はりきり⇒はばぎり
「あー、もう……騙されましたわ」
翌日、朝一番の電車に乗って羽田空港へと向かい、六時間弱の短くも長い旅路を経て、ようやく出雲空港に辿り付いたのが午後の昼飯どき。
飛行機の到着時間に合わせて車で迎えに来きてくれた懐かしの恩師へ向けて、オレは開口一番に真っ正直な落胆を投げつけた。
「いや~、なんかヘンに勘違いをさせてしまったみたいですまなかったね~」
数年ぶりに逢った恩師の姿は、相変わらずくたびれた感じの覇気のない昼行灯だった。
よれよれのスーツに首元を緩めたネクタイ。
男のオシャレとは無縁そうなボサボサの散切り頭。
手入れの行き届いていない無精髭。
口にくわえた安物のタバコもあいまって、パッと見の印象は本職の教師というより、場末の売れない探偵と例えたほうがキャラ的に近い。
天城先生は親父と同い年で、まだ年齢的にも四十路の手前のはずなんだけど、なんか早くも定年退職を待つ倦怠期の老教師の風格を感じる。
「いや本気で、クソ親父が留学のお誘いとか言い出すから、こっちはてっきり外国にある学校に行くものとばかり。『出雲の国』って、ようするに島根県ですよね?」
「うん。ぶっちゃけ普通に島根県」
これはひどい。
「あえて言おう。詐欺であると!」
「ああ、ヘタに言葉選びをしてしまったのがマズかったね。国外といえば国外なものでね。その、あれだね、夢の国とか鼠の国とかそんな感じの」
「……言ってる意味がワケワカメなんですが」
天城先生の言い回しは禅問答じみてて難しすぎる。
「それだけ近いようで遠いっていう意味かな。詳しくは学園を案内しながら説明するよ。豊葦原瑞穂学園は、出雲空港から車で約一時間のところにあるから」
「一時間……」
もしかしたら何かの間違で出雲空港経由で外国、もしかしたら本州から離れてラノベでよくある離島とか人工島に作られた何だか凄い近未来的な学園都市に行くかも……という淡い希望は、今の天城先生のいまの一言で脆くも崩れ去った。
嗚呼、世は無情。
「残念がらせちゃったかな」
「いえ、先生には感謝してます。単に期待が大きすぎたってだけで、クソ親父の束縛から解放されるだけでも十分に人生大逆転ですよ」
飛行機から降りた瞬間に思わず叫んじゃいましたもん。
『オレは自由だーッ!』って」
そう、気持ちをポジィティブに切り替えれば、世界はこんなにも薔薇色。
カゴの中の小鳥は主の許しを得て大空に向かって飛び立った。
オレはもう自由なんだ。
日々の鍛錬に使っている愛用の木剣と、着替えとパソコンなどの最低限の荷物だけを持って修学旅行以来のぶらり旅。
健康優良大和男児には着のみ着のままが良く似合う。
いままでまともに近郊の地方都市から先へ出たことのなかった箱入り息子のオレにとって、たとえ国内であろうと遠い西日本に渡ることは大冒険に等しい行為だ。
今日から新天地で心機一転。
冒険心のある男ならこれだけ御膳立てされてワクワクしないわけがない。
これから始まる新生活。新しい出逢い。新しい学校に新しいクラス。
それらが詰まっている新学期の開幕を前にして、オレは高鳴る歓喜を抑え切れず、ニィと犬歯をむきだしにした笑みをこぼした。
「で、昨日から気になってるんですけど、なんでわざわざオレを?」
「今年から高等部を新しく設立するにあたって、うちの学園で一人、試験的に男子を迎えてみようという話になってね。それで色々と条件を絞って、たまたま自分の知ってる人間で必須条件にピタリと当てはまったのがキミだった」
「男子を一人?」
「うん。昨年までうちの学園は女子生徒しかいなかったんだけど、今年から男子生徒もって話になってね」
「それって……」
もしかしなくてもあれだよね。例のアレですよね。
全国のラブコメハーレムラノベ好き男子の永遠の夢であるアレ!
