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ぼーい♂⇔みつるぎ⇔が~る♀  作者: 大竹雅樹
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おやじと⇒やじると


「あのな、オレは修行一辺倒の生活じゃなくて、彩りと温もりのある人並みの生活が欲しいって言ってんだよ」


「そういう口は、せめて徒弟の腕前になってから言うんだな」


 暖簾に腕押し。ヌカに釘。馬の耳に念仏。まるで聞く耳をもちやしない。


「このクソ親父」

「黙れ愚息」


 この親子のやりとりも日に一度は起きる定番だ。

 もはや様式美の域に入りつつある。


 何事も基礎ってのは大事だ。

 仕事もこなせられない未熟者が大層な口を利くなという親父の言い分も分かる。

 オレだって別に修行をサボリたいからこういうことを言ってるわけじゃない。

 なるべくなら高校の卒業前には見習いの身分を脱したいと思ってる。


 最大の問題は、クソ親父の教育方針が、弟子は熱いうちに叩いて叩いて叩きまくって、徹底的に不純物を取り除いて純度一〇〇パーセントの鍛冶職人に仕上げるべきだという、時代遅れもはなはだしいやり方だってことだ。


 義務教育と鍛冶仕事以外のすべては不純物と真顔で言うくらいだから、もうタチの悪さもお察しってわけだ。


 はっきり言って親父の育て方は、息子を野球サイボーグに育てようとした星さんとこの飲んだくれオヤジと同レベルで狂信者じみている。


「このさいだからハッキリ言っとくぞ親父。オレはさ、鍛冶仕事以外のことをロクすっぽ知らずに育って、ひとつの職人芸を極めるために鍛冶以外のなにもかもを神様に捧げて、結果として人間味を失ったアンタのようにはなりたくないんだよ」


 オレは親父の横に炭の入ったダンボールを積みながら嫌味を言ってやった。


「それが鍛冶屋を極めた一流の末路だってんなら、オレは二流のままで十分だ」


 そう……家庭を顧みずにただただ仕事に打ち込み、最終的に家族を崩壊させて離婚寸前まで事態を悪化させた、この父親失格のクソ親父みたいな人間にオレは絶対にならない。


「銀子とはとうに和解した。いつまでもグズグズ引っ張ってんじゃねぇ」


「色ボケのオフクロはよくても、オレと阿瑠美あるみ洲知流すちるは今でも根に持ってんだよ。取鍋(とりべ)の中で冷え切った鋳鉄が簡単に取り除けると思うなよ」


 もうかれこれ四年も前になるのか。

 地元の神社から十二年に一度の巳年に奉納する御神体の剣を鍛える仕事を任された親父が、それが完成するまで本業も家庭もそっちのけで鍛冶場に引き篭もり、その結果、店を傾かせて家庭崩壊寸前まで状況を悪化させたのは。


 たしかに地元にある神社に祀られている、とある神様の御神体となる剣を奉納する仕事は、ひいひい爺さんの代から宮司さん一族に頼まれている神事の大仕事だ。


 パッとしないうちの刀派で唯一自慢できる部分と言っていい。


 なにせその奉納された刀剣は神社の御神体として次の巳年まで祀られることになっており、しかも十二年に一度の大奉納祭のメインイベントだから手抜きなんて許されない。


 宮司さんや村役場への面子もあるし、神様の寄り代として扱われる刀剣の奉納は、その神様が村に迎えられてから五十年以上も続いている我が家が誇る偉業だ。


 五年前に死んだ爺さんからバトンを受けた継承の儀も兼ねていたし、あの親父が鬼気迫る顔で寝食すら忘れて神事の仕事に打ち込み続けたのもしかたないことだとは思う。


 でも、だからって仕事最優先で家庭の仕事を放棄し、家族を不幸に追いやってまでやり遂げるべき仕事なのかといえばそんなことはないはずだ。


 いくら仕事を完了して正気に戻った親父が腹かっさばく勢いで家族に詫びても、そうは問屋が卸さない。両親の間では解決したことなんだろうけど、残ったしこりは大きい。


 だからこうはなるまいと、オレも跡継ぎ問題に関してはなけなしの意地を張る。


「オレだってなにも『修行漬けの生活なんかイヤだ』『若者には無限の可能性がある』『いつかこんなクソ田舎を飛び出して都会で一発当ててやるんだ~』なんて思っても、本気で家業を捨てて村を出て行くなんて戯言は言わねぇよ」


「中坊の頃に『オレは異世界に召喚されてヒーローになるんだ』とか『実はオレと親父の血は繋がってなくて、本当はやんごとなき身分の子供なんだろ?』とか『先祖に神とか魔族とかいなかった?』とか、真顔で親に世迷言をぬかしていた男の台詞とは思えんな」


「ゲハァッ!」


 おいやめろ。ヒーロー願望という典型的な中二病(しかもかなりの末期)に侵されていた当時の古傷を抉るな。マントと包帯と眼帯の三点セットとか、木刀を担いで町を徘徊とか、手の甲にコンパスの針で刻んだ勇者の紋章とか、思い出すだけで死にたくなる。


