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二人でご飯のお時間です






***





「んぁ………う?」


目を覚ますと、視界が真っ白だった。

しかもふわふわもこもこでとてもあったかい。


「………アハ・イシカの毛並みって」


とてもしっとりとしているように見えたけれど、実際に触れるととても柔らかいんだね。

さて、ではなんで俺はそんなもこもこの毛皮に包まれているのでしょうか?

周りを見渡すと、どうやら俺の身体はアハ・イシカによって、守られるように真ん中に寝かせられているらしい。

しかも、眠りについた時は草花の生い茂る地面に直接横になったはずなのに、今はアハ・イシカの首元が枕のようになっていて、傍から見ると白馬に寄りかかって眠るお姫様のようになっていた。

………いや、自分でもこの例えはどうかと思うんだけれどそうとしか表現できないんだよね。

鼻をすんすんと動かせば、夜に入りかけたような香り。

気温が下がり、冷たい夜風が混ざり始めた冷凛なそれであった。

そろそろ月や星が見え始める時間帯だろうか。結構長い間眠っていたらしい。

まあ、今日はちょっと身体への負担が多い魔法なんかも使っていたし、そのせいもあるのだろう。


「あ、やばい。ご飯とかいろいろと用意しないと………」

「起きたか小娘」

「うん。ありがと、暖かかったよ」

「ふん………」


そっぽを向く彼女の顔に両手を伸ばして、優しく触れる。


「ねえ。君の名前を考えたんだ」

「要らん。人間如きが私を定義するな」

「えっと、君の毛並みから考えたんだけどね?」

「………話を聞け、小娘」

「綺麗な白色でしょ、だからねー、君の名前はー」

「………話を聞けと言っているだろうが、おい」


ふふふ、マツリ………と名前で呼んでくれない限りは俺は反応しませんよー。

にっこりとアハ・イシカに対して微笑んだまま、俺は会話を無理やり続ける。


「―――睡蓮だ。いや、字として表すならば、水の蓮のほうで………水蓮。美しく湖上にある白い花」

「聞け、小娘。おい」

「つーん。名前で呼んでくれないと答えませんよー」

「………マツリ」

「なにかな、水蓮(スイレン)?」


日本では未草(ひつじぐさ)と名が付けられている、純粋と潔白を意味する花の名を与えたあちらさんが、初めて俺の名前を呼んだ。


「名など、要らぬ。人間が私に名を付けるな」

「んー。俺は半分人間じゃないから、つけてもいいんじゃないかな?」


暖かなアハ・イシカ………水蓮の天然布団からのそのそと這い出ると、テントの中に顔と手を突っ込んで調理用具を取り出す。

キャンプ用品、この世界にもあるか心配だったけれどシルラーズさんに聞いたら、正確にはキャンプ用品ではないけれど………というか存在しない………似たような、旅人が使っているものを手配してくれたのだ。

魔術、いや俺の場合は魔法で燃料や薪などは代用できるタイプの、ちょっといいやつを貸してもらったので、今からわざわざ薪を拾いに行かなくてもすぐに調理ができます。

サラマンダーとかに頼めば早いのだけれど、水蓮は弱っている姿を見られるのが嫌そうだから今回は自分だけで何とかする。

ここまで運ぶ時にはみんなに頼んでしまったから今更ではあったりするのだけれどね。まああの時は仕方ない。


「それでも、半分は人間だろう………」

「あはは………そういう方面の意味で捉えられたのは初めてかも」


人間は、人間と違う部分にこそ目が向いてしまうから。

それは俺自身もそうだけれど、半分人間じゃないという事実ばかりが先行していて、まだ半分は人間であるという事実を忘れていたなあ。

うん、まあ。どちらにせよ、人間でも人間じゃなくても俺がする行動に変わりはないんだけどね。

などと考えながら、小さな三脚の中心に宝石が付いたような土台………簡易焜炉を取り出し、適当な平地に置く。

そして一緒に取り出しておいた鍋をその上に置く。

焜炉に乗る程度のサイズということで、鍋自体も小さいんだけど、男だった頃よりも確実に少食になっている俺と、怪我をしている水蓮ならこのハンドボール程のサイズの鍋でも十分足りるでしょう。

………多分だけど。


「それはなんだ」

「これはね、調理器具だよ。今からご飯作るから待っててね」

「………せめて、その姿勢はどうにかしたらどうだ、小娘」

「つーん」

「………マツリ。以外と面倒だなお前」


それは君が異様に頑固だからだよ?

俺のせいだけじゃないからね、そこだけはきちんとわかってください。

とまあ、それはともかくとして。

確かにスカート履いているのに胡坐をかいて座るのはちょっとはしたないのは事実だよね。

というか、そもそも地面に直座りしているのが良くない。


「………うん。よし―――『編み上がれ』」


魔法というよりは命令に近いそれが、草の地面を叩いた杖の、ふさりという小さな音と共に響く。

すると、草の根や木の根が成長を始め、簡単な椅子のようにその姿を変えていった。


「ありがと、皆」


あちらさんはいないけれど、この妖精の森は、半分があちらさんのようなものである俺にとってもかなり居心地がよく、そして実家のように心が落ち着く場所でもある。

魔法も、周囲に魔力が大量にあることもあり非常に使いやすいのだ。

俺は自分で魔力を生み出し、使用することができるけれどそれはそれとして、魔法使いである以上周囲に魔力があった方がなにかとやり易いのは事実なのである。

よいしょ、と声を出して、自分で生み出した椅子の上に座ると、今度は杖を焜炉の三脚の下から通し、中心にある宝石へと近づける。

柘榴石のように赤いその宝石に対して、自分の魔力を流し込むと、宝石を中心として優しい熱が発生した。

ちょっと魔力の調整が大変だけどね。いやあ、なにせ………流し込みすぎると爆発してしまうので。


「普通はそんなこと無いらしいんだけどなぁ………」


魔法使いと魔術師の差だろうか?

