俺、家を貰う(仮)
「それなら、私も一緒に行こう」
「いや私一人で十分……」
「お前の基準で選ぶととんでもない汚部屋になりそうだ」
「おいまて」
汚部屋……だと。
白衣、そして学院長という肩書に似合わないその単語。
おもわずシルラーズさんのことをじっと見た。
「おい、マツリに変な目で見られているぞ。まったく、違うからな、私のはただ本でいっぱいなだけだ」
「そのいっぱいの規模がおかしいだろう!あの豪邸のすべての部屋を本で埋めるとか阿呆なのか?!」
「何を言う、本がたくさんあることに何の問題があるというのだ!」
「多すぎだといっているだろうが!限度というものがあるわ!」
本に溢れた生活というものに憧れたことはあるが、なるほど……。
実際にそうなって見ると、周りからは当然変な目で見られるわけですね。
「読み終わったら捨てるなりあげるなりすればいいだけの話だろう……」
「まだ読んでない本がたくさんあるのだ」
「それを何年繰り返している?」
「…………む」
さすがに黙ったシルラーズさん。
問題はすでに最小が年単位ってことだけどね。
どれだけためてるんですか……。
「ま、まあそこまで言うならミールにもついてきてもらうとしようか」
「当然だな」
「ミーアはそのまま、魔法に関する基礎だけ教えてやってくれ。そういうの得意だろう?」
「分かりました。姉さん、いい部屋をお願いします。くれぐれも学院長にまるめ込まれないように注意してくださいね」
「はっは、私が丸め込むなどするわけがないだろう?」
「…………は?」
「おい」
今の「…………は?」は、本当に心の底から出た”は?”であった。
ミーアちゃん……。
「まあ、マツリ君。少しばかり都市部からは離れてしまうが、そこだけは了承してくれ」
「あ、はい。全然問題ないです!」
むしろ家を探してくれるというのに何をいやだということがあろうか。
汚部屋でさえなければ何も問題ない。
しいて言うなら……。
「あのー、家賃とかはどうなりますか?」
「そんなものあるわけないだろう?」
「えっ」
「これも事情あってのことだな。ついでにいくつかの手付金も用意する。君は魔法使いになる……ならなければいけないからな。いくらか金がいるだろう」
「いやそれは本当に悪いですし……」
「では命令だ。金を受け取れ」
「えー……」
また命令されてしまった。二回目ですね、これ。
そこまで俺なんかの面倒を見る必要があるのか?
いや、絵本を見るに千夜の魔女に関することはかなり慎重になっているきらいがあるし……。
―――いろいろと受け入れることにした。申し訳ないけどね。
「じゃあ、お願いします……」
その申し訳なさは、別の機会にきっちりとお返しすることにする。
うん、絶対にだ。
「では、行ってくるよ」
「ミーア、あとは任せる」
「はい、お任せを」
軽く手を振ってお二人が部屋から去っていった。
うむ、さっきから出たり入ったりが多い気がするな。
「さて!勉強しないとねー」
「おや?なまけないのですね」
「うん?まあ、なんか楽しくなってきたし」
なにせ魔法など……ファンタジーのド定番といったものだ。
資料を軽く読むに、ラノベの魔法ほどには簡単に使うことのできるものでは無いようだけど、むしろそれがいい。
数学以外……つまり計算がなければ勉強も嫌いではないし。
それに、シルラーズさんは俺は魔法使いにならなければならないといっていた。
どういうことかといえば、俺のこの身体などいろいろと魔法を学ばなければいけない事情があるということなのだろう。
俺は完全に素人だし、まだまだ子供。
事情を持つ大人には従っておいた方がいい、というのが考えだ。
長い物には巻かれろ、とも言う。
「それに、絶対に俺の身になるだろうし」
「ええ、それは間違いなく」
魔法……学べば、人生の役に立つはずだ。
ミーアちゃんも断言してくれたことだし、真面目に取り組むとしますかね。
そんな感じで、俺は本格的に魔法を学ぶ決意を、意外にもかるーく決めたのでした。
***
「とはいえ、ここじゃ本格的な勉強は無理かー……」
いや、場所自体は勉強にはもってこいの建物なんですけどね。
なにせ、ここは魔術魔法の知識が結集する学院とのこと。
魔法学院……というのだったか。とりあえず、蓄えられている知識の量と質で、ここに勝てるような場所はそうはないだろう。
問題は、今俺は病室にいるということである。
隔離病室のようだが、それゆえにこの場所は、本格的に勉強をするには狭く、またここの生徒でも無い俺には本の借り出しなどもそうはできないために、魔法に関して本当に深く学ぶことはまだ無理そうである。
