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飛び進む渦の道



***






早く、速く。

いや、あちらさんの道………妖精の通り道は時間の流れからは若干逸脱しているため、普通に急いでも意味がないのだけれど。

実際にワープするための道を作り出しているわけではなく、世界の裏側とでも呼ぶべき場所に繋いで、そこからさらに行きたい場所へと移動するのが基本的なものだからね。

この妖精の通り道という、古くからある魔法はあちらさんがよく使う移動魔法なのだが、この魔法を使えば例え世界すら(・・・・)違くとも、対象を移動させることができるのだ。

その代わりに移動にかかる時間は、下手をすると数年から数百年という途方もない大きさの振り幅で変化するから、慣れない人が使っていい魔法じゃない。

俺や、或いはあちらさんならば自在にこの道を使えるだろう、しかし例え魔法使いであっても、普段使いであちらさんと同じこの道を使うのはやめた方がいい。

………下手すれば迷子になるからね。時間という感覚を失い、場所を見失えば結果として、存在そのものが意味消失する。

本来人間が通れる道じゃないのだ。魔法使いであっても、俺のような特殊な事例を除いて人間であることに変わりがない。だから、使わない方がいいのです。ん、というか俺………妖精の通り道についての知識、この前より増えているような。使ったことによって”魔女の知識”が活性化したのか。


「シェーンの作った道とは違うね………」


当然ではある。種が違えば道も違う。

まあ、そもそもとして。あの娘は守るために異界を作り上げたけれど、それは道の作り方としてはちょっと違う。

シェーンが変わった使い方をしたのであって、本当の使い方は水蓮のものが正しい。

と、そんなことを考えつつ、渦巻く水の中を杖を箒代わりにして走り抜ける。

閉じようとしているその渦を抑えているのは、先ほど作り出した鍵の花。渦の内側に張り付き、それ以上に道が閉じるのを妨害している。

―――すぅ、と。

思いっきり息を吸い込んだ。そして目を開く。


「攪乱するために道を複数作るなんて、悪い子だなぁ」


俺が飛び走る渦の道。

目線の先で、その渦がいくつかに分かれてしまっているのが見えてきた。

水蓮はあのどこかに飛び込み、そしてそれ以外の道は別の箇所へと繋げ、追いかけられないようにしているのだ。

けど残念、水蓮………俺はとてもとても、鼻がいいんだよ。

君の香りの全てを覚えている。清流と森の香りを。血の混じった鉄のような匂いを。

………それとは別に君から漂う、ナニカ(・・・)の異臭を。


「行って」


杖を手で叩く。すると白い煙霧が立ち上って、俺の命令に従って複数ある道の一つへと飛び込んだ。

血の匂いがするということは、水蓮。君、傷が開いているだろう?

そうじゃなければここまで強くは香らなかったはずだ。君が本来持っている自然の香りと同列に扱うことはなかったはずだ。

煙霧が伸びた先に、光り輝く水面が見えた。迷わず飛び込み、浮上する。

水しぶきが上がって、けれど俺の身体に水が纏わりつくことはなく湖上へと。

………どこだろう、ここ。俺が来たことのない泉だ。


「『風が運び、天が見る。曇る玻璃、通し見る物は瞳の花』!!」


―――アイブライト。

そう呼ばれる薬草の魔法を唱えると、微弱に俺の瞳が輝き始めた。

物理的に、である。具体的に言うと、翠玉色の光が強くなった感じかな。

名前に”アイ(eye)”と付いているように、このアイブライトというハーブは目に関しての効能を持っているのである。

呪的にも、実際の効能としてもね。

………煮出したものを薄く瞼に塗ると、このハーブはその人物に不思議な透視能力を授ける。

例えば千里先を見たり、或いは密室の中を覗き見たり、ね?

他にも使えるけれど、とりあえず今はこの効果だ。それ以上の魔法効果を使うと、ちょっと時間と負担がかかる。


「………ん」


ああ、案の定というか。

本題である水蓮からはちょっと離れるけれど、ここより遥か遠くにある果ての絶佳………あれ、見えない(・・・・)ね。

絶佳そのものは見える。けれど、その奥底が千里眼を以てしても見通せないのだ。まるで翠蓋の森のように(・・・・・・・・)

