再度、今度こそ沐浴
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そんな夜の宴は一夜草の如く過ぎ去って、日も昇り始めた朝方。
俺たちは今度こそ、きちんと沐浴をしていた。前回は水蓮が逃げだしたものだから途中で終わってしまっていたし、血液なども浴びていたため、多少身体がべとべとしていたので一度しっかりと浴びておこうと思ったのである。
泉に落ちたにせよ洗い流したわけでは無いからね。どうしても残るものは残るのだ。あと汗とかもある。
体臭に関しては問題なさそうだけれどその代りに血の匂いがするのは、街に降りるというのにあまりにまずい。まだそれなら体が臭い事の方がマシかもしれない程。
水蓮はあちらさんなので別に汚れはしないけれど、ウィローの魔法があるから一緒に入らないわけにはいかないのである。
まあ本人が水辺好きだし、嫌がってはいないからね。その点はよかった。
「すいれーん?流石に泉の中央は深いよー」
「私が溺れるわけないだろう。人の姿であることに惑わされるな」
泉の中心方向へと歩いていく水蓮に一応呼びかけるとそう一蹴されてしまった。
そういえばアハ・イシカは水の中で生きることが出来ましたね。人の姿を取っていても水蓮はアハ・イシカというあちらさんであることに変わりはない。
自然の水の中で窒息するなど有り得ないことだろう。
ちなみに俺はあまり泉の深い場所には行かないようにしている。別に金づちというわけでは無いよ?
単純に身体が痛いからである。治癒促進のため、お腹とかには包帯も巻いているし。
水蓮にも巻かれているから地味にお揃いみたいになっている。なんで治す方の俺まで怪我人しているんだろうね、不思議だね。
「………うーん」
それにしても水蓮の人間体は綺麗すぎる………。
双方一糸まとわぬ姿というやつなのだけれど、やっぱりすらっと伸びた脚が水面を揺らし、潜っていく様は大人の身体つきを持つ水蓮だからこそ映えるのだ。
水鏡に映る天女の如く、と言えば大体想像が付くだろう。長くまっすぐな白髪と豊満な身体が調和しているのは見ているだけで吐息が零れるよ。
彼女は両手で水を掬い、喉を潤す。日も昇りきっていない、この朝露すら流れ込む泉の水はとても冷たく、口に含めば自然の持つ魔力も相まって美酒にも負けず劣らずの味わいとなるだろう。
うーん。………ああいう仕草を俺がやってもねぇ。根本的に背丈が足りていないから、そんな印象は与えないだろう。
精々少女が戯れている、程度かな。或いは年齢不詳の少女に見える何かが泉に潜んでいる、みたいな?
どちらにしてもろくな印象じゃないですね。
「髪もまっすぐじゃないしなぁ」
前世より変わらずの癖の強い髪質は、今は水に濡れたことによってさらに爆発力を高めております。
ぴょんぴょん跳ねているのは今日は諦めよう。いや普段から諦めているんだけれど、ミーアちゃんとかシルラーズさんがセットしてくれるので多少癖が弱くなっているのである。
―――胸はあるんだけどなぁ。背がなあ。
大人の身体つきである水蓮よりも俺の胸は大きい。なにせまだまだ成長中。いや本当にそんなに大きくならなくていいんだよ?
男だった頃は巨乳も好いてたけど自分がなってみれば肩凝るし普通に重いし邪魔だしで良いことがないのである。下着もいいものが見つかりにくいし。
お尻はそこまで成長はしていないけど、安産体型である事実に変わりがないのはとても悲しい。元男なのになあ。
今じゃ男だった名残なんて口調しかないよ。見た目から察することなんて不可能だよ、くすん。
ちょっとした悲しみと怒りを込めて、爪先で水を蹴飛ばす。
足で水をかき分ける感触と垂れた水が太ももまで伝っていく感じが楽しくて、もう何度か水を飛ばした。
「秘部が見えているぞ」
「うぇっ?!」
いつの間にか泉中央から戻っていた水蓮に思いっきり股の間を見られていたので、ちょっと顔を赤くしながら手で隠す。
せめて言葉は心の中にしまっておいてください、恥ずかしいので。
内股を閉じてもじもじさせていると、何故か水蓮が顔を近づけてきた。
「あ、あのー水蓮?どしたの、ちょっと離れよう?」
俺は身体が痛いのであんまり動きたくないんだけどねぇ?
