美少女魔術師に今度はこちらから会いに行きました。
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「じゃあそんな感じで準備お願いね~」
「はい。分かりました」
手をひらひら振って、ミーアちゃんとシンスちゃんに道具やら諸々の手配を頼んだ。俺じゃできないことも多いからね、そういうものはやはり親衛騎士であるあの二人に任せるのが一番いい。
適材適所、というやつだよ。うん。
おばちゃんにお金を払って水蓮と一緒に街へと出ると、極々自然に彼女の手を取って指先で空中に蝶の形を描いた。
ちなみに杖は収納してあります。どこにって?そりゃあ影の中ですよ。
普段は杖を利用して魔法を使うので調整のためにも必須な物だけれど、今は体調的にもそこまで大きな魔法を頻繁には使えないし、偶発的な物であるにせよ一度に放出できる魔力も普段より抑えられている。
無理をすれば開くけどね。でも無理したらますます身体が痛くなるから。まあそれはさておき。
そんな訳で偶然だけれど転移魔法等でもなければ杖を使う必要が無くなったので、自身の影の中に収納しているのである。
正確には影へと変じさせているだけであり、魔法の系統的にはジンなどの精霊が行う物質の変容、変換に属するものだ。
魔術である錬金術とは違い、ジンと呼ばれる者たちが行使するそれらは明確な魔法である。無から有を生み出したり、まったく別のものへと変換するのは魔術師の魔力量では難しい。
長い間蓄積した魔力をただ物の形を変えるために使うのも勿体ないからね。魔法使いの魔力量からすれば簡単なんだけれど。
「随分と大掛かりなのだな」
「まあね。襲撃者の居場所が分からない以上、炙り出すしかないから」
千里眼でも見えないというのは特に問題だ。この世界だとそういった便利な眼を持つ者がいるため、普通の犯罪というものは割と少なかったりする。
その代わりあちらさん達の悪戯や魔術師の犯罪、魔法的、魔術的な道具を用いた超常的な犯罪などがあるため事件そのものが非常に少ないというわけでは無いのだけれどね。戦争だってないわけじゃないし。
でも剣を持って、或いはまだこの世界では多く出回っていない銃を持ってお金を目的に犯罪を起こしたとしても、魔術や魔法によって簡単に対応されてしまうというのは事実だ。
俺の薬草魔法だって戦闘に適したものではないけれど、常人を相手にしたのであれば、どんな凶悪な犯罪者だったとしても一息で眠らせてしまうことが出来る。
「魔力を強く持つ人間だったり、道具を持つ場合は千里眼で見難くなるというのは実際にあるからなぁ」
ミーアちゃんの言う通り、千里眼で見えないので魔術師がいるというのは可能性が高い。
………となるとですよ、今の俺はあまり戦力としては役に立たないのでもう一人、戦える人が欲しいのですよね。特に魔法や魔術を扱える秘術での戦闘が可能な人間が。
アストラル学院に頼りたいところだけど、あんまり俺という存在がいることを知らせるのはまずい。一応この身体は千夜の魔女のものだからね。この世界にとっては災厄そのものだ。
シルラーズさんがいない以上は少し離れていた方が良いだろう。単純に忍び込むだけだったら問題はないけど、教師陣と話をするのはちょっと面倒なことになる。
では他に当てがあるのかと言えば、さて。あるには、あるんだけどね。
指で描かれた蝶は軌跡から生じた煙霧を纏って不可視の生物となる。それは俺たちの周りをふわふわと飛んでいた。
描き終えた指で頬に手を当てると、水蓮の方を仰ぎ見る。
「あのさ。魔術師に………会いに行くんだけど………」
「食い殺していいのか?」
「駄目だよ!」
とまあ、こんな反応になるよねぇ!
今の水蓮にとって魔術師とは不俱戴天の仇だ。水と油の如く相容れないものであるわけで、どうしたって仲良くなんてできるわけがない。
「その煙の蝶は魔術師の元への案内者か」
「うん。………ま、水蓮が駄目っていうなら別の手を考えるけどね」
自由に舞う蝶を自分の指の先に止まらせる。揺らぐ翅を注視しながら人通りの多い街道を歩いて、じゃあ次はどうしようかと思案を重ねた。
俺はあまり頭がいいわけでは無い。秀才ですらないただの人だ。いや身体はさて置いてね。
誰もが救われるような完璧な結末を思考だけで導き出すのは難しい………というか不可能である。
結局、結論は俺が無理をするしかないんだよなあ。またミーアちゃんに怒られてしまうだろうか。でもやるしかないし。
「………はぁ。はぁ~。まあいいだろう。干渉はしない、だが向こうから干渉して来たら私は噛む。良いな」
「うん、もちろん!」
前半思いっきり呆れられていたような、そんなため息が聞こえてきたけれどきっと気のせいだよね!
とにかく水蓮が許可してくれたので、蝶を飛ばす。
煙霧の尾を伸ばしながら蝶は人ごみの中をゆらりゆらりと進んでいった。繋いだままの水蓮の手を引くと、それを追いかける。
「よーし、行くぞー!」
「―――いつまで手を握っているんだ、お前」
その声は聞こえないふりをして。
***
「絶対イヤよ。なんで私がそんなこと手伝わないといけないのよ、というかあんたどうやって私の家見つけたのよ」
「え?魔法でちょちょいっと。会ったことあるし呪いもかけられているし、逆探知はもう簡単にできるよ」
「ちょっと何言っているのかわからないんですけど?というか全然お洒落してないわよねあなた」
「え、あ、ごめん?」
蝶を追ってやってきましたのは、この前一度だけであったあの女の子の魔術師の場所でありました。
ミーシェちゃん、だったよね。双子と名前が似ているので割と覚えやすかったりする。
彼女は御者台のない馬車といった感じのものに住んでいるようであり、今はその馬車の扉から半身だけを俺たちの前に見せている状況だった。
どう考えてもこのままの馬車の大きさでは横になることすら出来そうにないけれど、馬車の奥から香水の香りなどが漂ってきていることからそれらの荷物などを置くだけのスペースがあることは窺わせる。
まあつまりだよ、見た目の大きさとこの馬車の本当の中の部屋の大きさは全く違うという話。壺の中の異世界や瓢箪の中の駒を始めとして、道具の中に全く別の空間を作り出す秘術というのは意外にも多い。
簡単にできるものではないにせよ、腕の良い魔術師であればそういった秘密の部屋はそれなりの数作っておくこともあるだろう。
この子の場合は移動兼寝泊まり用にああいった馬車を持ち歩いているんだろうね。そして馬車もまた、普段は別のなにかに収納している、と。
「本当に駄目?」
「当然よ。私にメリットがないわ。ミーシェちゃんは帰ろうと思えば鉄道なんて頼らなくていいし、出身地でもないこの街がどうなろうと知ったことではないし~?」
「そっかー、残念だなぁ………」
まあ確かにね、これはただのお願いだから無理強いなんてできないのだ。では、ここから取引に代えていかないといけないわけだけれどうーむ、どうしたものかな。
この娘を動かすに足る対価、そんなものを俺がはたして持っているだろうか。
悩みつつ髪を指に巻き付けていると、目の前のミーシェちゃんが若干いら立っているのが分かった。
用が終わったら帰れと言わんばかりですね………いや違うんですよ、まだ用事は終わっていないのですよ、と。弁明をしようとした瞬間、背後から水蓮が破壊力抜群の爆弾を、これでもかと言わんばかり、思いっきり投下した。