水蓮と街へ
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ピクシーたちの通り道の先は割と何回も訪れている街の広場。
つまり俺がこの世界で初めて見たこの街の景色がある場所である。
「おおー、現実の人はなんか久しぶりな気がするなあ」
「………人だらけだな」
「街だからね」
街には人がいるものですから。
逆に無人の街は通常の人間からしてみれば不気味に映ってしまうものだったりする。特に怖い物語でよく出てくるような、普通の街の機能を保ったまま人間だけがいないとなると尚更に。
―――迷い家、と呼ばれるような場所は特にそういった特性が顕著なのだけれど………まあいいか。
うん、でも見慣れたいつも通りのカーヴィラの街なのだけれど、ちょっとだけ疑問がある。
「うーん?なんか慌ただしいなあ」
普段の街並み、なのだけれどなんか街全体が騒がしいのだ。
お祭りの気配とかそういう感じでもない。どちらかといえばそう、争いの気配に近いような気がする。
戦争したことなんてもちろんないけれど、戦う前の人の動きは何となく理解できる。
例えば、普段からこの街は騎士が見回っているものなのだけれど、その騎士の装いは普段は軽装なのだが、今は少しばかりがっちりとした鎧を着込んでいた。
さらにそもそもの見回っている人数も多い。
見たところ女性………恐らくは親衛騎士………も交じっているね。
「いや違うか。親衛騎士が普段以上に街を巡回しているんだ。水蓮、何かわかる?」
「ふん。鉄臭いな、鎧と刃の匂いだ」
「………うん、そうだね。でもなんでだろう?」
帽子を手で抑えながら周囲を見渡す。まあ街に住んでいる人たちはあまりおかしな行動はしていない。
買い物をするだけなら特に問題はないだろう。
肩掛け鞄を開いて中からお財布を取り出し、中身を確認する。
お財布といってもちょっと頑丈な布で包まれているだけなんだけどね。蓋には紐があってそれで閉じるだけの簡素なものだ。
時間があればこういう小物も自作したいけどそれはまた今度で。
さて、ひーふーみー………と中を数えてみる。金貨はあまり使うものでもないので三枚分あれば十分だろう。銀貨や銅貨はたくさんある。
しっかりとした厚みを持っている硬貨だからこそ四枚に割って使われているわけだけど、地味にこういうものは持ち運びにくいのが難点だよねぇ。
布と紐が擦れる音を聞きながらお財布の紐を閉じ、肩掛け鞄へと戻す。
ちなみに俺の今の服装はノースリーブのシャツに、膝下を大きく超える程度のロングスカート。水蓮と並んでもおかしくない服装ではあるはずだ。
「―――ま、考えていても意味はないもんね。行こうか!」
ここは考えるより先に足を動かすべきだろう。俺たちの目的は別にあるのだから。
水蓮の手を取ると街の中を歩き出す。
「一人で歩ける!」
「だぁめ。不安だからね」
「子供扱いするなマツリ」
「俺にとっては似たようなものだよー」
あらま、後ろを振り返ってみればちょっとだけ怒りかあるいは照れなのか、顔を赤くしている水蓮がいた。
眉が上がっている所を見ると前者かもしれない。でも手は離さないよ。
………そう、手は離さない。君が嫌がっても、君が死ぬことを望んでも。
必ず俺は手を掴み続ける。俺たちの足に巻き付いているウィローの枝がその役目を終えるまでね。
「よーしまずはランジェリーショップ!」
「だから離せと、おい、おい!………誘拐と叫ぶぞ」
「なんでそんなことには頭が働くんだよぉ、やめてっ!」
まあ誘拐と言われたところで見た目これだからなあ。
女の子二人がじゃれ合っているようにしか見られないだろう、多分。いろんな意味で悲しくなる事実だけどね?
ううむ、溜息が出てしまう。
口から幸運を垂れ流すと、ついでに俺のお腹の虫が騒いだ。ぐぅ~っと割と大きめに。
「あっ。いや、何も食べてなかったからさ。んー、そういえば朝ご飯も食べてないね」
「マツリが私に服を無理やり着せていたせいだろう」
「あれは楽しかったです………こほん」
水蓮が俺を見る目がジト目になっていたので話題を切り替える。
「予定変更だ、先にご飯にしよう」
「―――マツリに任せる」
あら拒否しないんだ。
それにちょっと嬉しくなりながら、別の方向へ向かうために水蓮の手を引いた。実は前々から気になっていた喫茶店があるんだよね。
今回は折角だからね、そこに行くことにしようか。
***
「いらっしゃい。おや、美人姉妹だねぇ?」
「………姉妹ではない」
「あら、そうなのかい?なら親子か!」
「………親子でもない。まあ、いい」
おや、諦めましたね水蓮さん?
