木造列車
「この街は古くから妖精との関わりがあった。妖精の森に近く、翠蓋の森の長である枯草の龍から譲渡された土地であったがゆえに、彼らもこの地を好んでいたのだ」
神聖な土地には、それ相応の力を持つモノが集まる。
龍脈や地脈と呼ばれる概念だ。
大地の真下には星の生み出す膨大な魔力の流れが、まるで地下水のように存在しており、それは地上にも大きく影響を齎している、というやつ。
魔術師たちは、自分だけでは足りない魔力をその地脈から溢れ出る魔力で代用することもあり、古く強力な魔術師ほど土地を多く所有しているのはそういった理由があったりするのである。
ちなみに、魔法使いの方も地脈の管理は行う。けれど、元から自然の魔力を扱うことのできる魔法使いにとっては、地脈そのものはただの魔力の放出孔の一つ程度の認識でしかなく、あくまでもその魔力を悪用されないように、或いは特殊な地であるために守護が必要なため守り人としてそこにある……などなど、資源としての利用はしていない。
地脈の魔力も、地表に長く触れればその土地の魔力になってしまうからね。真に腕のいい魔術師ならば土地そのものに細工を施して、地脈の魔力を大量に扱うことができるけれど、あまりに地脈を使いすぎれば土地そのものが枯れる。
魔力は生命の根幹にかかわる力だからね。
あ、どうやって魔力を魔術師が使えるようにしているかというと、簡単なこと―――まだ誰のものでもない魔力を、自分が触媒として扱えるものに蓄積させるのだ。
魔力の倉庫を携える感じだね。魔力炉が生み出す魔力は最大値があるけれど、物品や宝石などに魔力を溜めれば上限など存在しない。魔術師は皆この蓄積を細かくしているものだけれど、土地所有者はもっと大規模に、大量に行えるのがとても大きな利点になるのだ。
………ただ所有しているだけではなく、所有権を主張できる土地の代理者、即ち”主”と呼ばれるような存在になれば、先も言った土地の魔力を自分に集めることすらも可能になるんだけど。
でも、これは人間には荷が重い。いい選択とは言えないかな。
「魔術師も多かったが、魔法使いも多かったこの街は、なんだかんだ言っても妖精との距離が近い。本来仲の悪い魔術師である私と、妖精の代表者であるプーカが同じ場所で話せているのがその証拠だろう」
「ん~。それはシルラーズさんがいい人だからだと思いますけどね」
「はは、褒めてくれるのは嬉しいが、私は魔術師………人格的な非人間さ。それは誰よりも自分が理解しているとも」
なんて笑いながら言っているけれど。本当に、シルラーズさんはいい人だと思うけどなあ。
魔術師だから人として歪んでいるとは言えない。普通の人だから誰も彼もが人として正しい場所にいるとは限らない。
だってそれは………人間性は善と悪の所在のようにあやふやで、すぐに移ろうものだから。
「さて、話を戻そうか。そんな奇妙な状態だったこの街だが、その在り方を他の街や国家が許容できるかといわれればそうではない。………マツリ君ならばわかるな?」
「―――はい」
記憶に新しい赤い夢。数多の人間とあちらさんの人生を傷つけた血みどろの戦い。
異端審問は魔術、魔法が浸透した世界においても存在していた。いや、今もいるんだけれど、昔は特にその力や征服性が強かった。
魔法使いも魔術師も異端として追い立てられ、あちらさんも住処を追われたものがたくさんいたのだ。
魔物や怪異についての研究、秘術への理解が今よりも薄かった時代だ、知らない現象をよくわからないもののせいだといってしまいたくなる気持ちはまあ、分かるし。
人間ならそう思うのも仕方ないのだ。人はそこまで強く居続けられないからね。
「流石に戦争はしたくなかった。だが、魔術的な取引の場は必要だ。この場所は、そのために作られた公的な裏取引のための空間………裏駅舎、という訳さ」
「地上の、通常物資が行き交う表駅舎に対して、地下の魔的な物品を取り扱う裏駅舎。なるほど、考えられてますね。………公的な裏ってだいぶ意味おかしいですけどっ」
それはともかく。
………確かに、これだけの結界が張られていれば異端審問の捜査の手すらも掻い潜れるだろう。
