ついて来てくれることになりました
「マツリ。私はどうすればいい。言っておくが人同士の争いなど関わる気はないぞ」
「あ、もちろん水蓮は森で休んでていいよ?」
「………私とお前の間に結ばれている呪いはどうするつもりだ」
「―――あ」
………完全に忘れてた。自分でかけたものなのに。
そう、そうだよ。ウィローの呪いが俺と水蓮の間に結ばれている以上、どちらが主導的に動いたのかに関わらず離れすぎると命が吸い取られるんだった。
「離れれば死ぬが?」
「そーでした。いや、うんー、どうしようかなぁ………あはは」
いや。水蓮に一緒に来てもらうしかないんだけどね、対策法!
でもなぁ、あまり争いごとに巻き込みたくないんだよねぇ。いや、或いはこれこそが見た光景に繋がるのか。
だとしても繋がり方というものはあるだろう、未来というものは確定しているようでそうではないのだ。
結局は時間なんてものは人間の感覚、運命もまた然り。あるように見えて存在していないようでいて、でも気が付いたら大きな流れに沿っている。
占い師の未来視なんてものは、実際に時間の先を見ているわけでも運命そのものを覗いているわけでもなく、流れを見ているだけなのだ。
………何が言いたいのかというと、一見結末は同じでもどこからその結末に繋がるのかで訪れる未来は大きく変わる。ダムを経由して流れた水と通常の河川を流れた水は、最後の河口で砂浜を生み出すか生み出さないかで変わるように、経由地が違えば大きな流れの終わりも変容する。
魔法で見た俺の未来視は、点である結末を覗いただけだ。経路や経由地点までをも完全に見たわけではない。
だからこそ、こういった場合は慎重にならざるを得ないのである。
どうしたものかなぁ、と帽子を撫でると、その手ががっちりと掴まれて止まってしまった。はて。
「マツリさん。ちょっと―――そのお話、詳しくお聞かせくださいますか?」
「え。あの、滅茶苦茶手を強く握られてるんだけど。いや落ち着こうミーアちゃん」
「私は落ち着いています。落ち着いてマツリさんを叱る用意があります」
「それ本当に落ち着いてるのかな?ねえ、ちょっと?!」
掴んだ主はミーアちゃん。一見表情は普段と変わらないけど、なんだかんだ言って割と一緒にいる機会が多いのでわかる。その下にある真の表情が。
ものすごく怒ってるじゃないですかやだー。
雰囲気でもわかりますとも、背後に般若が見えていますからね!
身を乗り出してまで俺の手を掴んでいるミーアちゃんが白い指を俺の頬にそっと添えると、ぐいっ………思いっきり頬が抓まれた………って痛い!?
「いひゃいいひゃい?!」
「また何か危険なことをしましたねマツリさん………というかその服の下!なんですか、傷だらけではないですか?!」
あ、ばれた。
「紋様も増えていますね、何をしたんですか洗いざらいはいてくださいさあ早く」
「まっふぇ、まうはてを………」
「え、なんですか」
指を放してもらわないと話せないと思うんだよミーアちゃん?!
ぐにぐに伸びる俺の頬が漫画もかくやと勢いで広がるのをシンスちゃんは爆笑しながら見ていた。くそう………。
水蓮に助けを求めるとぷいっと横を向かれた。若干口元弛んでるの見逃していないからね、くすん。
涙目になるとやっと痛みから解放されたので、赤くなっている頬をさすりつつテーブルに突っ伏す。相変わらずミーアちゃんから放たれている威圧感は変わっていなかったけどね。
「えっと。あのですね」
「はい」
「水蓮がちょっと無茶をするからですね。逃げないようにですね」
「はい」
「命を結んだだけなんですよ。はい」
「は?」
それはまさに、氷のような「は?」でした。身体の後ろあたりから冷気が放出されているのを幻視する程。
だって仕方ないじゃない、そうしないとこの仔どうしても逃げようとするんだもの!傷も治りきっていない、呪いも治まっていないのに自由に行動させるわけにはいかないでしょう!