「うん。俗に言う『自分以外のクラスメイトは全員女子』というヤツかな」
「うほっ」
よ、よもや、この日の本の国にそんな桃源郷が残されていたとは!
やべぇ、どんだけラッキー続きの人生大逆転現象だっつうんだ。
もしかしたらオレ、明日死ぬかもしれない。
あ、死ぬなら死ぬで異世界転生で活躍できる来世をお願いします。
「豊葦原瑞穂学園はちょっと変わっててね、まず三年ほど前に学園を新設するにあたって試験的に人間の教師を一人、学園に迎えようという企画が上がったんだ」
「その教師って天城先生のことですよね?」
このときオレは、ハーレム展開の実現に完全に浮かれてて、サラっと先生の口から出た『人間』という不穏な単語を聞き流していた。
「そう。学園長が中学時代に豊葦原瑞穂学園の前身となる中ツ国学園に通っていたボクのことを覚えていてくれてね。それで三年ばかり自分なりのやりかたで生徒たちの面倒を見たら意外と好評だったようで、なら今度は試験的に一名だけ生徒枠の採用もしてみようかと三ヶ月前に男子生徒枠の実装が議題に持ち上がったんだ」
「それでオレに白羽の矢が刺さったと」
「迷惑だったかな」
「とんでもない。むしろドンとこいですよ」
「きみは相変わらずだね」
「三つ子の魂は百までですよ」
本質が伴ってないのに上っ面だけ真似るカッコばっかりの中二病は随分前に卒業したけど、幼い日に夢見た『ヒーローになりたい』という夢は姿形を変えて今も継続中だ。
その信念は後部座席においてある愛用の木剣が物語っている。
使い込まれた無数の傷がその証。
男伊達とか硬派とか、あるいはツッパるだとかロックだとか。そういった男の生き様には古今東西を問わず時代を超えた普遍性がある。
ホストまがいの優男がもてはやされる現代でそういう無骨な考え方は時代遅れかもしれないけど、オレはあえてこの無粋な美学を選びたい。
立派な大和男児になってみせる。
これがオレの幼き日から変わらぬ大きな夢だから。
身の程知らずと言われようとオレは挑む。
若者は憧れに向かって無我夢中で進んでなんぼのもの。
為せば成る、為さねば成らぬ何事もと、米沢藩藩主の上杉鷹山も言っている。
「さて、目的地に到着だ。ここが今日からキミが通う【私立豊葦原瑞穂学園】だ」
出雲空港から西へ向かって車を走らせること四十五分。
出雲大社のある市街地からそう遠くない山間部の中腹に学園はあった。
「へぇ」
車から降りて正門に繋がる大階段の前に立つなり、オレは心から感嘆の声を上げた。
「かなりデカい校舎ですね」
「うちは中高一貫校の上に色々と特殊でね。武道館とか試合場とか訓練場とか、そういう運動施設が大半を占めているからマンモス校の規模があるんだ。なかなかのものだろ?」
「ここって体育会系の学校なんですか?」
「厳密にはちょっと違うけど、それに近い方針なのかな。ひとつ訊ねたいんだけど、八雲師範のところの道場通いは小学校卒業後も続けてるんだよね?」
意味深な質問だった。
「ええ。剣道部とあそこの道場通いはあの鍛冶一辺倒の教育しか許さないカタブツのクソ親父が許した数少ない娯楽ですからね、むちゃくちゃ真面目に取り組んでますよ。いちおう八年通い続けたおかげで『初伝』の許しを師範から貰ってます」
「それはよかった」
その言葉にホッとした表情をする天城先生。
「どうしてですか?」
「そのへんの詳しいところは、キミの案内役を買って出た彼女に聞いてくれ」
「彼女?」
「ほら、ずいぶん以前、キミが小学生になったばかりのときだったかな。神社のお祭りのときだけ会える不思議なトモダチのことをボクに話してくれただろう?」
「あっ、はい……」
確かに小学生のとき当時担任だった天城先生に、神社のお祭りで出会った女の子の話をした覚えがあるけど、なぜこのタイミングでそんな昔話をほじくりかえすのだろう。
「それといまと何の関係が?」
「その女の子が、ボクの生徒だとしたら?」
へ?