優秀な魔道にかかわる者たちが多く集まったこのカーヴィラだからこそできたことだね。
苔生し、パラパラと表面が剥がれている石煉瓦。長い時代を見守るこの子たちは、古くからこの街を支える、まさに縁の下の力持ちという訳か。
うんうん。いい子いい子、と撫でるように石壁に触れると、しっとりと冷えた感触が返ってきた。
「ふむ、そんな事情があったのか。初めて知ったぞ」
「ミールは聞いてこないからなあ。ミーアはすぐに問い詰めてきたぞ」
「………使えるならばそれでいいだろう?」
姉妹の性格の差がすごい。わかってはいたけれど、すごい。
由来をきちんと知りたがるミーアちゃんと、そこにあることに深い理由を求めず、あるのだからそれでいいと割り切るミールちゃんか。
どちらの方がいいとは言えないからね。それぞれの考え方というものである。
と、話もひと段落した辺りでこの通路の果てが見えてきた。いや、違うか。シルラーズさんが話をちょうどいい長さで調整したんだろう。
地味にそれ難しいと思うんだけれどねぇ。
「ん―――」
三人分の足音が止む。
地下の通路を進んだ先に現れたのは、一見するとドーム状の巨大な部屋だった。
そして強い風が顔を叩く………暴れる髪を抑えつつ、その風を生み出した原因に目を向けた。
「………蒸気機関車?」
地下のこの空間に侵入してきた巨大な質量。それによって空気が押され、突風を生み出したのだろう。
黒い色をした体躯を持つ、あまり目にしたことのない列車―――うん、ちょっとだけテンション上がりました。
だって蒸気機関車だよ!?SLだよ!普段目にする機会なんてないし、地球ではほとんど引退してしまって動いている所を見るのはそれこそごく一部の観光地くらいしかないようなものだよ!
別に鉄道オタクというわけではないけれど、男………いや、元男………として気になるのは当たり前だよね!
「お前、無駄に目を輝かせてるな………列車がそんなに珍しいか?」
「うーん、蒸気機関車は珍しいかなぁ」
「列車は蒸気で走るものだろう?他に何があるというのだ」
「うん?魔力機関車なんかもあるにはあるぞ。高級品で扱えるものも少ないから、目にすることはないがね。何せ動力を動かすだけで金貨数千万は飛ぶ」
「数千万っ?!」
いったいそんなもの、何に使うんだろうか。
それはさておき。
当の俺たちの話題の中心となっているこの蒸気機関車。動力を積んでいる車両である機関車は俺が写真で見たことのあるまんまの姿………丸い胴体に煙突、下には車輪と車軸が付けられている金属の塊………なのだが、その機関車に牽引されている客車の方が少しばかり特殊な仕様となっていた。
まず、第一に木製なのだ。それは客車の実際に乗客が乗る場所が、という話ではなくその客車の骨格からレールの踏面を実際に走る車輪まで、全てが、である。
………濃い樹木の香りの中に魔力の残り香を感じる。魔術、いや魔法で補強された木材が使用されているのか。
数台の客車は全てその特殊仕様で作られているのだが、その中に一つだけ。大きな魔力を発している客車があった。
これは結界による魔力の気配だけではない。封じてあるはずの客車から漏れ出ている魔力も合わさり、ここまで強力なものとなっているのだ。
「ミールはここで待っていろ、あそこへは私とマツリ君だけでいく」
「分かった。強い気配が酷く漂っているからな、気を付けろよマツリ」
「うん。ありがと、ミールちゃん」
背後で剣にそっと手をかけるミールちゃんに笑顔を向けると、杖を握りなおしてその魔力が濃く漂う客車へと向かう。
その途中、ドーム状の駅、その線路の先に目が向いた。
本来続ているはずの線路は、途中で途切れていて。その代りに、俺の嗅覚に外の空気の香りを届けてきた。
ああ、あれは偽装魔術なんだ。幻術の狭間をこの蒸気機関車は走ってきて、そして帰っていくのだろう。
小さく息継ぎをしてから、客車に付けられた横開きの扉に手をかける。
触れると小さな圧迫感。それを無理やり押し破ると、ぱきっという音が鳴り、扉にかけられていた閉じ込めの魔術が解除された。
「準備はいいかな、マツリ君。………君が治療する相手との初面談と行こうじゃないか」