止まるようには言ったけれど当然のように無視して近づいてきた水蓮はそのまま顔を近づけてきた。
うん、あの流れだとちょっとばかり口にしがたい場所を見られるのではないかと心配だったけどそうではないので一安心。
………いや。別に身体は同性だし良いんだけどね、見られる分には。
あの場所は、というべきか基本俺の身体は癖の強い髪の毛以外はつるっつるなので、処理とかしていないし。
「お前は不思議な存在だな。見た目は女児でありながら行動が無邪気だ。あまり女を感じさせない」
「あまりっていうのはちょっと不満ではあるんだけどね?」
内面は男ですから。最近忘れられているけど一応、男ですから!
「だというのに、稀には泉の乙女のような………或いは古い母のような貌をする。そして時には生娘のように照れる」
「うん待って生娘は余計だよ!」
そうだけどさ!確かに生娘だけどさあ!
ところで俺の外見年齢って普通の人から見るとまさによくわからないとされているようだ。見る人のイメージによって多少上下するらしい。
単純にこの身体云々もあるんだけど、シルラーズさん曰く俺自身の心や在り方も年齢がよくわからない理由の要因の一つであるとか。
結局少女に納まる年齢に見られる事実に変わりはないけどね。というかそろそろ生理とか来るのかなあ………。
痛いとだけ聞くそれ、できれば味わいたくないけどまあね、それこそ生理現象というやつですから。来たらきたで覚悟はしておくつもりです。と、話が飛んだ。
「その貌はお前自身のものだ、マツリ。肉も皮も関係あるものか。お前の魂が、性質がその貌を生み出している。本当に変わった人間だ」
「―――はいはい。どうせ俺は変わった人ですよーだ」
唇を尖らせていじけると、水蓮はそのまま言葉を続けた。
「変わってはいるが、それ故にお前は美しい。名が現す茉莉花のように」
「美しいって言われてもなあ。水蓮を見た方がみんな綺麗って言うと思うよ」
「私のこの身体はお前を基にして生み出したものだ。お前から生じた美しさはお前を超えることはない。それに、私はただの肉体の美醜を言っているのではない」
「う、うー?」
水蓮が言いたいのは結局何なのだろうか。
内面とかを褒められたってことなのかな?
でも俺は基本的に自分がやりたいことをしているだけでしかないから、ただの我儘な人間としか言えないだろう。そんな人間である俺の内面が綺麗とは決して言えないのでは。
ああいや、違うか。人の内面の話ですらないんだ。そもそも水蓮は人間の表層なんて興味がない。
こうして思う心理の内側すらこの仔にとっては表層だから、水蓮が言っているのはそう―――本質的な存在の仕方、なんだろう。
自分でも完全に理解することのできない、無意識に潜む性質。まあ、それが綺麗って言われたのなら嬉しいかな。
ま、同じくらい変わっているとも言われているわけだけどそこは都合よく忘れさせていただきましょう。
帽子の縁を指ではじいて見えやすくなった、俺によく似た水蓮の顔を仰ぐ。
「存在を褒められたのなら嬉しいよ。綺麗なのかは俺自身にはわからないけど、君がそう思ったのならきっとそうなんだと思うから。ありがとう、水蓮」
そして手を伸ばして、癖のない白い髪をゆっくりと撫でた。
「まったく、そういう所だ」
「う?」
ぼそりと何かを呟かれたけど、ちょっと聞こえなかった。小首を傾げていると、溜息を吐いた水蓮はさっさと泉からあがってしまった。
俺も魔法で水気を飛ばすと後姿を追う。
さて、軽く朝食を取ったら街へと行きましょう。水蓮は人をもっと知る必要があるからね。それがもう一度君を傷つける刃になる可能性もあるけど、それでも治らない病を抱えるよりはずっといい。
そう。徐々に体と精神を蝕む呪いという病よりはずっとね。
包帯の奥へと視線を向けてから、空を見上げる。うん、晴れていてお出かけ日和だ。今日はいい日になるといいな。