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灰狼

 灰色の路地を走り抜ける。背後からはおれが通った入り組んだ道を押しのけ砕きながら巨大な人型の装甲が追う。

「逃がしはしない! ここで仕留める!」

 金属が擦れぶつかる音と共におれの命運を絶たんとする男の声が届く。追撃から逃れるために入り組んだ道を選んだはずだが、人の家ほどもあるあのロボットもどきに対しては効果が薄かったようだ。グネグネ曲がりながら走るおれと障害物を破壊しながら突き進む奴との距離はどんどんと縮められていた。

 残りの切れるカードは少ない。出来れば使いたくなかったが出し惜しみをしてツールを抱えたまま死んでは本末転倒だ。ここは攻める!

 背後から飛んでくるビーム兵器による攻撃を一気に加速して躱し、付近で最も大きそうな建物の影に飛び込む。追っ手は今まで通り無人の野を行くがごとく建物を破壊した。

「奴がいない……?」

「ここだァ!」

 突如追っていた相手が消えたため動揺した瞬間をつきロボットの頭部と同じ高さまで飛び上がる。

「喰らえ……っ!?」

 必殺の一撃を撃つべく右腕を引き構えたおれに左右から衝撃が走る。自らの体を見れば二つの金属のアームに拘束されていた。

「アームビットと言うらしくてね、2基しかない上特別切ったり撃ったりはできないけど遠隔操作で動かせる兵装さ。君が奇襲を狙っていることは分かっていたからこっそり先回りさせておいたよ」

「なるほど……! いいもん拾ってんじゃねぇか……!」

「そりゃどうも」

 負け惜しみを一つ放つも相手は気にする様子もなく右腕のビーム兵器をおれにつきつけた。ダメージこそ少ないがこのアームビットとやらのパワー、とてもじゃないが振りほどけそうもない。

「しょうがねぇ、こりゃどうしようもないな」

「おや諦めたのかい? じゃあお望み通り……」

 ニヤリと笑うおれ。

「ああ、諦めたぜ……」


――"龍王の一息(ドラゴンブレス)!!"――


 おれの口から放たれた青い灼熱の炎はロボットの銃身から胴体を焼き溶かしつくした。

「お前のツールを回収するのをな」

 持ち主が死亡したため目の前の焼け残ったロボットとおれを拘束していたアームビットは光の結晶となり消えた。

 このツールは一切の予備動作無く一撃必殺の炎を放つことができるツールだ。緊急回避用として優秀である一方で威力が高すぎるため相手を消し炭にしてしまい相手の持つツールの回収ができなくなってしまった。出来れば他の方法で仕留めたかった。切り札を切ったうえに戦利品が無しでは割に合わない。

「……油断した分の手数料ってことにしとくか」

「じゃあこっちの手数料も払ってもらえるかしら?」

 聞こえてきた声に反射的に飛び退くとおれの立っていた場所は激しい雷撃によってえぐり飛ばされた。

「さっきのバカが見晴らしよくしてくれたおかげで狙いやすくなったわ」

 声のした方を見ると数多の崩れた建物のさらに向こう、人工河川のその先の建物の上に、上部に淡い緑色の球体を挿げた杖を持った女が立っていた。なるほど、あの杖型のツールから雷撃を飛ばしてきたのか。

「どこかのバカが消し炭にしちゃったのは計算外だったけど……まぁノーリスクで一人仕留められるなら十分よね」

「ハッ、バカはどっちだ」

 先ほどから癇に障る女だ。せっかくの売り言葉に買い言葉を熨斗つけて返してやる。

「なんですって」

 遠くからでも表情が変わったのが分かる。そして女は体勢を変え杖を少し上げた。臨戦態勢に入ったか。

「まだ身を隠す場所はいくらでもあるんだよ!」

「なっ!」

 近くのまだ崩れていない建物へと飛び込む。ワンテンポ遅れて追撃の雷が飛んでくるがひらりと身をかわす。更に何か仕掛けてくるかと思ったが特に何もなかった。あの反応を見るにどうやら本当に想定外だったらしい。

 この戦場の建物の内部はパターンが決まっている。すぐさま2階へ駆け上がると窓から隣の建物へと飛び移る。更に同じように女の視界に入らないようビルの間を飛びながら移動する。


