果ての絶佳
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さてさて、飛んで数日。
色々とあちらさんを迎え入れる準備などを(なんとか)整えられた俺は、ミールちゃんに連れられてカーヴィラの街の東、街と街を繋ぐ門である鉄道へとやってきた。
「なんだかんだ言って、俺初めて鉄道に来た気がするなあ」
「そうなのか?まあ、この街から出るわけでもなく、物資のやり取りに関係がある職に付いているわけでもないのならば確かに利用はしないか」
納得したようにうなずくミールちゃん。
それだと俺がかなり引きこもり気質のように扱われている気がするんだけど……おや。
二人で歩調を合わせて……合わせて貰って……歩いていると、人々や木箱が多数往来する巨大な木製の建物の奥に、山のようなものが見えてきた。
いや。見ようによっては丘にも見えるか。ただし、どちらとして考えるにしても横方向に異様に長いのだけど。
あれは実は俺の家からも見えるのだが、山というには低いし丘というには大きすぎるため、不思議な地形だなあといつも疑問に思っていたのだ。
ついでに言うと、少し―――懐かしいような、親しみのあるような気配も感じている。
兎にも角にも、目に見える通りの普通の地形というわけではなさそうなのだが、はて。
「ミールちゃん、あの山……丘?みたいなのって何なのかなぁ」
「あれか。あれは、ふむ。実態を言えば、非常に巨大な崖だ」
「……崖?」
あれが、崖?なんかものすごい盛り上がっていますが。まあ、確かにあのせり上がった分が途中で途切れているのであれば立派な高さの崖になるだろうけれど。
「あのなぁ、一応言っておくと、目に見えて盛り上がっている程度の高さなんぞではないからな?……目では確認すらできないほど地中深くまで続く崖だ。奈落の穴、と言われるほどにな」
「え。あの盛り上がり分以上に深い穴があるの?!」
「そういうことだ。……学院長やカーミラ様は”果ての絶佳”と呼んでいたがな。我々一般市民からすれば山のような何かとして、”偽山”と呼んでいる」
偽山かぁ。
うん、俺の感じていた不思議な感覚というものは正しかったようだ。
本来の地形の隆起ならば、隆起した地形と地形の狭間に崖なんてできないだろうし。
プレート同士がぶつからなければ大地は盛り上がらないし、ぶつかったのであれば密着しているのが常である。
崖自体は波触、海蝕と呼ばれる波や川の自然による浸食作用によって形成されるけれど、隆起している、すなわち今から山脈が生まれそうになっている地形にその作用があるなど有り得ない。
確かに盛り上がっている最中でも、隆起した以上は浸食基準面……河川などが流れる最低高度……が上がるため、削られはするけれど、あんな局地的に、しかも本来盛り上がりぶつかっているはずの場所だけ大穴になることはあり得ないだろう。
第一として、川が通っているようにも見えないからね。
浸食に依らない不可思議な崖で、尚且つ大地すらその場所を覆い隠せない、星の活動である隆起からすら逃れられる地点、となれば―――ふぅむ、成程ねぇ。
果ての絶佳という言葉も、あの崖の正体を補足する内容にはなり得た。
「ありがと、疑問は解けたよ」
「そうか」
ミールちゃんって、自分が相手に対して何か施したことを一切誇らないよね。それが当たり前だと感じているように。
……一見ぶっきらぼうだけど、面倒見がいいんだよなあ、この子。
聞けば聞くほど細かく説明してくれて、それを嫌だと言わないんだもの。
「なんだ、無駄ににやにやして。気持ち悪いぞ」
「えっ?!……きもち、悪い……?」
「やめろ悲しそうな顔をするな悪かった」
雑ではあるけれど、帽子越しに頭を撫でてくれました、ふにゅう~……。
って、違う違う俺の方が年上なんだけど!?これおかしいよね、おかしいよね?!