死地とするにはまだ早い。あちらさんの感覚ではあるけれど、水蓮はまだ若いのだ。具体的に言うと若奥様くらいの年齢なのだ、無駄死になんてさせるものですか。
「マツリ。いま私に対して失礼な例えをしたな、言葉にしなくてもわかるのだ。おい、こちらを見ろ」
「………気のせい………じゃないかな」
「ほう。ふむ。ミーア、だったか。マツリは私の傷を治すために自分の腕を傷つけていた」
「ちょっとおおおおおお?!!何てことばらすんだよ水蓮?!」
「へぇ。ふうん。………へぇ?」
ミーアちゃんの表情が死んでいた。いや、停止していた。
彼女の両手が俺の頭を包んで、目と目が真正面に向かい合う。
「言いましたよね。無理しないでくださいって。危険なことをしないでくださいって。………無駄だとも、分かってはいましたけれど」
「うぐっ」
気を付ける筈だったんですよ、などと取り繕ったところで後の祭りというやつかな。
結局俺は無理をしてしまったんだし、それでミーアちゃんに心配をかけたことに変わりはないわけで。
「ごめんなさい………」
「いいです。マツリさんの行動は分かっていますから。今も本当に謝っていますけど、必要になればまた無理をするんですよね」
「それは、えっと、ごめん?」
「ごめんじゃないです、もう」
本当に俺の行動パターン、読まれ切っているんだなぁと思う。そこまでわかりやすいだろうか。
でもその通りだ。ミーアちゃんに申し訳ないと思っているのも本当で、そしていざとなれば間違いなくまた魔法を全力で使うということも本当。
ああ、もう認めよう。俺の心は随分と屈折していて、有り体に言って変な人間なんだろう、と。
「なるべく気を付ける。悲しませたいわけじゃないからさ」
それもまた本当なので。目を逸らさないでしっかりとミーアちゃんの瞳を見つめた。
「………はあ。そういう所ですよ、マツリさん」
あれま嘆息されちゃった。なんでだろう?
色々抓まれたりしたせいでかなり横にずれた帽子を戻しつつ、降ろされたミーアちゃんの両手の上に俺の手を置く。
手袋越しの手だけど、きちんと温かいその手の感触を感じながら、言葉一つ一つをしっかりと紡いだ。
「また心配はかけちゃうかもしれないけど、必ず君のところに戻るからさ。そこだけは心配しないでほしい。俺も死にたいわけじゃないからね」
「なんかこの少女、色男っぽいこと言ってない?この見た目で。ねぇねぇお母さん………いや、お姉さん?まあいっか、どう思います~?」
「知らぬ。私に話しかけるな」
「ちょっと外野煩いよー」
大事なこと言っているんだからさ!折角丁寧な言葉なのに雑音の中に紛れてしまっては困るんだよー!?
「………、はい。戻ってきてください」
「うん♪」
何故か貌の赤くなっているミーアちゃんだけれど、とりあえず納得してくれて助かりました。
ま、もちろんだけど嘘じゃないよ。君の元へ戻るとも。だって俺はまだ、君たちになんの恩返しもしていないからね。恩を仇で返す様な真似はしないとも。
フォークを掴んで食べかけのケーキを口運ぶ。さて、じゃあ話が大分飛んでしまったけど、盗賊団をどうするかを考えないとね。
糖分を取りつつ、うーんうーんと傍目から見てもわかるほどに頭を悩ませてると、白いまっすぐな髪の毛が俺の視界の横に垂れた。
「水蓮?」
「………仕方ない、私もついていく。お前一人では色々と心配だ」
「え。本当に?」
「争うつもりはない、勘違いはするな。―――で、その盗賊団を見つけ出す方法はあるのか」
乗り気、というわけじゃないけれど。どうも俺が不甲斐なさすぎてついて来てくれるらしい。ありがとう、水蓮。やっぱり君は優しいね。
さて、魔術師か魔法使いがいると思われる盗賊団、見つける方法だって?
ふふふ。ええそれはもちろん、ありますとも!
秘策というほど優れたものでもないけれどね。見つけ出すための方法をゆっくりと、しっかりとみんなに伝えるとしましょう。
とりあえず珈琲をもう一つ注文して喉と唇を潤しつつ、ね?