 ある程度の距離を移動したところで一息つく。外と変わらない灰色のコンクリ部屋の隅へと移動し死角を極力排除する。安全を確認したおれはほんのり冷たいコンクリ壁の感触を感じながら腕に装備されたデバイスを立ち上げる。するとホログラムが浮かび上がりメニューが表示された。

 項目は5つ。MAP,STATUS,TOOL,BACKPACK,LINK,RULEだ。おれは一番上のMAPをタッチするとメニューを構成していたホログラムはバラバラになり拡散、再構築され周辺の地図が現れた。

 それと同時にピコンと音が鳴り響く。マップ上に赤い点が表示されている。これはこの地点に新たな支援物資が投下されたことを示している。大体現在地から数百メートルと言ったところか。おそらくそこが先ほどの女との決戦の地になるだろう。


 おれは冷静に現在の状況を思い起こす。この戦場のルールとして数時間ごとにランダムに物資が投下される。この戦いの参加者たちはその物資と支給品である右腕のデバイス、護身用のナイフを使って生き延びなければならない。物資の中には食料などの他にツールと呼ばれる物が含まれている。ツールは人知を超えた様々な力を持ち、おれたちの生命線であり争いの種でもある。ツールを巡って殺し合いをした結果命を落としたりツールを消費したうえに碌でもないツールを掴まされることも頻繁にある。

 そして誰がどんなツールをいくつ持っているか、これを知られることは死に直結する。おれを仕留めそこなったあの女は確実におれを殺しに来るだろう。


 不意に何かが崩れる音がしておれはびくっとなる。窓、階段にすぐさま視界を移し周囲の気配を探る。入り口を一望できる位置取りをしているため誰かが入ってくればすぐにわかる。しばらく進入口をにらみつけたが変化は起きない。おそらくがれきが崩れただけだろうと判断した。

 再びおれは思案する。投下された物資を囮にして逃げてもよいがこちらも先ほど数少ないツールの中でも切り札のカードを使ってしまった。あのツールは残弾が一発しかない消費型だ。ここで物資から新たなツールを補充しておかなければじり貧になって死ぬだけだ。

 現状としてはあの女より先に回収し、女を返り討ちにして奴のツールもいただく、というルートが理想的だ。回収後逃走、もしくは女を仲間に引き入れるという案もあるが後々しつこく追われることや後ろから刺されることを考えれば論外だ。

 方針は決まった。デバイスを終了しホログラムの消失を見届けてからおれは動き出した。


 目的地にはすぐに到着した。2階から飛び込んで迎撃されてはたまらないので1階の入り口から様子を伺いつつ侵入した。見たところ女はまだ到着していないようだ。

 慎重に2階へと上がる。階段の影から様子を伺うとコンクリ部屋には不釣り合いのメタリックな箱が中央に鎮座していた。脇に抱えられる程度の大きさのそれを素早く持ち上げ部屋の隅へと移動する。

 周囲を確認してから中を開く。中には食料と水、そしてお目当てのカードが入っていた。デバイスを起動、現れたメニューから今度はTOOLを選択する。ホログラムが変化し現在おれが所持しているカードの一覧と起動、排出の文字。手持ちのカードをデバイスの挿入口に差し込むとツールの名前と効果が表示される。

 ツール名"衝撃の拳"、効果は――

 再びが鳴り響き雷撃が飛ぶ。とっさに物資の入っていた箱を投げつけ盾にする。バチバチと大きな音を立て金属製の箱は軽く砕け散った

「クソッ、タイミングが悪すぎなんだよ!」

 悔し紛れに壁を右手で思い切り殴る。痛い。階段から指ぬきグローブにをつけ杖を持った右手が現れる。その主は勝ち誇った顔の雷撃の女。あんなシャレオツアイテムもってやがったのか。

 杖を掲げながら部屋の中央まで歩いてくる。おれと奴の間には粉々になった箱だけで遮るものは何もない。

「わたしあんまり運動が得意じゃないのよねぇ。チョロチョロ逃げないで大人しく塵になりなさいな」

「言ってろ三下風情が……」

 根拠のない強がりではない。奴の雷撃は奴が右手に持っている杖から発射されている。あの長い杖を取回すのはなかなか難しいはずだ。つまり接近戦に持ち込めばこちらが有利。相手の初動を見切って雷が放たれる直前に回避を行い、すきを見て詰める!

