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森の奥地でキャンプをしましょう



***







………アハ・イシカが目覚めた。

とはいってもまだまだ眠そうだけどね。

起きた後もずっと瞳を閉じたままの彼女に、俺は優しく語りかける。


「具合はどう?まだ痛む?呪いは強いから解呪するには時間かかりそうなんだよね」

「………煩い小娘だ。静かにしろ」


うん、かなり不機嫌でした。

………それはいい事だ。感情を放出できる程度には意思があるわけだから。ちょっとだけ、普通よりも違う意味で刺々しい気はするけどね。

あ、いや俺は別にひっきりなしに話しかけているわけじゃないのですよ?包帯を変えるときや、何となく痛みに耐えている様子の時だけ話しかけているのだけれど、その度にこんな感じで煩いと怒られてしまうのである。

煩いと、そういってくれるのは、身体に気力もまた存在するという事だから、それ自体はいいんだけれどね。

呪いは普通の病とはまた違う厄介さを持つ。

俺は医師ではないが、魔法使いではあるので呪いの厄介さについては少し理解があるのだ。いや、そもそもの話として、俺自身が呪われているわけだし。

それはともかく。

………呪いは、必ずその呪いをかけた相手がいる。

それは時として人間であり、魔術師であり、魔法使いでありあちらさんであり、怪異であり―――旧き龍であり。

自然そのものに呪われることだってあるだろう。滅多にない症例ではあるけれど、そう。

例えばガウェインと緑の騎士の物語。

あれはかの有名なアーサー王伝説に登場する円卓の騎士ガウェインの武勇を象徴する物語の一つであるのだが、あれに登場した全身緑色の姿をした騎士というものは、魔法によって緑の騎士という存在にされていたとされる。

緑の騎士とは、つまるところ自然と森の力が姿を為したものだ。

当然その力は個人程度の魔術や魔法を簡単に凌駕し、不死の存在としてあることを決定付けられる。

騎士の中でも頂点に近い力を持っていて、聖剣であるガラティーンを手にしていたガウェインですら首を落としてなお殺せなかったのだから、相当なものだろう。

そんな力を持つ存在を作れるのは自然そのものによる呪いしか有り得ない。

自然からしてみればそれは子に対する祝福だったのかもしれないけれど、まあそこは当人の感じ方次第ってものだから深くは突っ込まないことにしよう。

兎に角、呪いは病と違って、必ず単独で発生することはないという大原則があるわけだ。


「相当な欲だよね、これだけ後を引く呪いっていうのは」


小声で呟いて、アハ・イシカの身体に巻かれている包帯の下の傷口を思う。

その魔術師というのは、いったいあちらさんの肉体を使って何をするつもりだったのだろうか。

確かに俺も含めてあちらさんの身体は様々な効果効能をもたらすことが多く、それは貴重な魔術的素材として機能する。

魔術師とあちらさんの仲が悪くなった理由というのはそのあたりもあるし。故に街や土地を管轄する魔術師や魔法使いは、他の魔術師を管理することが多いんだけれどね。

管理を怠った結果、あちらさんと魔術師との全面戦争なんてことになったら目も当てられない………魔女狩りなど生温いと思えるほどの悲惨なことが起きるだろう。

と、そんな訳で素材としてあちらさんを扱おうとする輩は同じ人間からも狩られる対象と化すわけだけれど、そうまでして達成したかった願い、思いとは何だったのだろうか。


「―――そもそも、この呪いは………一人のものなのかな」

「ぶつぶつと独り言が喧しい。静かにできないのか」

「う、ごめん………」


おっとと、考えていることが口から零れてしまっていたようだ。

森の中(・・・)で人の気配がないからつい、ね。

―――そう、森の中だ。

ここは妖精の森の奥地に当たる場所であり、普通の人間どころか魔術師たちですらそうは侵入することができない場所なのである。

一旦、俺の家の前まで転移した後、プーカに声をかけてみんな(・・・)を集めてもらったのだ。

みんなとは、ピクシーを始めとしたさまざまなあちらさん達である。いや、あの子たちはふわふわ飛んで輪を描いていただけなんだけどね。

バンシー………シェーンとは別の子………やシルフ、エアリアル、ノームにルサルカ。

顔を合わせたことすらない子もいたけれど、そうやって手伝ってもらってアハ・イシカをこの森の奥地まで連れてきたのである。

本当に治癒を加速させたいならば環境を整えるに限るけれど、俺の家でそれをやろうとすると幻術によるものしか手段がなくなるからね。

見せかけの物よりは本物が近くにあるのだからそこまで行った方がいいのは当然のことだろう。

………俺もしばらくの間はこちらに滞在することになるから、テントや治療に使う道具なんかを丸々一式持ってきたわけだけれど、これは最早軽くキャンプしている気分です。

お風呂などは流石に持ち込めないから、ここにいる間は近くの泉を使って水を浴びるくらいしかできないのは、ちょっとその、女の子………の身体を持つ男としては!微妙ですけどねっ!


「は、ぁ………ぅん………」


一つ大きな欠伸が出て、少し傾いた帽子の位置を直す。

妖精の森は自然豊かで、小鳥の囀りや川のせせらぎといった自然本来の音がとても耳に入る。

なにせここは人間が手入れをしなくても自動的に環境が整っていく、本当の意味での自然………天然林ではなく、その上位である完成された森林である原生林である。

それ故に魔力は濃く、しかし息苦しさはないという生命の力に満ちた場所なわけだ。

そんなところで木漏れ日に照らされれば、どうしたって眠くなる。


「俺も、一緒に眠ろうかな………」

「一人で寝ろ、小娘」

「えー………いいじゃないか。一人より、二人の方がいいでしょ?」

「………」


あ、黙り込んだ。

ということは、心の底ではそう思っているってことだよね。

全く、素直じゃないなあ。


「―――あ。そうだ………」


包帯を巻いた左手を撫でながら、ぼんやりした頭で忘れていたことを思い出した。


「起きたら………名前をあげないと、ね………」


いつまでもアハ・イシカという種の名前で呼んでいては、何かと不便だから。

きっと君はとても嫌がるだろうけれど、これもまた仕事として大事なことだからね。きちんと受け取ってもらうよ。

名は存在を確立させる鍵。だから、君に似合う名前を考えておいたんだ。

―――美しい白き水棲馬。

………気高く壮麗に在る君。

まあ、それはともかく。今は眠るとしましょうか。


「お休み………」

「………無防備な小娘だ」


微睡む意識の中で、ふわふわの感触が俺を包んだような気がした。


キリのいいところにしたらちょっと文字数が少なくなってしまいました………。

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