シキュラーの旧魔術師宅
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「ふむ。ようやく到着したか。長旅だったな」
「VIP席に悠々と座っていて何を言うか」
「仕方ないだろう、行くと言ったら勝手に用意されてしまったのだから。用意されたものを使わないわけにはいかないだろう?ほら、彼らの面子的にもな」
「本音は」
「実にいい旅だった。たまには仕事を忘れるのもいいな」
お前の場合たまにではないだろうが。仕事の速度が速いため誰からも突っ込まれることはないが、割とこのシルラーズという学院長は仕事をほっぽり出して出かけたりすることも多い。
優秀故に気が付かれないがな。糞が。
「流れるように心の中で罵倒しないでくれないか、ミール」
「普段の行いだ」
などとやり取りをしつつ、私たちはカーヴィラの街から随分と遠くにあるシキュラーの街へとやってきていた。
学院長曰く色々と調査をしたいことがあるからだそうだが、アストラル学院の他の教師を派遣するのではなく自身が行くというのは珍しいことである。
本来の役割としてはあの街の負の面を管理し、害を利益へと変える土地管理者の魔術師である学院長は滅多なことがなければカーヴィラの街を離れることはない。というより簡単には離れられない。
そもそもの話として、霊脈の管理は本来自然と共に生きる魔法使いの領分であり、並の魔術師には務まらないとされている。
しかしいつまでも自然のままにしていては人間が生きられないと、交渉や時には争いを以って魔法使いや魔女、時には妖精や龍たちから土地を奪い、また譲り受けて管理し始めたのがここ数百年あたりの話だそうだ。
魔術師は秘術を以って、そして何代もその土地に住まうことでようやく霊脈を管理することが出来るのだという。
近代の魔術師たちは古くからいる魔術師のことを”霊脈を自分勝手に使う愚か者”などと妬んでいるが、その実態は少々異なるのだ。
………いや、自分勝手に使っているのは事実だが、あれは管理者だからこそできるものなのである。長く代を重ねた魔術師の家系は魔法使いならば簡単に行える土地との―――自然との接続を可能とする。しかし、血の濃さも土地とのつながりも薄い新参の家系ではそうはいかない。
古くからある、力の強い魔術師の一族が土地を管理しているのは相応の理由があるというわけだ。
結果として古い魔術師の家系を新参の魔術師の家系が上回るというのは難しくなってしまっているわけだが、そこは魔術師界の課題だとかんとか。まあ、学院長の受け売りなので私自身も深く記憶しているわけでは無い。
ミーアならしっかりと覚えているだろうがな。
「で、どこへ行くんだ」
街中へと来たは良いものの、未だに私はどこへ行くかを聞いていないのだが?
「あ、忘れていた」
「おい」
「ははは、まあそう怒るな。道順はあっているのだ、引き返すこともないし………ほら問題ないだろう?」
「報連相くらいしっかりやれ、社会人」
「魔術師に何を求めているんだ」
開き直るな阿呆。
「で?」
「ああ、それはだな―――ここさ」
む、要らん話をしている間に目的地に先についてしまったのか。
………と、ここは。
思わず嗅いでしまった異臭に鼻をつまむ。発せられているのは目の前の家だった残骸からだ。元は大きな家だっただろうに、腐臭と焦げた匂いが混ざり合って何とも言えない臭気の塊と化している。
「あの妖精に関しての事件を起こした魔術師の家か?何故今更」
「今だからこそ、さ。………私はね、正直に言えばただの傷の呪いならばマツリ君なら一日で治すと思っていたのさ」
「妖精のことだから慎重になっているだけなんじゃないのか」
「それも考えたが―――恐らく、彼女でも容易には消せない類いの呪いがかかっていると見ていい。妖精の精神にこびりつく様な嫌味な呪いがね」
精神に、だと?