 おれが前傾姿勢を取るとすぐさま杖をかざす女。いかずちの通った先は虚空。紙一重で躱し一気に距離を詰める。微修正をした女が第二射をつがえる。次なる死の槍を空を舞い乗り越える。

「跳ん……!?」

 予想外の跳躍力に目を見開く女。そのまま重力を味方につけ拳を叩きつける。女はギリギリのタイミングで後方へ回避しおれの右手は床にひびを入れるだけに終わった。

「ふぅ、ちょっとびっくりして後ろに下がっちゃったじゃない」

「下がったんじゃなくて下げさせられたんだよ。このおれにな」

 涼しげな顔をしていた女の顔がぴくっと反応する。

「ずいぶんと余裕じゃない。ツールも使わずに、わたしにはそれで十分ってわけ?」

「運動不足のデブにはそれでちょうどいいんだよ」

 激昂した女は返事もせず雷を乱発し始めた。回避に専念した結果部屋の隅へとじりじりと追い詰められていく。女もおれを追いつめるべくしてか少しずつ部屋の中央へ進んできている。

 が、そろそろ中央に戻ろうかという所で歩みを止めた。

「フフ、ここから先には進まないわよ」

 思わず舌打ちをしてしまう。

「ここ、あなたがさっき殴った場所よね。そのとき何か……罠のようなものでも仕込んだんでしょう?」

「……なんのことやら」

「とぼけても無駄よ。あなたの戦い方はさっきのロボ男との交戦でチェックしてるんだから」

 先ほどの動揺や怒りはどこへやらまたしても勝ち誇り顔に戻っている。

「こちらが油断して攻めた瞬間を狙って仕留める。それがあなたのやり方でしょ? さっきは軽く躱して接近してみせたのにそこを殴ってからは回避する一方。ツールで何かしたと誰だって気づくわよ」

 杖の先でひび割れた部分を指し示す。

「でもわたしはこれ以上進まない。まんまと挑発に乗ったと思ったかしら? 残念だったわね」

 杖をひび割れた部分より手前に刺して見せる。

「それが……どうしたァッ!」

 危険を顧みぬ愚直なダッシュ。女は一瞬ひるむがすぐさま雷で弾幕をはる。奴の言う通りもう雷の速度には慣れた。当たりはしない。そのまま奴の懐まで飛び込む! 奴の顔面に渾身の一撃を

「グッ!」

「かかったわね」

 お見舞いすることはかなわなかった。おれの体は殴りかかった体勢のまま完全に硬直していた。視界を動かすと奴を中心に淡く緑の光の円が広がっていた。いや正確には"杖の上部の球体"を中心にしてだ。

「その杖……雷を飛ばすツールじゃねぇな……!」

「ご名答、こっちがわたしがこれからあなたを殺す"天使の一指(セラフ・ライトニング)"よ」

 指ぬきグローブをくいくいと引っ張って見せる。なるほど、杖とセットにして使うにはいいカモフラージュだ。

それでこっちが――」

 女は淡い光を放ち続ける杖をコンコンと指で叩く。

「"停滞せし追憶(レミニセンス)"。これは設置型のツールでね、半径3メートル以内のわたし以外の人間の動きを一度だけ止めることができるのよ」

 体がほとんど動かせない。おそらくこいつがご丁寧に説明してくれた内容は正しいのだろう。クスクスと笑いながら女は右手を構え、一撃のもとに仕留めんと力を蓄える。

「罠を利用してうまいこと嵌めて倒そうとしたみたいだけど、策士策に溺れたわね。さようなら」

 一際まばゆい光と轟音が鳴り響く。目の前が一瞬にして移り変わり、おれは壁を突き破りビルの外へと吹き飛ばされる。落下していくおれの体。


 そしておれは女の前に再び現れた。

 驚愕に固まる女。その隙をつき女の胸にナイフを突き立てる。

「ぎっ……な、なんで、あん、た、が、目の、前に……」

 外へ吹き飛ばされたはずのおれが、部屋にいる自分の胸を突き刺している。その事実を女は今だに全く呑み込めていないようだった。

「おれが最初に廃ビルに逃げ込んだとき、雷撃を飛び越えたとき、愚直にダッシュしたとき。あんたは敵に予想外の行動をされると体が硬直するな。それを利用させてもらった。隙だらけだったぜ」

 口から血を吐きおれの体を必死につかむ女。少しでも抵抗してやろうと爪を立てているがそんなものは焼け石に水だ。だがその意地とご丁寧にツールの解説をしてくれた礼に応じて種明かしをしてやろう。