……う。まあ、いいか。気持ちいいし。癖っ毛がぴょこぴょこはねるのを細めになって眺めていると、呆れたような声で俺たちを呼ぶ人が。
「ちょっとお二人さん?遊んでないで早くこっち来てくれないかね」
「あ、シルラーズさん」
「やあ、マツリ君。そしてミール、マツリ君で遊びたくなるのは分かるが、一応―――私も今回は仕事で来ていてるからね。護衛として頼んだぞ」
「遊んでいたわけではないのだが……というかお前に護衛がいるのか?」
「もちろんいるさ。私はか弱い……ふむ、違うな。あー、あれだ、不養生な魔術師だからね」
か弱いという印象は自分でも違和感に思ったみたいです。……まあ、うん。
シルラーズさんからか弱いというイメージは、ないなあ。その点に関しては俺も大概だけどさ。
不養生という言葉もあまり当てはまらない気がするけど。護衛が必要には見えないっていう意味合いのミールちゃんの言葉はその通りだと本当に思います。
まあ、割と失礼な感想はこのあたりにして、このあたりで仕事モードに切り替えるとしましょうか。
ぱちっと頬を両手で軽く叩くと、シルラーズさんの揺れる白衣の背を追いかける。
「ではついて来てくれるかな。……大事な大事な積荷は向こうにある」
***
「おおー、駅の傍にこんな場所か……」
シルラーズさんに続いて歩くこと数分。
俺たちは眼前に大きく広がっていた駅舎……ではなく、そこから少々離れた別の建物へと移動していた。
いや、その建物は多分カモフラージュだ。しかも物理的なものだけではなく、人払いも兼ねた魔術が込められた特別なもの。
魔術に対する魔術も同時にかけられているようで、この人払いの魔術そのものを探知することも難しいという代物だ。
複雑な匂いが入り交じって、一言では表しにくい香りとなっている。……強いて言うなら、カレー、みたいな?
濃いスパイスが多数混じった料理で有名なものだとやっぱりカレーが出てきてしまうのだ。でも近いのですよ。あ、意味合的な話ね?
実際にカレーの匂いがするわけじゃない。
「マツリ君ならば気が付いているかもしれないが、ここは複数の結界に守られた特殊な場所だ。駅舎にも地下があり、この通路と繋がっているのさ」
「ここを使うとはな。まあ、今から運ばれてくるものを考えれば妥当な判断か?」
「……あちらさんは、決して危険な存在じゃないんだけどね」
適切な距離感というものだ。
今回のアハ・イシカに関しては、確かに普通に考えれば危ないと判断するのは当然ではあるのだけれど。
特にこの街の治安を、そして領主を守る役割をになっている騎士と、街を代表する程の魔道を追い求める学院のそのまた長となれば尚更に。
「そうだね。妖精は元来、全てが全て人間に牙をむくようなものではないと分かっているさ。それでも、彼らにこれ以上人間への悪い印象を与えないようにするにはこうするしかない」
「あちらさんを普通の人の前に出すわけにはいきませんからね」
魔術、魔法が浸透していても、万人が皆魔術を使えるわけではないし、あちらさんと関わりがあるわけでもないのだ。
怪異と呼ばれる、あちらさんとは似て非なるものもいるし、千夜の魔女の生み出した魔物という正真正銘の怪物もいる以上、ただ秘儀の恩恵を受けているだけの一般人では彼らとの判別をすることができず……。
結果として、あちらさんにより大きな傷を与えてしまうことや、俺たちへの悪印象を感じてしまう可能性すらある。
だから、妥当な判断なのだ。ちょっとだけ、不服ではありますが。
かつてはあちらさんとは隣人という関係であったというのに、時代が進んでこうも距離ができてしまうとは……うん。正直言うとちょっとだけ、悲しいかな。
「……この街は、昔から妖精や魔術師たちとの秘密のやり取りが多くてね。この通路はそのために作られたものだ。ほら、壁を見てみるがいい。古い石造りのものだとわかるだろう?」
俺の気分を紛らわせるためか、シルラーズさんがこの通路ができた理由についての昔話を語ってくれた。
三人分の足跡がコツコツと鳴る中で、大人の女性の美しい声が語り部のように響く。
それにつられて壁を見てみれば、確かに少々古びて崩れている箇所があるような、簡素な石煉瓦によって大部分の壁が構成されていた。