 今は遠い昔のことのように思えて、つい昨年の話だってのがまた痛い。


 唯一の救いは、タチの悪いヒーロー願望をこじらせた煽りで通い始めた剣術道場通いを真面目に続けたおかげで、中学の剣道大会で都大会四位までいけたということぐらいか。


 早い段階で剣道を始めたおかげで、オレは齢十五歳にして剣道二段の腕前。

 好きこそものの上手なれってのはとてもいいものだ。


「あんなヒーロー願望はとっくに卒業したっつうの」

「お前は卒業したつもりでも、俺にはそうは見えんがな」


 くっ、胸にグサリとくることを。

 さっき家族問題をほじくり返した意趣返しのつもりか。


「……話を戻すけどさ、とりあえず家業を継ぐ意思はちゃんとあるし、なんだかんだで鍛冶屋が性に合ってるのも事実だ。遠回りになろうと跡継ぎにはなる。それは約束する。でもさぁ、親父の教育方針にはゆとりが無さ過ぎるんだよ。人間らしい余裕がさ」


 高校入学を間近に控えた人生の節目だ。もう言いたいことは全部ブチ撒けよう。


「来週から高校生になる身もなって、都会の娯楽もまともに知らない箱入り息子とかおかしいだろ。学生の青春ってのはさ、もっと色とか恋とかの浪漫を知るべきとか、なんつうかな~、青少年らしい実り豊かな人生を送るにはラヴでコメが必要なんだよ」


 だいたい修行に追われてまともに同世代の女の子と会話したのが小学校のときだけとか男として悲惨すぎるだろ。さすがに泣きたくなる。


 か弱いヒロインを守る正義のヒーローになるという幼き日に見た夢は、いまだ足がかりが見つかる目処すらつかない。


 人の夢と書いて【儚】と書く。

 昔の人はうまいこと言ったもんですよ。ほんとに。


 そういえば神社のお祭りのときだけ逢えるあの子、元気にしてっかなぁ。

 六年生のときに数年は逢えなくなると別れを告げられてから、かれこれ三年くらい会ってない。


 織姫と彦星よろしくに祭りが行われる数日間だけの小さなロマンス。

 彼女に自分の夢を語っていた当時はオレも純粋だったよ。

 叶うなら、あのころにタイムリープしたい。


 オレの女性経験と呼べるものはそのときだけです。

 地元は限界集落だから身近な異性は基本ババアだけですわ。現実は無情。

 オレだってお隣に住む幼馴染ヒロインとか欲しかった。


 それに近いモノとして隣町にある通い先の道場に同い年の師範の孫娘がいるにはいるんだけど、あれのアダ名が【ボストロール】な時点で察して欲しい。


 オレにだって女を選ぶ権利くらいある。


 話を戻そう。なんか死にたくなってきた。


「オレも鍛冶屋の端くれだ。伝統芸能は伝統芸能として大切に守る意思はあるさ。継承しなくちゃいけないものは継承する。御先祖様が積み重ねてきた技を後世に繋ぐのが御剣家の長男の義務だからな。さすがに妹に鍛冶場を任せるほどオレは無神経じゃねぇし、そもそも神聖な鍛冶場に女なんか迎えたら、それこそ金屋子の女神様にドヤされちまう」


 こういう発言が出るあたり、やっぱりオレも鍛冶屋なんだなって思う。


「でもな、オレはオレなりに親父と違うスタイルで腕を磨きたいんだよ」

「その台詞、前にも聞いたな」


「親父のせいで店が傾いたとき、起死回生を狙ってネット通販を講じたときだよ」


 ちなみにオレは近隣の村の固定客だけでやりくりしている我が家のジリ貧経営を救うため、客層開拓でインターネット販売の案を講じて潰れかけた店を立て直したことがある。


 あれが成功しなかったら本当にヤバかった。こればかりは時代錯誤で堅物の親父にはとても真似できない発想だろう。正統派から中二病の武器まで受け付けるというのがネットでウケたらしい。当店の年度売り上げナンバーワンがダマスカスナイフというあたり、ファンタジー武器が好き人はやはり多いんだと実感する。


「未熟者の提言だけどさ、生き馬の目を抜くこの時代で伝統工芸を継承していくには、昔から受け継がれてきたものを馬鹿正直に引き継ぐだけじゃなく、そこを土台にして新しいものを生むための見聞を広げていくのも必要なんじゃないかって思うわけよ」


「……………」


「実際、ネット通販を始めたら新規のお客さんも増えただろ? 頼まれれば鉈でも鎌でも【はがねのつるぎ】でも、なんでも鍛えられるウチの幅広さが客にウケたんだよ。世界は広いぜ親父。まだまだ新しいものを知って生み出す伸びしろはたくさんある。いままでどおり地産地消で細々とやっていくんじゃ、せっかくの鍛冶スキルが勿体無いだろ」


 もともとウチには刀派として守るべき伝統も定まった流儀もないんだし。


「御剣家は無節操がウリ。いいものは何だって取り入れて自分流にアレンジして昇華する。その『いいもの』は世界を見渡せば山と転がっているんだ。もうちょい視点と発想のグローバル化を目指そうぜ。グローバルな鍛冶屋をさ」


 その時、たたらに砂鉄と木炭をセッティングしていた親父の手が止まった。


「一理はあるな」


 意外な反応だった。

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