魔法の種別
「では次の魔法の種別についてです」
「はい先生!」
先生と呼ばれることはまんざらでもない様子。
ちょっとだけ得意げな顔になっていた。
可愛らしい。
「……そうですね、では魔女術から」
「くらふと?」
「正式名称は魔女術……ですが」
「あー、千夜の魔女さんと被るからか」
おそらく病院の部屋に4とか9とかが無いのと同じ感じで消去されているのだろう。
印象って大事ですよね。
「千夜の魔女以外の魔女が操る魔法、魔術がこれに該当しますね」
「魔女しか使えないってこと?」
「いえ……魔女が生み出したもの、という方が適正でしょうか。魔女もすべてが敵性存在というわけでもないので、魔女術は学院の専攻学問になっていたりもします」
「あー、別に魔女全部が悪い人ってわけじゃないのか」
「ええ。千夜の魔女だけが別格なのです。……まあ、嫌われ気味なのは事実ですが」
そういえば、ミールちゃんは主さんを魔女といわれて怒っていたっけな。
それにしても……魔法使いとも魔術師とも区別される魔女とはいったいどんなものなんだろうか。
絵本だと千夜の魔女とは同じ魔女でありながら敵対してたらしいけど。
さっきはミーアちゃんは味方の魔女もいるという話だったし、やはりいろいろな思想を持っているのだろうか。
そしてどこまでもはぶられる千夜の魔女。
「ほかには北の方より伝わる、ルーンの秘術……これはほとんどが魔術ですね」
「おおルーン魔術!」
「刻み込むことで機能する形態……刻印魔術と呼ばれる種別の物です」
「魔術にも形態あるんだね」
「分かりやすくしているだけです。なにせ膨大ですから」
図書館の十進法てきなものですかね。
「刻印の形態などには、中東より伝わる召喚魔術なども当てはまりますが……あれは召喚という括りになっていたりもしますので、まちまちですか……」
中東の召喚魔術……。
「……ソロモンの悪魔?」
「はい。72柱の魔神です。難度は最高レベルですが」
悪魔の最高位、魔神を呼び出す魔術だもの……というかそれは魔術なのだろうか。
もはや魔法じゃない?
やはり魔術と魔法の括りがあいまいで分かりづらい……もっと勉強すればわかるだろうか。
「それにしても、いろんなところから伝わってきてるんだな。魔術って」
「それはもう。ここは魔なる秘術がもっとも集まる場所の一つですから」
北からルーン。中東からソロモン王の魔術。このあたりには魔女術にドルイドの秘術。
このあたりの地形はヨーロッパ的な風景が多い。そして魔術の伝来してきた地方の方角……。
またしても、である。いや本当に、随分似ているものだ。
――ルーン魔術は北欧から。ソロモン王は中東イスラエルから。ヨーロッパでは魔女たちの扱う秘術として、魔女術。そして、ケルト教の秘術としてドルイドの技。
また、それに付随して、妖精たちの話などもあるわけだ。
非常に興味深い。
「東洋からとかはないの?」
「ええ、東からは仙術や気孔術が。そのさらに果て、極東からは妖術、呪術が伝わってきていますが……」
そこでミーアちゃんはちょっと口ごもった。
「妖術や秘術は、人間には扱えませんので、このあたりでもその知識は数少ないのです。極東の地の逸話自体もあまりない有様ですし」
「人間には扱えない……?」
「はい。極東に住むものは、人ではありません。まったく別の種族なのです」
……なるほど、だいたい読めてきた。
種族自体が違う……ね。
「まあそれはまた今度でいいや」
「ええ。魔法使いとは関係のないことですから」
追々勉強するつもりではあるけど。
「後は……カバラ魔術、死霊術、錬金術……といったところですか」
「有名どころは、ってことだよな」
「はい。細かい宗派などに分ければ把握不可能なほどの種類がありますので」
一つの魔術、魔法にのみ傾倒し続ける、というわけでもないだろうし、当然か。
家によって、人によって臨機応変に様々な知識を取り入れているはずだ。
なるほど……とうなずいていると、ミーアちゃんが羊皮紙にさらに書き込んでいるところが見えた。
新しい羊皮紙まで用意している。
「大まかな分類はこれくらいです。それ以上の知識はここにさらにまとめておきますので」
「あれ、勉強は終わり?」
「はい。これ以上は身体に障りますので、もう休みましょう。この羊皮紙は今度読んでおいてください」
「……はーい」
個人的にはもっと知りたかったが、話を聞いているだけで頭が重くなってきているのも事実。
うむ……眠い。
これほど身体が弱ってたとは予想外だった。
「魔女の浸蝕……それも千夜の魔女となれば、相当の負担のはずです。しっかり休んでください。――ずっと、隣にいますので」