予想外の言葉にオレが呆気に取られた、その瞬間だった。
「すみませ~ん! お迎えが遅れました~っ」
たゆんたゆんと大きな胸を揺らしながら校門に繋がる長い階段を必死に下りてくる女の子が一人。
「うん。ギリギリだね天くん。もうちょっとで教室に案内するところだったよ」
「ふぇぇ~っ。あぶないところでした~っ。ちょっとヘーパイトス先生に捕まってダグダさんと一緒に倉庫の後片付けをしていたもので」
「あー、まだ高等部が完成して間もないから、腕力自慢の子はどうしても引っ張りだこになるね」
「ほんとですよ~。生徒主導がモットーの学園なのは分かりますけど、もうちょっと教師陣と公務員さんを増やして欲しいです」
ゼーハーゼーハーと肩で息を切らしながら天城先生に愚痴る女生徒の姿に感じるデジャヴ。
「なん……だと……?」
記憶にある情景。
あれから幾年月が過ぎて見た目こそ大きく変わったけど、それでも彼女の姿には当時の面影があった。
天城先生のアシストがなくても、たぶんオレは一目見たその瞬間に、彼女が誰なのか即座に察することができたと思う。
「羽々斬……?」
オレは彼女の名を無意識に口にしていた。
「あ、えっと……久しぶりだね。緋色ちゃん」
「やっぱり羽々斬か!」
春は豊穣祈願の季節。
すなわちそれはラヴでコメが稲穂に実ることを願う大事な時期。
恋の始まりを田植えとするなら、いままさにこの瞬間がその大事なときなのかもしれない。
成長した幼馴染との運命的な再会。
この素晴らしき青春模様にオレは快哉を叫びたい。
「久しぶりだな。元気にしてたか? しばらく見ないうちに女の顔になったな」
「うん、緋色ちゃんのほうもね。ほう、デカくなったな小僧ってカンジで」
「だな」
「三年ぶりだものね」
ほのぼのな幸福感を噛み締めながらオレと幼馴染は微笑み合う。
オレたちに食パンくわえた女生徒とぶつかる出逢いとか、空から美少女が降ってくる出逢いとか、塀を飛び越えてきたヒロインと衝突する出逢いとか、そういう派手な展開はいらない。
ごくごく平凡で日常的な出逢い。
三年ぶりでも何気ない会話で互いに再会を喜び合える淡い関係。
こういうのでいい。
オレたち二人には、こういうシチュエーションこそお似合いだ。
だからこそ──
「そんじゃま」
「お互いの再会を祝しまして」
このあとに巻き起こるバトルが緩急の差で際立つのよッ!
「ここで遭ったが!」
「百年目だよッ」
オレは肩に担いでいた荷物袋を投げ出して全速力で彼女に駆け寄った。
一歩。二歩。三歩。
んでもって、もう制空圏!
間合いは魔遭い。
制空圏とは敵の縄張り。
魔物の棲家に安易に踏み入れば、それこそ頭からカブリと丸齧り。
されど虎穴に入らずんば虎子を得ず!
互いの間合いが触れ合った瞬間。
オレたちは同時に殺気丸出しの攻撃態勢に入った。
桜咲く学び舎でバッタリと両思いの男女が二人。
となればもうやることはただ一つ。
喧嘩──だろ?
