治安の悪化の原因は
「いやぁ、こんな別嬪さん達が集まってくれて嬉しいよ!ゆっくりしておくれ!あ、このケーキとかはサービスね!」
「あ、いえ。私たちは一応仕事中………」
「気にしない気にしない!」
「そーだよミーア、気にしない!」
「あなたは気にして」
二人のやり取りを見つつ、おばちゃんはちょっとだけ悪戯っぽく笑うと去っていった。
溜息が混じった吐息を零しつつ、相変わらず白い手袋に覆われた手で額を抑えているミーアちゃん。
基本まじめなミーアちゃんだ、仕事中にサボるかのような行動をするわけにはいかないと思っているのだろうね。多分頭の中ではシンスちゃんをどうやってこの机から引き離すかを考えているはずだ。
でも折角のおばちゃんの好意だ。いやチップかなり多めに渡しているから純粋な行為ではないかもしれないけどとにかく好意には変わりない筈………ちょっと話が飛んだ。
そう。心遣いなので無碍にするのも悪いよね。
ならこうしよう。この場にいることをお仕事にしてしまえばいいんだ。
「ねえミーアちゃん。随分と街が騒がしいようだけど何かあったの?鉄の匂いも随分とするし」
「え、鉄の匂い?」
「うん。剣と鎧の匂い」
水蓮も感じたまるで戦の前のような匂いは、理由を知るであろう人たちに聞いてみるのが一番いい。
目的の主題では無かったけれど、何かが起こりそうなのであれば先手を打っておくためにもここで情報は得ておいた方が良いからね。
ついでに話を伺うと言うことでこの時間を二人のお仕事時間へと変換して、このお茶会を合法化するという算段なのです、ふふふーいい案でしょう?
「私は全然分かんないけど………」
「マツリさんは鼻がいいの。でもシンスの場合は単純に鼻が悪いだけ」
「うん辛辣」
「いつものこと」
やり取りが随分とテンポ良いというか、仲良さげだなあ。
普段俺に見せてくれている姿と違うのもまた新鮮だ。………その対応は本当の心を見せているわけでは無いと、そう言い切るのはちょっと早いだろう。
多くの人は貌を複数持っているのが普通で、それを使い分けるのもまた人間ならば普通のことなのだ。
俺だって人間としての顔と魔法使いとしての顔を半分ずつ持っているわけだし。
しかし、使い分けているからといってそれ全てが嘘や偽物であるということではないのだ。それもまた、自分なんだからね。特にミーアちゃんは意図して顔を使い分けているのだし。
俺やシルラーズさん、ミールちゃんに見せているあの丁寧で毒をよく吐くミーアちゃんも本当で、ここで素っ気なく他人に無関心であろうと努力をしているミーアちゃんもまた本当なんだよね。
………うん。まあ毒は、どっちも変わらず吐いているような気がするけど、ね?
「それで、もしよければ聞かせて貰えないかな。―――なんだったらこの街に住む魔法使いとして聞いてもいい」
「あ、ちょっとマツリさん!?」
「大丈夫。シンスちゃんは信頼できる子でしょう?そうじゃなければ俺の近くに連れてくることはなかったはずだし」
「そう、ですが………」
言い澱むのは俺のことを心配してくれているからだろう。
あ、街に住む魔法使いとは言っていますけど実際に住んでいるのは街から大きく外れた妖精の森直近なので、事実上街住まいというのは間違っていたりする。
言葉にしても紛らわしいからここは黙っておくけどね。
「それに水蓮を連れているんだ。人の姿だけど人じゃないのは察している筈。取り繕っても意味ないよ」
「いえシンスは頭が弱いので多分気が付いていないかと思います」
「ちょっとミーア、今日は特に毒多くない?確かに気が付いてなかったけどさあ!」
気が付いてなかったんだ―墓穴掘ったなー。
「………はあ。分かりました。話します、マツリさんは意外と頑固ですから」
「え、そうかな」
「そうだろう。私に名を無理やり付けた時のことを思い出せ」
「そう、かなぁ?」
確かにあの時は少し、すこーしだけ強引だったかもしれないけど。
髪をくるくると指先に巻きつけつつ、苦笑いして誤魔化してみた。
「まー端的に言うとだねー。とうとうこのあたりを拠点にしている盗賊団が列車を襲っちゃったんだよねー」
「え。列車強盗?盗賊団が?」
「はい。つい昨日の事です。この街に訪れる定期列車が途中で止められ、金品を強奪されるという事件が起きたのです。死人こそは出ていませんが、抵抗した人が大怪我をしました」