「……うん」
ああ、なら安心。
そっと、目を閉じた。
***
「おい、ここはないだろう……」
「そうか?広くていいと思うんだが」
「広すぎだ!なんだこれは、城か?!というかなぜこんな建物が存在している!」
「ん?ああ、旧い砦だよ。かつてこの街も戦争していた時期があったからな、その名残というわけだ」
そうと知っていて案内してくるこいつは何なのだ。
阿呆か?いや阿呆なのは知っている。
うむ、こいつは阿呆なのだ。
「マツリ一人で住めると思うのか、これで」
「――あ、無理だな」
「ええいこの阿呆!!!!!」
もういい、私が探す。
絶対そっちの方が速いと確信した。
学院長の手元にある、主から手渡されたらしい様々な物件が記された紙を奪い取り、いい場所がないかを探し出す。
坪数で家を判断するなといいたい。広ければいいなどという話ではないのだ。
「はぁ……家を本置き場と勘違いしているこいつには無理な話だったか……」
「流石に失礼じゃないか?」
眉をひそめたところで事実は事実。
反論などさせん。
「……む。ここなどいいではないか」
「――あー……そこはちょっと」
「いいからいくぞ!」
「いや立地はいいんだがね、そこはあれだ」
「い・く・ぞ!!」
「……わかったわかった」
白衣の首根っこを掴み、学院長を引き摺って行く。
それでも煙草を口にくわえたままのこいつは、本当に図太い……。
***
「おお!いいではないか!」
「まあ見た目はな……」
未だ嫌そうな雰囲気の学院長。
街からはそれなりに離れてしまっているが、道はそれほど荒れているわけでもなく、危険な獣などの出没地帯というわけでもない。
大きめの屋敷に、同じく大きめの庭園。問題点といえば少しばかり家が古くなっている程度で、それとて穴が開いているわけでもない。
「鍵は預かっているのか」
「ああ……あるにはあるが」
「……おい、なんでさっきからそんなに渋るんだ。何かあるのか」
「あーうんまあ」
「ええいはっきり言え!」
「分かった分かっただから服の襟をつかんで振るのをやめろ」
襟を放して、続きを促す。
まったく、魔術に関わる者は皆秘密主義で困る。
秘密主義といっても徹底的に何かを秘するというわけではなく……単純になかなか情報を話たがらないだけだが。
外の人間である私たちにとってはただただ腹が立つだけだ。
うむ、ぶん殴ってやろうか!
「殴ろうとするのはやめなさい。……ふぅ。この家はな、昔とある魔法使いが住んでいた家なんだ」
「魔法使いが……?」
「ああ。あの窓から見える本の束は、その魔法使いがそのまま残したものだよ。……まあ、とっくの昔に死んでいるがね」
「回収はしないのか?ああいうものは学院の大図書館に収蔵するのだろう?」
「したくてもできない、というのが実際なんだ。……ほら、とりあえず家に向かって石を投げてみろ」
「ん?……こうか」
軽く石を放り投げる。
すると、何かに弾かれたかのように私たちの方に戻ってきた。
……いや、今何かがいたな。
一瞬だが、揺らぎがあった。
私には魔法使いの才能も魔術師の適性もないが、培った剣術――剣士としての勘はある。
その勘による心眼が、何かの存在を確認したのだ。
「泣き女さ。死んだ魔法使いの使い魔でな。未だにあの家にとどまっている」
「……泣き女とは、家人の死を悼み泣き叫ぶという妖精だろう?」
「ああ、そうだ。彼女は……今もなお泣き叫び続けているのだよ。死後数十年たった今でも、な」
学院長が手袋をはめた手で指を鳴らす。
パチンッ……少し鈍い音の後に、喪服のようなドレスを着た、美しい女の姿が薄く見えた。
髪は薄い銅の色。肌は青白く、まるで死人のようだ。
空に浮く彼女のその頬には、たしかに―――まだ、涙の痕が残っている。
学院長の魔術が切れてきているのだろう、もともとうっすらとしか見えなかった泣き女の姿はどんどん薄まり……そして、元通りに消えた。
「泣き女は死を予言する妖精。死を嘆く妖精。……だが、時によっては家を守護する妖精でもある。そして、その心は人にも近い。――わかるな?」
「恋をしたか。……妖精の恋は悲惨と聞くが……」
「まったくだ。リャナンシーの子守唄なぞ聞きたくもない」
ため息を一つ吐いた学院長は、踵を返して戻り始めた。
私もついていく。
「だからここは無理なんだ。あの泣き女は強力な部類だしな。相手取るには厄介だし、そもそも妖精に魔術師が手を出すといろいろ面倒だ」
「……孤独だな、あの妖精は」
「仕方あるまい。あれはあまりに―――……一途すぎる」
後ろを振り向く。
閉ざされた扉の前で、空気が揺らいだ。
―――きっと、今もあの扉の前で泣き続けているのだろう。