「先ほどおれが手に入れたツール、あれは"衝撃の拳(ワームホールフィスト)"と言ってな。殴った場所にポイントを設定し、いつでもそのポイントに飛べるようになるツールだ。本当に万力を込めて殴らないといけないのが玉に瑕だがな」

 ちらりと見たおれの右手は赤く血が滴っている。何度も使っていると腕がぶっ壊れてしまいそうだ。代償が重すぎて今後も多用はできないだろう。

「最初に、壁を殴ったのは……」

「悔し紛れ、と見せかけてポイントを設置してたのさ」

 ナイフを抜いて女を蹴り飛ばす。壊れた人形のように女の体は崩れ落ちた。

「雷が放たれた瞬間壁のポイントに飛び、雷が通り過ぎた瞬間、先ほど殴ってつけた床のポイントに飛びあたかも攻撃が直撃したかのように後方へ全力で跳ぶ。雷撃の光がいいカモフラージュになってくれてうまく騙されてくれたぜ」

 後は奴の目の前のポイントに再び戻りナイフを突き立てるだけ。仕留めたと思い一番油断した瞬間をつくことができた。

 血を拭いながら戦利品を漁る。女はこちらを殺してやると言わんばかりにギョロギョロと睨み付けていたがそのうち生気なく動かなくなった。杖のほうはもはや使用限度回数を超過したようで何の効果も発さないので捨て置こう。この使い勝手のいい指ぬきグローブは頂いていこう。名前はなんだったかな。


 すぐさま戦いの現場から離れた。戦闘後に同じ場所にとどまるのはこの戦場では愚の骨頂。先ほどのように漁夫の利を得んとする輩がやってくる可能性が非常に高いからだ。おれ自身他者の戦闘が終わった後消耗した勝者を闇討ちしたこともある。この近辺は廃ビルが立ち並んだ区画で敵を撒きやすい。ジグザグに曲がりながら一気に路地を駆け抜ける。

 ようやく一息つける場所まで走り切り足を止める。乱れた息を整えながらマップで周囲をチェックする。休憩の際にも警戒は必要だ。どこからツールが飛んでくるか分かったものではない。

 最初の男からはツールを奪うことはできなかったが次の女からは強力な武器を手に入れることができた。頂いた雷撃を放つ指ぬきグローブは今おれの右手にはめられている。この調子で相手からツールを奪いながらこの戦いを――いや、待てよ。

「そもそもなんでおれは殺し合いなんかしているんだ?」

「ようやく気づいたようだね」


 とっさに声のした方向へ右手を向ける。その手の先には黒いフードをかぶった人間が怪しげに突っ立っていた。少しでも動けば雷撃で消し炭にする。

 だが間違いなく先ほどまで背後には誰もいなかったはずだ。一体どうやったのか。おそらく何らかのツールを使ったのだろうが……

「ぼくはさっきから後ろにいたさ。これまでにも何度かあってるんだけど……きみは人殺しに夢中になってて気づかなかったみたいだね」

「なんだと」

 怒りを滲ませながら唸るも実際は図星だ。冷静に考えれば何故こんなに必死に他の人間を殺すことに執心していたのか。

 目の前の男はフードで顔は見えない。だがおれの葛藤を見透かしたように不気味にくつくつと笑っている。

「お前は何者だ! ここは一体どこなんだ! なぜこんな状況になっている!」

 こいつがすべてを知っているとは限らない。仮に知っていたとしてもおれに教えるはずもないだろうということは理解はしている。だが狂気の自覚による混乱がおれを愚直にさせた。

「なんだよ、ぼくを悪者みたいに言って」

 やれやれと言わんばかりに両手を上げてみせる。まだ幼さを残した声にいらだちを感じる。冷静になれ、こいつは何か知っている可能性もある。ここで殺してはダメだ。

 突如視界からフード姿が消える。

「きみが望んでここへ来たんじゃないか」

 驚き周囲を見渡すおれの頭上から声がかかる。すぐ近くの廃ビルの2階の窓から顔を出していた。かと思えば向かいのビルの屋上に。なるほど、瞬間移動系はなかなか理不尽なツールだなと妙なところで納得していた。