それがオレたちの生きる道。剣と剣で切り結ぶ淡く切ない青春スキャンダル。
オレの手には駆け出す寸前に荷物袋から引き抜いた愛用の木剣が握られている。
狙いは一撃必殺の喉元。正々堂々と真正面からの突き一閃ッ。
そして迎え撃つ彼女の両手には……
「へ……?」
自分の身の丈ほどはありそうな、剣の形をした超巨大な鉄の塊──ッ!
その射程距離の差は……およそオレの得物の1.5倍!
え? ちょっと待って! それ知らない!
この三年で武器チェンジとかマジタンマ!
「どっこい……」
あ、
これは死んだ。
「しょっとっ」
ピターーーーーン!
「あばっきおッッッ」
半円を描いて真正面から来る大重量の振り下ろし。
遠心力を生かした超重量の剣は、オレの木剣の切っ先が彼女の喉元に触れるよりも早く獲物を捕らえ、丸めた新聞紙で虫を叩くが如くオレを押し潰す。
「これで通算七連敗目の黒星。まだまだ修行が足らないね緋色ちゃん」
「む……無念」
どこにでもありそうな桜咲く普通の高校の敷地内で、自分の身の丈に匹敵する巨大な両手剣を振り下ろす美少女と、踏み潰された蛙のように大の字で石畳に埋まる少年という、お世辞にもラブロマンスの1ページとは呼べない非現実的な絵面。
普通の日常生活では絶対にお目にかかれない常識を飛び越えた非常識の光景。
細腕の少女に超重量武器という、運動力学無視のファンタジーな組み合わせ。
どれもこれも普通なら有り得ない漫画現象だけど、そのすべての根源が『彼女』の御業によるものなら納得できる。
なぜなら彼女にはソレを当たり前にできるスゴ味があるから──
「ようこそ豊葦原瑞穂学園に。歓迎するよ緋色ちゃん♪」
彼女の名前は天羽々斬。
地元の神社で年に数回行われる大きなお祭りのときだけ姿を現す不思議な少女。
オレにとってはちょっとした幼馴染だ。
またの名を【布都斯魂大神】。
まぁ、なんといいますか、威厳とかそういうのナッシングな普段のワンパクな所業とか見ていると、とてもそうは見えないんだけど……
彼女、うちの地元で『神様』やってます。
本日の【伝説の武器】うんちく♪
○『ラブリュスの大斧』(らぶりゅすのおおおの)
ラブリュスとはリディア(現在のトルコ)で使われていた呼称で、左右対称形の両刃斧を指す武器名である。
ラブリュスは落雷などいかづちの象徴とされ、ギリシア神話の主神ゼウスが扱う神の雷も、ラブリュスのひとつとされている。
ヘラクレス十二の功業のひとつ『アマゾーンの女王の腰帯』においてはアマゾネスの女王ヒッポリューテが使用していた。
また、ラブリュスはテーセウス神話で半牛半人の怪物『ミノタウロス』が用いていた斧としても知られ、ミノス王がミノタウロスを封じた迷宮『ラビュリントス』が「両刃斧の家」という意味を持っていることからも、ラブリュスの大斧がその語源となっていることが分かる。
などなど、他に女性運動を象徴や宗教運動を示すシンボルとしてギリシア文化になくてはならない活躍をしている両刃斧であるが、こと日本のサブカルチャーでは ぐああああが口癖のピンクのワニおじさんや不人気街道まっしぐらのドワーフの武器という、ある意味で玄人向けのマイナー武器になっているのが悲しいところである。
なんで斧と土属性の使い手は、だいたい筋肉ムキムキやオッサンばっかなんや!
それだけに美少女キャラに両手斧なるジャンルを1988年という萌え産業すらなかった時代に生み出した『モンスターメーカー』のディアーネは、本当に偉大である。
《近況報告》
ようやくメインヒロインの登場となりました。
やっぱりいいですよね、美少女に両手持ちの超重量武器という組み合わせは。
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