「だからか。カーヴィラの街も本腰を上げて討伐に乗り出したってことだね」
前に街の周辺の治安が乱れていたとは聞いていたけれど、それは盗賊団の仕業だったわけか。
………とはいえ、妖精の森付近に彼らがいるとは考えにくい。妖精の森は普通の人間が踏み入れるには危険すぎる場所だ。そもそもが侵入すらできない翠蓋の森とは違い、なまじ入れるからこそ危ないのである。
好奇心旺盛で悪戯好きなあちらさん達にかかれば、盗賊団が屈強な男たちで構成されていたとしても記憶の全てを失って狂ったように踊り続けていてもなんら不思議ではない。
計画的に列車強盗という犯行をしたのであれば、妖精の森を拠点とすることはないだろう。
「駐屯騎士達は最低限を残して皆、街の周辺を見回っています。私たち親衛騎士も数の少なくなった彼らの代わりに街の中を見回っているということです」
「うーんなるほどね。街の周辺っていうのは妖精の森とか翠蓋の森の方?」
「はい。その方面に盗賊団がいるとは考えにくいですが、かといって東には危険な獣も多い黒い森が広がっています………列車強盗まで行える規模の盗賊団が痕跡もなしに居座ることは難しいでしょう」
「東の森かあ」
黒い森とは古くからある人を踏み入れさせぬ森を指す言葉だ。
まあ妖精の森とか翠蓋の森みたいに特殊な力があるというわけでは無いけれど、都市部よりはあちらさんも多いだろうし、怪異も少ないわけでは無い。
確かに集団の人間が暮らし続けるのは難しい筈だ。
「魔術師の千里眼とかじゃ見抜けなかったの?」
この世界には魔法も魔術もあるのだ、水晶を使った遠視なり千里眼なりで痕跡から居場所を辿ることなど訳ないだろう。
「アストラル学院にお願いしてやってみたのですがどうにも見えないのです。担当してくださった人は、まるで靄が掛かったようだと言っていましたが」
「ん。あれ、シルラーズさんは?」
「シキュラーの街に出向いています。姉さんも一緒に………」
シキュラー?
その名は水蓮を保護した魔術師が守護する街の名前だ。アストラル学院の人間がわざわざ出向いて始末したという、水蓮に呪いを打ち込んだ魔術師について調べにいったのかもしれない。
それもそれで大切なことだ、水蓮に攻撃した魔術師については特に深く調べてほしいかったところである。
あの魔術師は、己の手で引き金は引いたにせよ利用されていた存在。せめてもの慰め、というわけではないけれど、黒幕へとつながる欠片が見つかればそれに越したことはない。
そして、その欠片を一番見つける可能性が高い人は、シルラーズさんに違いはないだろう。ミールちゃんも護衛としての実力は間違いないだろうし。
………でもこの街一番の魔術師がいないのは困ったなあ。あの人なら何かわかることだって多いだろうに。
「結論としてなのですが、盗賊団には魔術師か魔法使いがいて、遠視の妨害をしているのではないかと推測されました」
「あれ。それ、すっごく危ない相手じゃない?」
「そうなんだよねー、敵はこちらを見れるのに私たちは相手を探れない。割と困ってるんだ」
シンスちゃんの表情はかなり本気で参っている表情だった。
そうだよね、顔の見えない敵に常に狙われる感覚というのは気持ちいいものではないだろう。
ようは騎士とは軍人だ。街の民の代わりに戦い、代わりに死ぬのが仕事―――でも、基本的には率先して死にたがる人間なんてあまりいないよね。
俺も元は男。可愛い女の子だけに無理させるのも忍びない。聞いてしまっては特に、ね。
「なるほど。分かった………手伝うよ。シルラーズさんの代わりになるかは分からないけど、少しは役に立てるかもしれない」
「本当?!やったありがとー!ミーアの妹分ちゃんすっごくいい子じゃないの!!というか今更だけど、君って本当に魔法使いだったんだね~」
「まってシンス。妹分じゃない。そして妹そのものでもない、いい?」
「本当に今更だなあ!というかですね、あの俺一応君たちより年上だからね………?」
一瞬で妹として扱ってくるのは勘弁してください。あとシンスちゃん、今の今まで俺が魔法使いというの冗談か何かだと思っていたらしい。
ここに来てようやくミーアちゃんが本気で俺を魔法使いとして扱っていることに気が付いたみたい。天然というかなんというか。