下着選び中の個室内
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「こ、これはちょっと………派手では?!」
「貴女の下着が地味すぎるのよ!」
と、攻防を繰り広げているのは街中にあるランジェリーショップでのこと。
俺の下着が地味といっても、普通の範疇に在るものであり別に変と呼べるレベルではない筈だ。うん、だって俺が選んだわけじゃなくてミーアちゃんに貰ったものだし。
それは確かになるべく普通のものにしてね?とは言ったけど。
ランジェリーショップの個室内で。下着だけになった自分の姿を見下ろす。よくよく考えたら胸のせいでパンツは見えないから鏡を見てそっちも見る―――真っ白で飾り気のない下着。うん、成程。
………前言撤回、というわけではないけれど地味といえば、うん。地味かなぁ?
「でもさ!だからといってそれはだめでしょ!完全にその………夜伽用だよねぇ?!」
「形の強制作用もあるわよ?」
「大事なところ丸見えだよ!無駄なフリル多いし!」
あと試着室狭いので密着されると色々と困るんだけど?
女性の身体は男性の物よりも薄いとはいえ、俺の場合は無駄に大きな二箇所があるので実はあまり変わらないし。あ、一番出っ張っている部分同士を合わせた場合の長さだからね?
流石に安産体型な俺でもウエストとかは細いよ。悲しいかな女の子の身体なので………。
「確かに無駄な装飾があるのは邪魔だ。それさえなければいいと思うが」
「ならあんたはもうトップレスブラでいいじゃない」
「そもそも着けなくていい。要らん」
「冗談よ。そんな飾り気のないもの私が許すわけないじゃないの」
三人の声が反響する。いやだから狭いって。三人でこんな小さな試着室の個室に入るのは無理でしょ?
「あんたはこれ。黒レースの下着よ」
「あ。………いいんじゃないかな、それ。水蓮によく似合ってるよ?」
「いや、いらないと」
「買ってあげるねー!よーしそれじゃあ行こうか―――」
「貴女の下着がまだでしょ?」
「………ハーイ」
く、どさくさに紛れて逃げようとしたのに!あ、水蓮に黒レースの下着が似合っていたのは本当だよ。
俺よりも背が高く髪も真っ直ぐな水蓮は大人っぽさを感じさせる服装がとても似合う。
身に纏うその下着は形の良い胸をしっかりと包み込み、谷間をより強調させているので出来る女性、今風にいえばOLさんのような感じを出しているわけなのである。
うん、素直にいえば滅茶苦茶えっちだよ?社会人のえっちさを感じさせるよ?長時間直視はできないですね、はい。
「うーん。でも正直なかなかいいものがないのよねぇ。それこそ、この下着くらいしか貴女に合うものが見当たらないわ。このあたりで一番大きなお店なのに」
「そう、なの?」
「………本当に女の子なの?貴女」
「いや、ははは。はは………」
本当は男ですよ、ええ。最近忘れがちだけどね!
「というか胸が大きすぎるのよ。流石にそれだけ大きいと困るわ」
「大きいと困る………って、なんでかな?」
「知らないようだから教えてあげるけど、大きな胸に似合うブラっていうのはなかなかないのよ。そもそもサイズが大きければ大きくなるほどデザイン性が損なわれていくものよ」
「え。へ、へぇ、そうなんだ………」
確かにこの試着室の中に入る前にいろんな下着が並んでいたけど、どれこれもデザイン性に富んだものは精々カップでいえばDかあってもEカップまでだった。
それに対して俺の胸の大きさは………うん。詳しくは明言しないけどその辺りの下着じゃどうしようもないレベルだ。
ブラのカップ数が増えるとブラ自体が大きくなるのは当然で、結果として布地面積が増えてしまうらしい。そうするとデザイン性に凝ることはどうにも難しいとかなんとか。
カップ数が違ってくると止めるためのフックの数すら変わってくるのがブラというものなのである。受け売りだけどね、元男の俺にそんな詳しい情報はないよ。いや嘘だ、知識さんこと”魔女の知識”を開けば情報は手に入る。
しないけどね、勿体ないし!