上目遣いに顔を覗き込んで小さく笑うと、握っている手を思いっきり圧迫されたってちょっと待って痛い痛いっ!
左腕は今特に痛いから!トリスケルの紋様がかなり活性化しているんだから!
「うう、ゃ、め」
涙目になりつつお願いする。
そんな俺を見ると水蓮は普通に手を放してくれました。
なんだかんだいって優しいからね、うん。水蓮さん、優しい、くすん。
そんな風に痛みながらも手を放していない俺も相当変ではあるんだけどね。結局今も手を繋いだままだし。
恐らく店主である恰幅の良いおばちゃんは、そんな俺たちを見て口を大きく開けてにこやかに笑うと、メニューを渡して外の席へと案内した。
三つの椅子が一つの丸テーブルを囲んでいる形の席だ。庇の下なので日陰になっており、街を歩む人たちを眺めることが出来る席だった。
「あの、室内でもいいんですけど」
「何言ってんだい、あんたらみたいな美人さん二人組、次の客呼ぶために外に出すに決まってんでしょ!」
「あはは、客寄せパンダ扱いかー」
「サービスするから、ね?頼むよ」
「………まあ、いいですよ」
実際どこでもいいというのが本音である。いや、水蓮に人を知ってもらいたいという今回の街訪問の真の目的からすれば、こうして人の営みを眺めることのできるこの席は特等席と言い換えてもいいだろう。
それでサービスしてもらえるというのは寧ろ俺たちにとって得である。
「で、注文はなんだい?もう少ししたら聞きに来ようか?」
「いえ。俺は珈琲とサンドウィッチを。彼女には………紅茶とサラダを」
「あんたらその胸の大きさなのにそれしか食べないのかい?」
「胸は放っておいてください!地味にセクハラですからね?!」
「はは、悪かったよ。まあ、でかすぎなのも当人には欠点になるってことかい。すまなかったね、でもあんたは美人だよ、私が保証するさ」
「それは、どうもです………」
胸だけではなくお尻まで成長を始めている気がする現在、あまりたくさんご飯を食べない方が良いかもと思い始めてきた。
ダイエットのために過度な食事制限をする女の人を、昔はなんでそんなことを気にするんだろう、ぽっちゃりしていても可愛いのになんて思っていたけどこれはあれだね。
―――自分が自分を許せない系のものだよね!
ああ過去の自分をぶん殴りたい!女の子の気持ちをもっと考えろ、だから結局彼女の一人もいないまま女になっちゃうんだぞ!
はあ………一通り内心で自分を殴りつけ、溜息と主に肩を降ろす。
少しだけ顔を上げて水蓮を見ると、彼女は人通りの多い街並みをじっと、少しだけ柔らかな表情で眺めていた。
その視線の方向を追いかける。
仕事に向かうのか早足になっている男性や、おしゃべりしながらゆっくりと街を歩く男女。
ケーキの入った箱を大切そうに抱えている子供に、親の手を引いて急いで進もうとしている………子供。
横顔をじっと見つめる。
優しく、けれど少しだけ悲しそうに。もう己の手では触れられぬ宝物を眺めているかのようなそんな表情だと思った。
本当に君は、子を愛していたんだね。
「はい、お待ちどうさま!ゆっくりしていっておくれ?いや、本当にゆっくりしてくれていいから!」
「ありがとうございます」
「………変わった関係性なんだね。今はあんたの方が年上に見えるよ。ま、深くは踏み込まないさ」
水場での仕事のせいだろうか、荒れた掌で料理を置き、手を振って去っていくおばちゃんに小さく会釈する。
そうだね、確かに俺たちは変わった関係に見えるのかもしれない。
でも本質は一つだよ。魔法使いと、俺たちの隣人であるあちらさんということ、それだけだ。
良い香りを発する珈琲を口に運ぶと、目の前に置かれた料理にも気が付かずに人間を見ている水蓮に再び視線を向けた。
君の心の奥にはまだ、人が好きだという気持ちが残っているんだろう。だからこうして一心不乱に見続けることが出来るんだ。
本当に殺したいだけなのであれば、そんな澄んだ表情で人を見られるものじゃない。