「ぼくは……そうだなぁ、きみたちにとって、天の使いか……はたまた神様か……」

「おれには悪魔の類に見えるがな。こんな舞台で訳知り顔でヘラヘラしてそうなのはいかにもサタンって風だぜ」

 おれの言葉にわざとらしく手で顔を覆って見せる

「ひどいなぁ、せっかくみんなの願いのために頑張ってるのにサタン呼ばわりだなんて」

 やはりこの空間を用意したのはこのフードの男のようだ。

「こいつを捕まえてすべてを吐かせる、って顔してるねぇ」

 思考を先読みされた。またしても何らかのツールか? ノーリスクで相手の記憶を読めるツールがあるとは思えないが。

「そんなにびっくりしなくてもいいじゃない。さっき言ったでしょ、ぼくは神様的なー……なんだっけ、まぁいいや。そういう存在だからさ」

「まぁこれからも頑張ってよ。最後の一人になるまで。君の願いをかなえるためにね……」

 伝えることは伝えた、と言わんばかりにフードの男は姿を掻き消した。

「おれの願い……!? おい、どういうことだ! 待ちやがれクソッタレ!」

 無人のビル街におれの声が響いた。


「あの……おにいちゃん、どうしたの?」

 自らの異常性や沸いて出てきた謎の男のことで半ば放心していて気付かなかった。いつの間にか近づいていた少女はおれの右手の袖をそっとひっぱっていた。

 うかつだった。ここは戦場なのだ。どれくらいの時間放心していたのか考えるだけでぞっとする。

 素早く振り返って少女の姿を認める。黒のドレスを身にまといコテコテのゴスロリと言った風体だ。そして頭には服装に見合わない狐の面がひっかけてある。

「ああ、いや、ちょっと考え事をな……」

 そう答えてからまたしても警戒が薄いことを自覚した。次の瞬間「よかった、じゃあお兄ちゃん、死んでね♡」と言われる可能性もあるのだ。と言うよりその可能性のほうが高い。余りにも無警戒すぎた。今までなら死んでいてもおかしくない。

「そっかぁ、お腹痛いんじゃないんだね。よかった」

 その姿やおっとりとした喋り方につい油断してしまったが幸いなことに敵意はないようだった。

「わたし、きつね!」

「は?」

 おれの目の前へ回り込むと堂々と宣言する。実は人間じゃなくてわたしきつねだったんですと言うカミングアウトか。

「名前だよ、わたしの名前」

「お前、きつねっていうのか?」

「うん! ここではきつね!」

「ここでは?」

「うーん、本当はちゃんとした名前があったような気がしたんだけど……忘れちゃった! だから拾ったこのお面をわたしの名前にしたの!」

 そういわれて自分も名前を忘れていることに気が付いた。無意識のうちに死闘に駆り立てられ、おれはどれだけのことを忘れてしまったのか、考えると気が遠くなりそうだった。

「お兄ちゃんの名前は?」

「覚えてないな」

「あはっ、きつねとお揃いだね! じゃあ、おにいちゃんの名前、どうしよっか!」

 どうやらおれの名前を決めることは決定しているようだ。おれはきつねの狐の面に目を向け、更に右手に移す。

「……指ぬきグローブ?」

「うー、可愛くないっ」

 背伸びしながら精一杯の不服のサイン。その姿はきつねというよりは黒い兎といった感じでこの殺伐とした空間には全く似つかわしくなかった。

「そういわれてもな……」

「動物とか色とか、うーん、うーん……」

 はっきり言ってさっさとここから離れたくはあるのだがこんな子供を置いていくのは忍びない。が、名前を決めないとこの子は梃子でも動きそうにない。なんとなくRPGの名前を聞いてくるNPCを思い出した。


 これからおれはどうするか。この異常な灰色の世界で、自称神とやらにそそのかされたまま一人で人殺しを続けるのか。

「決めた」

 いや、そんなの既に決まっている。おれの選択は反逆だ。このクソッタレな世界の神を打ち倒し、真実を暴く。ハッピーエンドもビターエンドも嫌いじゃないがおれの歩む未来へのロードにはトゥルーエンドしか認めない。

「わあっ、おにいちゃん、どんな名前にしたの?」

 無邪気な笑顔を見せるきつねに対して、おれもニヤリと笑いながら返す。

「おれの名は……灰狼だ。ここではな」

ここにツール紹介を入れようと思ったんだけど後で矛盾するのこわいからやめたよ

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