呪いならば様々な現象が起こるのは普通ではあるが、それでも秘術に耐性のあるはずの妖精の精神を狂わせる呪いなど、並の魔術師が扱えるものではない筈だ。
いや、元々が精神に直接干渉する魔術は難しい。魔術師対一般人ならば別だが、魔力や術そのものを認識できる魔法使いや魔術師、異形の種族を相手にした場合相当な力量差がない限りは精神汚染などほぼ不可能である。
不可能なはずだと、学院長は言っていた。
「あの妖精はかなり強力な類だ。当然話に聞いていた半端者の魔術師の腕では生涯をかけた呪いでもあの妖精の精神を汚染することなどはできないだろう。例え子を殺された憎しみがあっても、己を制御できないほどに暴れ回ることはない」
アハ・イシカは獰猛だと聞いているが、本来は理知的な種であるとも聞いている。
実際頭は良い、少なくとも私よりは。
「ここを見てよりその確信は深まったよ。この程度の秘術の研究量では並の魔術師にも劣る。元より魔術を学んでいたものではなさそうですらある」
「目的があって、そのために魔術を使おうとしていたというわけか」
「その通りだ。死霊魔術と錬金術………古来より死霊魔術は死者の身体を調べるという観点から医療に通じるところもあったという。錬金術は言わずもがな、科学の発展に寄与している魔術だ」
「………病か」
「だろうね」
煙草に火をつけ始めた学院長は、一息煙を肺に収めると勢いをつけて吐き出した。
天幕が降りるように焼け焦げた家の周囲を覆いつくす煙は、ばちりっ!と、何かに阻まれて空気へと溶けて消えてしまった。
「阻まれたか。私の魔術を防ぐとはな」
「敵か?」
「いやいや。もういないよ、これは半端者の過去を詮索できないように第三者が仕掛けておいた魔術さ………いや、魔法か?」
今度は宝石を放り投げる学院長。上空にて光り輝きながら破裂した宝石が家の焼け残った柱へと衝突しようとした瞬間、何かが宝石の欠片を取り込んだ。
その”なにか”だが、今回は見えたぞ。霧だ、黒い霧のようなものだ。
「全ての魔術が弾かれるな。いや驚いた、こんな芸当が出来る人間は私はそうは知らないぞ。まあ彼女は半分ほど人間じゃないのだが」
「マツリのことだろう、それ」
「うむ。まあね。………ああいや、人外という固定をするならもう一人いたか。怖い怖い魔女様がな」
「なに………千夜の魔女が絡んでいるというのか!?」
「可能性はあるが、さてどうだろうな。私的にはより面倒な何かがいるように思えてしょうがないが」
学院長の目線が、家の中にある中身の焼け焦げた写真立てへと向く。
「入らないのか」
「入っても何もわからんさ。物質的には何も残っていないから魔術で過去を探ろうとしたんだからね」
それもそうか。これほどまで見事に燃え尽きていれば何かが残っているとは思えない。
というよりアストラル学院の連中は何故ここまで焦がしまくったのだ。普通証拠になりそうなものは残しておくだろうが。
「地下室でもあればよかったんだがねぇ」
「見た感じはなさそうだが」
「ああ、今使い魔に走査させたが存在しなかった。………使い魔は使えるのか、やはり過去を覗く魔術だけを弾かれているな」
なにかをぼやいている学院長。
それ自体はいいのだが、こうして何も得られなかったとなると、ただの時間の無駄ではないのかと半眼で睨みつける。護衛ということでついてきたが、私もあまり暇ではないのだぞ。
「無駄ではないぞ、ミール。少なくともこうして、マツリ君と同等の魔法使いが敵意を持って存在しているということが分かったのだからな。………故にこそ、彼女が彼女としてこの世に現れたのかもしれないが」
「あ?どういうことだ」
「さてね。確証もない、ただの推測さ―――千夜の魔女。其れの核心に迫る様な推測ではあるが、ね」
残った煙草をゆっくりと吸う学院長。
小難しい話はまあよく分からないが、とにかく敵になり得る存在がどこかに潜んでいるということが言いたいのだろうと勝手に納得する。
………そして、それにはマツリが巻き込まれる可能性が高いのだろう。元より巻き込まれ体質であり自分からも問題に顔を突っ込むあいつのことだ、間違いなく面倒ごとやら厄介ごとを喜んで引き受けてしまうのだろう。
はあ、困った親友だな。まあできる限りは手助けするが。
「―――ミーアのやつも、もう少しだけ自らのことを明かせばよいだろうに」
と、つい呟いてしまったその言葉は、双子の妹には内緒である。