアロマセラピーが最も使われる。

場合によってはオイルにして身体に塗ったりもするけど、今の時代にはそれは難しいかな。お手軽に購入するという選択肢をとることができないから。

かといって自作するとなれば、材料の調達が今からだと間に合わないのだ。


「これも持っていけ」

「ん、茉莉花(ジャスミン)?」

「陣痛が弱い場合は役に立つ」


なるほど。普段は子宮収縮作用があるため妊娠時期には流産の原因になるとして禁忌扱いを受ける茉莉花だけど、出産時には使われるのか。

押し出す力を高めるため、だね。元々陣痛というもの自体が、赤ん坊を体外へ押し出すための子宮の筋肉の収縮運動だ。それが弱いということはそのまま出産の難しさへとつながってくる。

ちなみにゼラニウムも茉莉花と同じく妊娠期には禁忌扱いを受けるけど、分娩時にはそれを促進させ、痛みを緩和する作用がある。もちろん既に摘んであるけれどね。


「急げ。母親の容体はいつ変わるかわからない」

「―――うん。分かった」


流石、お母さんがいると心強いなあ。いくら魔女の知識があっても俺は処女ですし、童貞ですし。種が違えど経験のある人がいるというのはとても助かる。

………さ、じゃあ助けに行こう。

水蓮の言う通り、なるべく長く一緒にいることが大事なのだから。


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