じゃあ取引を始めよう
「所詮は魔術師だ、助けなど求めるだけ無駄だぞ、マツリ。そいつらは己のことしか考えない」
「………はあ?なに、あなた―――ああ、そう。ふ~ん?あの妖精じゃないの」
おやま、一目で見抜くとはやっぱりこの娘は中々の実力を持っていらっしゃるようで。
あちらさんの変身というのは中々に見抜きにくいというのは有名な話だ。プーカのように体のごく一部が変身しきれない苦手な存在の方が珍しかったりする。
物に化けたり怪物に変じたり、或いは記憶の中のなにかを象ったりと彼らは己の姿を自在に変えることが出来るけれど、魔術師と言えども実力のあるあちらさんの変化した姿を一目だけで看破するのは魔眼でも持っていなければ相当な力が必要になる。
見抜く力は真実を照らし出す力に等しい。
闇夜を覆う霧の如く、様々に世界を彩るそれは気が付かないうちに同じように世界の中に住む人間の多くを包んでしまうものだけれど………真実を見抜くということは、その霧に惑わされない力を持つ訳だ。
術理を解明する魔術師として、その良い眼はいつまでも持っていてほしいものだね。
なお、その彩られた霧はあちらさん達には何の関係もない。故にこそ彼らは多くの人間の視界に入り込む色眼鏡がないわけで、常人からすればあり得ない精神構造だと言われるわけだけれど。
と、概念的な話をしてしまった。まあ簡単にいうと、人間が意図せずに。知らず知らずのうちに感じている思い込みというものは事実として真実を見るための目を曇らせてしまうという話であり、このミーシェちゃんという少女は、そんな中でも惑わずに世界を見ることが出来る存在であるというわけですよ。
まあ素質があるだけで必ずしも真実を見れるわけでは無いのがポイントだけどね。ただ惑わされないというのは確固たる自我があるということで、魔術師としての目にもその資質は関係があるのです。
「なんだ、傷治ったんだ。よかったじゃない」
「あ、なおってないよー水蓮の傷」
「………治ってないなら出歩かせるんじゃないわよ、あなた」
心の底からのド正論が投げられました。
「でも、自分のことしか考えない、ねぇ。まあ?魔術師であればそういう人間が多いのは事実ですけどー、それでも妖精にだけは言われたくないわ?」
「いやあの喧嘩腰なのどうにかしませんかお二人さん」
「少なくとも私は己のために他者を害そうとは思わないが」
「よく言うわね、かつて人喰らいだった妖精―――化け物が」
「………黙れ、人間風情が」
俺を挟んでミーシェちゃんと水蓮が絶対零度の視線をぶつけ合っています。うん、滅茶苦茶背筋がぞわぞわする。
魔力も高まってきているし、放っておけば言葉だけのやり取りだけでは済まなさそうだ。
「少なくとも。今の水蓮は人を食べてはいないよ」
「あのね、だからといってかつての罪が清算されるわけじゃないのよ」
「そういうなら、街の魔術師の動向を把握しきれていなかった君たちにも罪があって、その罪は今もまだ残っていることになるけれど―――」
「む、ぐぅ………」
少し意地悪な言い方だったね。人間は………あちらさんにも言えることだけれど………多くの人がいるのだからそのすべてを管理することなど、それこそ閉鎖社会でもなければ不可能なことだ。
そして人間の性として、常に同じ行動をし続けるわけでは無いのだ。
例えば外道と呼ばれるほどの悪人でも、小さな出会いを経て善人へとなることだってある。その逆も然り、聖人と呼ばれた人間でも悪事をなすことがあるのがこの世界だ。
誰にでも何かしらの罪がある。物によっては裁かれてすら消えない罪すらあるだろう。でも、だからといってその結末が必ず酷い終わりを迎えなければならない、などということはないのだ。
罪人を擁護するわけでは無いけれどね。迷惑をかけた以上は償いは必要だ。
「というか昔の水蓮のことなんてよくわかったね、ミーシェちゃん」
「………軽々しく名前呼ばないでもらえるかしら?はあ、街の近辺の大妖精ともなればその過去を調べておくなんてあたりまえでしょう?天才魔術師であるミーシェちゃんは手を抜いたりなんてしないの。何事にもね」
「おー、真面目だ。すごく真面目だ」
というより勤勉というべきかな。天才を自称するのはそれだけの努力を常日頃から積んでいるからこその自信の現れなのかもしれない。
自信が慢心に変わってしまわないかは少しだけ心配だけれどね。まあそこはこの子の今後の成長次第でしょう。
「マツリ、結局魔術師などは信頼に足らない。最後の最後には役には立たないのだ。所詮は半端者でしかないのだからな」
「はあ?!ちょっと随分な評価してくれてるじゃないの………!これからの時代は魔術が世界を覆うのよ、時代遅れの魔法使いとその付属物の妖精に半端者とか言われる筋合いないんですけど!」
「うん、まあ魔術の方が確かにこれからの時代は普及していくだろうけど」
魔法はあまりにも素質が重要すぎるからね。適性があってもあちらさん達に好かれるかどうかでまた使える魔法が変わってくるわけだし。
才能が必要でも知識と技術を蓄積するという性質から科学に近い魔術の方が、これからの時代より発展していくことは事実の筈だ。
一応俺も含めた魔法使いの名誉のために言っておくと、魔法が弱いとか役に立たないわけでは無いよ。でも、時代遅れなのは本当―――だって、使える人間が、即ち魔法使いそのものの人口が減ってきているから。
単純に大きな力を使えるし、使い方によっては魔術よりも専門的なことが出来るけれど、扱える人間そのものが減ってしまえばどうしたって手が回らない。そもそもが魔法というもの自体が感覚的過ぎるというのもあるし。
恐らくこの世界でもこれ以降の時代では、ごく一部の強力な魔法使いだけが存在し続けて、古来には多くいたはずの普通の魔法使いはいなくなっていくだろう。俺がどちらに分類されるかどうかは、分からないふりをしておくけれど。
「………さて、これだけ一触即発の状態になっちゃってもう。どうしたものかなぁ」
取引材料といっても、地の頭がめっぽういいというわけでもない俺では如何に知識だけがあっても活用しきることが出来ない。特に人間相手の交渉とか、一番苦手な分野だし。
でも時にはそういう交渉術も必要なんだよね。
人間を動かすには情だけでは足りない。もちろん報酬だけでも駄目だ。………今回俺に必要なのは後者の方だけれどね。
唇に指をあてて少しだけ考える。ミーシェちゃんが欲しがるであろう物を。メリット、そうメリットだ。それさえあれば、この娘を味方に引き入れられる。
敵に魔術師がいる可能性があるのであれば、今の全力に制限のかかっている俺では少々力不足だから、どうしても腕の良い魔術師の力添えが必要なのだ。こうして味方に引き入れないが故の俺の無理と、引き入れるための無理ならば前者の方が負担が多い。
指をぐりぐりと動かしていると、ふと頭の中にお爺さんの姿が浮かんできた。水蓮の依頼の話をシルラーズさんから聞いた時に出会った、あの錬金術師のお爺さん―――フィーグさんだ。
錬金術。あの人の術はこの間分類の説明をしたものの中では、最先端の錬金術として扱われるものだ。でも、うん。錬金術というのはいい考えかもしれない。