まあ、つまりはそういうことである。俺も機会があれば行くかもしれないね。


「えっと、それはともかく。俺が来たところがあそこで………街があれかっ」


元々俺が療養地に選んだ泉も、街からそれなりに離れていたけれど………というか俺の家自体が街から少し離れている………ここはそれ以上だ。

なにせ、街がクッキー程度の大きさにしか映らないのだから。街から見れば南東の方角。なるほど、鉄道駅の向こう、東側に大きく聳えている果ての絶佳が目に入るわけだ。

ここはもう、妖精の森と普通の森林との区切りに近いだろうか。

ちなみにその区切りは、翠蓋の森と妖精の森との区切りに比べれば曖昧なものだけれど、アストラル学院にとってはその曖昧さこそに大きな意味がある。

アストラル学院は、その広大な敷地の一部が森に面している。薬草や時として実習であちらさんたちと触れ合うために。アストラル学院が、街の中でも巨大で有名な建物なのに、街のどちらかといえば南の端近くに建っているのはそれが理由だ。

で、そんな訳で森と繋がっているアストラル学院だけれど、あちらさんは魔術師をあまり好かないからね。協定である程度なら入ってもいいけれど、流石に過度に入るのはみんな怒るのである。

アストラル学院が、所有する土地としてあちらさん達から許されているのは、そんな普通の森と妖精の森の境界の曖昧な部分だけなのだ。大きな意味とはそういう事。

それはいいとして。水蓮、あの仔………随分と大きな距離を跳躍したみたいである。身体への負担もすごいだろうに。

しかも、だ。まだまだ跳躍をするつもりらしい―――。


「待ちなさーい、水蓮ー!!」

「………早いな。腕がいい」

「ありがとっ」


なお、普通に会話をしているけれど俺の位置は出現地点の泉であり、水蓮がいるのは一キロ程度先の別の泉である。

魔法を使って遠距離で会話をしているだけであって、実際に声を聞いているわけではないのであしからず。

さて、ここから一瞬で水蓮の元に行くのは厳しいかな。困ったことに魔法で妨害されている。

無理矢理突破することもできるけれど、それはそれで水蓮に魔法を返さないようにすり抜けるように突破する、となると難易度が格段に跳ね上がる。

なにせ既に目視されている。ヘーゼルの冠の魔法も、流石に水蓮ほどのあちらさんとなると見破られてしまうだろう。


「だが、来るな。お前には関係のないことだ」

「………むぅ。関係はあるけど?」

「関係ない。お前は―――我が子を知らぬのだから」


そりゃそうですけど………首を突っ込むのは俺の性分だから、知らなくても関係ないと言われても、それでも俺は関わり続ける。

嫌がられても、だ。その先の結末として、俺がかかわることで不幸になるという終わりでさえ無いのであれば、より良い方向へ向かうように無理矢理お節介を焼き続けるのだ。

ぽたり、ぽたりと。水蓮の白い毛並みから血が滴る。やはり傷が開いている。

なのに水蓮は向かおうとしている―――恐らく、自分の居た森に。

もう復讐する相手はいないのに。その魔術師は、街を管轄する魔術師たちが始末した。責任を持って………なんていうのはちょっと違うけれど。

彼らは彼らの街を脅かす原因を排斥し、その行為を責任と呼んだけれど、水蓮にとっては復讐を為さなければ、子を失い、守れなかった責任を果たすことができない。

………そう、つまりだよ。

水蓮はもう、二度と子に対しての責任を果たせない。今回、最も大きな問題はそこなのだ。

シェーンは。あの娘は責と約束を守るためにあの家を守護していた。その場所こそがあの娘の思い出であり、価値のある全てだったから。

水蓮は、守るモノすら最早ない。そして、それなのにシェーンと同じく、復讐する相手がいない。

―――此度に関しては、子の元に送るなどという選択を取れるわけがない。あちらさんに恋した魔法使いの青年が願い、彼女もそれを望んだあの時とは状況が大きく違う。

水蓮にとって死は救いではない。殺すことも、殺されることも、双方含めて。死にまつわることではあの水棲馬を救うことはできない。だって、あの二人はあくまでも、共に最後まで寄り添うために冥府の道を共に歩むことを良しとしただけなのだから。

………残念なことに、この現実というものは、嫌な魔女が死んだから物語はハッピーエンドを迎えました、なんていうまるで童話のような簡単な話ではないのだ。


「でもまあ、それを考えるより先に追いつかないとね!」


再び水蓮が泉に道を開く。

………普通に追いかけても無理かな、これは。ならば俺も俺で道を作り、先回りするだけだ。

相手が見えず、行く先のコースすら不透明なレースなんて無理難題もいいところだけれど、やってみせましょう。

なにせ俺は千夜の魔女の力を持つ魔法使い!多少の無理なら息を吹いてどこぞへ飛ばして差し上げますとも。

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