うーん、よくわからない。とりあえず、予め用意しておいた、近くを流れる川の水を鍋へと入れて、野菜と香草を煮込む。

妖精の森の水ともなれば、その水質は非常に綺麗であるため、腹を壊す心配はない。安心安全のお水というわけだ。そもそも煮沸しているけどね?

水蓮はアハ・イシカという種族のあちらさんなので、お肉は確実に………極一部の部位を除いて………食べることはできるだろうけど、今は呪いに侵されている状態なので食べさせない。

多分身体が受け付けないからね。

あちらさんは人間とは明確に違うとはいえ、生物に変わりはないから。当然、弱っているときに重いものは食べさせない方がいいのである。


「ということでできましたー。水蓮の分もあるよー」


そんな訳で完成したのは、簡単なスープとパンという簡素な食事。

簡素というか質素というか………うん。


「マツリ、当たり前のように私をその名で呼ぶな」

「だーめ。名前は大切だよ………ところで、どうやって食べようか………」


さっきから顔で俺の背中をぐいぐい押している水蓮。

この仔に作ったご飯を食べてもらうには、そもそもの体の作りが違うという困った点を乗り越えないといけないわけで。

………魔法で人の形にすることはできるし、アハ・イシカというあちらさんは、この妖精の森のプーカほどじゃないけれど姿を変えることはできる。

けど、嫌がるだろう。特に人間の身体になることは間違いなく。

俺はまだ、水蓮に心を開かれている方なのだ。普通の人であったのならば………仮に魔法使いだったとしても………水蓮は容赦なく攻撃性を露わにしていた筈だ。

このあちらさんが負った傷というのはそれだけ深く―――今も、瞳の奥にある仄昏い澱みは、人間への憎しみによって生まれているものであることが嫌でも理解できる。

子を、亡くしたのだ。親としての傷はどれだけのものだろうか。

俺には、それを想像することすらできない。だって俺はまだ。自分の子を為したことがないから―――。

未熟だなあ、本当に。


「………マツリ?」


水蓮が俺の顔を見て、少し困惑したかのような声を出す。


「ん、どうしたの?」

「どうかしたのか、と。聞きたいのは私の方だ」


温度を感じる舌が俺の片方の頬を舐めると、しょっぱいと呟く水蓮。

そして首を振ると―――その姿を変え始めた。


「………いいの?」

「仕方がない」


そう割り切ってくれるけれど、人の姿(・・・)を取ることを強制してしまったようで少し悪い気分がするなあ。

俺と同じように白く長い髪を持つ、大人の女性が俺の横、先ほど作り出した簡易的な樹の根と草の葉で編まれた椅子に一緒になって腰掛ける。

水蓮が変化したものであるその女性は、俺の髪と違って真っ直ぐなロングヘアであり、本来の姿で持っているしっとりとした毛並みと同じように水の香りを纏っているかのような、清純な気配を感じさせた。

………これで、子供一人いたのかぁ………いや、あちらさんなんだからもちろん人間とは違うんだけれど。子を一人産んだからって、身体の形は明確には変わらない筈である。


「顔をまじまじと見るな」

「おっとと、ごめんごめん。………はい、お皿」

「ああ」


そうして、食事が始まった。

特に会話こそは無かったけれど、だからといって緊張する時間というわけでもない。

こうして、日常に近い行動を重ねることもまた大事なのだ。


「………ん」


スプーンを口に放り込みながらふと思った。

ああ、水蓮のこの姿。

俺の姿をもとにして作り出しているのか。

髪の毛質こそ違うけれど、白い髪に俺がさらに成長したような、未来の姿とも呼べる大人の女性の身体つき。

瞳の色合いこそ違うけれど、逆にいえば年齢と目以外は俺と瓜二つだ。

そう、それこそ傍目から見れば親と子にも見えるような。

俺よりも高いところにある彼女の顔を盗み見る。

水蓮と、俺自身が名を付けた彼女の姿を、きちんと見る。

―――姿を変えたからといって、傷口が塞がるわけではない。プーカだって、傷を受ければ変化してもその箇所は傷を負ったままになる。

美しい姿の水蓮は、しかしその腹には変わらず大きな傷口が痛々しく存在していた。

………優しい君。人の思いを汲み取り、誰かのために行動を起こせる君。

水蓮。君は、憎しみだけに溺れてしまっていい存在じゃない。だから―――命に代えても、君の呪いを消し去ろう。

君にかけられた、そして君自身がかけた呪いを。

ああ、ところで――――。


「………いや。まだ放っておこうかな。今はまだ、ね」

「何か言ったか、こむす………マツリ」

「なんでもないよー。あ、お代わりいる?」

「いらぬ」

「少食だなあー」

「お前が言うな、お前が」


確かに俺も全然食べてないですけど。

うん。正直に言うと最近食べるのは押さえていたりする。だって、胸だけは成長しているんだもの………!

これ以上大きくなっても困るんだよ、下着だって変えるの、というか買いに行くの大変なんだから!

お腹周りに肉が付かないだけマシではあるけど、胸の成長は元男としては少しばかり微妙な気持ちになるのだ。

もうこの身体に慣れたとはいえ、そこからさらに変化するとなれば、それはそれでまた別の感情が浮き上がってくるものなのである、くすん。

いや。うん、そんなうじうじした思考はさて置いて―――次は、水を浴びるとしますか。

もちろん、二人でね。





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