そもそも、身体中が痛くて歩けない状況だし。
実際のところ、本をめくるのも少し大変だったりする。
男の意地として、そのあたりは見せないようにしているけれどね。
「……では、読み聞かせということでよろしいでしょうか?」
「え、いやいや、自分で読むよー」
「手」
「……えぇっと、手がどうかしましたか……?」
やっば変な敬語になった。
「痛いのでしょう?」
ばれていました。
……あれぇ。
「ばれてた……?」
「さっきから指の先を擦っていますよね」
「う……」
痺れのような痛みのため、つい擦ってしまっていたのだが……。
的確に見抜かれていたらしい。
ミーアちゃんの観察力すごいですね。
「先ほどの羊皮紙を貸していただけますか?」
「貸すなんてとんでもない」
そもそもミーアちゃんから頂いたものである。
「では、まず魔法、魔術の種類に関してでよろしいでしょうか」
「ばっちこー」
「まあ、紙もペンもまともに握れない状況ですから。子守唄程度に聞いておいてください」
確かに手元に紙ないし、そもそも俺今握れないのは事実だけども……。
さすがに子守唄扱いはできない。
いずれ学ぶことだし、しっかり覚えないとな。
「まずは、古くよりあるものを。ドルイド……というものをご存知ですか?」
「えーと、ケルトの司祭……森の魔術師、だっけ」
「大体あたりです。まあ、簡単に纏めればケルトの秘術を扱うものです」
「その秘術が魔法ってことですね!」
「はい。ケルトの術はほとんどが魔法です。妖精たちの近くにある者達ですので」
また出た妖精。
魔法には必ずといっていいほど妖精の要素が付属している。
「妖精が近いとなんで魔法なの?」
「そういえば説明していませんでしたね。大気中にある魔力……大精と呼ばれるそれは、妖精たちが生み出し、循環させているのです」
「空気みたいに?」
「はい。魔法使いはその大精を用いて技を使いますが、魔術師たちは己の生み出した魔力、小精と呼ばれるものを扱っているのです」
「それが魔法と魔術の違いってことか」
誰かの生み出したものを扱うか、自分で生み出したものを扱うか。
それだけの違いともいえるかもしれないが、これは全くの別物だ。
なるほど、魔法と魔術というように、二つに分類されるはずである。
なにせ、種別が全く違う。
「魔法が川の水を使うのに対して、魔術は水鉄砲を使うって例えであってる?」
「間違ってはいません。こういった特徴から、魔法使いが大きな力を扱うが調整が難しい、魔術師は細かい調整ができますが、大規模な現象を起こしづらいというイメージが定着しています」
調整か。
規模なら間違いなく川の方が優れているが、これを林檎一つを動かすのに……という条件を加えると――なるほど。
その条件下ならば小回りの利く水鉄砲……魔術師の方が向いているだろう。
でも、この場合気になるのは……。
「イメージ?」
「ええ。魔術師はその特性上から大きなものを起こしづらいというのはあっていますが……魔法使いはきちんと努力し、学び、慎重に行えば細かい調整も可能です」
「……ただし、手間がかかる、と」
こくんと頷いたミーアちゃん。
そうだよな、絶対量はあるのだから、あとは術者の努力次第でどうにもできるはず。
実際、御伽噺の魔法使いはみな細かな薬効をもつ薬を生み出しているのだから。
「そういった調整ができるかどうか――それは、魔法使いの力量を表わす一種の能力表になっています。できないということは、見習いレベルですね」
「俺はそれ以前の問題だけどねー……」
そもそも魔法に関して全くの素人である。
「まあ、魔術師はそれよりも数段深く、細かいところで現象を発生させているのですが」
「……?」
「それは学院長からお聞きください。私は魔術に関してそこまで詳しいわけではないので」
「はーい」
シルラーズさん曰く、俺は魔法使いらしいが、魔術師のことも知りたい。
こういった知識は大好物だ。特に意味もなく知りたくなる。
ラノベやアニメ好きにとってはこう言うものは空気と同じようなものなのだ。
「そして、魔法の扱い方なども今度でいいでしょう。私は魔法使いでもありませんし」
「それにしては詳しくない?」
「必要に応じて調べましたので」
ミーアちゃんぐう有能。
魔法とかの知識は書物などに多量にまとめられており、膨大のようだが……。それを必要に応じで調べ上げ、記憶できるというのはやはり情報処理能力がずば抜けている証なのだろう。