「こうなるともうオーダーメイドしか………」
「オーダーメイド!?いやいやそれいくらかかるの!流石にそんなに余裕ないよ!」
「そうよね、魔法使いじゃそこまで金銭的余裕があるわけないわよね」
「あ、うん。まあね………」
他の魔法使いがどうかはともかくとして、確かに俺はあんまりお金に余裕はない。
シルラーズさんから無理やり渡されたり依頼を受けてお金を貰ったりはしているけれど、それだって法外な金額を貰うわけじゃないし、他の依頼の準備のために材料を買い足したり、家の手入れをするために使ったりしていればすぐになくなってしまうものだ。
別に俺が無駄遣いしているわけじゃないんだよ、本当だよ?確かに嗜好品として珈琲関係の道具が欲しいとは思っているけれど。
「―――あ~もうむかつくわこの胸!何なの横の大きさ、牛なの?!馬鹿なの?!この雌牛!そのうち乳でも出るんじゃないでしょうね?!」
「急な暴言?!いや、でないよ俺、その………まだ経験ないし」
いや想像も出来ませんけどね!
半眼でどうでも良さそうに眺める水蓮の視線にさらされながらそんなことを考えていると、ミーシェちゃんの手が腰のあたりににょきッと伸びてきた。
そしてそのまま………なんとも器用に、ブラをするりと脱がしたってええええええ!!???
「なに、な、なに?!」
女性の身体になって反射的に植え付けられた仕草なのか、思わず胸に手をやって大事な部分が見えてしまわないように隠す。
でも大きすぎて先端しか隠せないねこれ!くそう、なんなんだよぉ………。
「あら、綺麗な胸してるじゃない。ぷっくり膨れた先端も薄いピンク色で―――」
「ああああ!!!だめ、言わないで、口を閉じて!」
「良いじゃないの、女性同士なんだし」
「そういう問題じゃないのー!!」
というか服を脱がすって、脱がすって何!?駄目でしょそんなことしちゃ!
狭い中で暴れまわりながらミーシェちゃんの前から逃走して後ろにいた水蓮の背に隠れる。胸が水蓮の背中に当たって潰れるのが鏡に映っていたけど、当然慌てていた俺はそんなことに気が付かなかった。
「………へぇ。うふふふ、良いわそういう表情―――大好き」
「うわぁまさかのサディストだった!?」
俺の周りに俺を弄るのが好きな人が多すぎる気がするんだけど?
「私を盾にするな」
「ごめん少しだけ我慢して」
「マツリ、良いからこれ着てみなさいよ―――きっと似合うわふふ」
「不気味に笑わないでよ怖いから………」
このタイミングで実は初めてミーシェちゃんは俺のことをマツリって名前で呼んだんだけど、それに意識を向ける時間もないなあこれ。
薄い紫色のレースの下着。大事な部分は開いていてあまり下着としての機能はなさそう。いや、この時代の代表的な下着はそもそも下腹部に至っては何もついてない形状なんだっけ、いつかシルラーズさんの屋敷でそんなことを考えていた記憶がある。
だとしても、俺がそれを着られるかかといえば答えはノー、断じてノーなのだ!無理無理、完全に痴女じゃん!ただでさえ胸とかお尻の大きさで変な目で見られるっていうのに!
………あれ、結構つらいんだよ。基は男なのに女性としてそこまであけすけな視線は少ないけど異性としての目を向けられるのって。
嫌悪というよりは困る、って感じの厄介さなのだ。だからといってあまり完全に見えないように魔法をかければ双方にとって危ないし、秘術使いにはむしろ目立つから諦める、というか気にしないようにはしているんだけど。
それだって露骨にそういう目で見られれば気にしないことも出来なくなるに決まっているのである。
TSした後のちょっとした困りごとだよ、まったく。