じょしかい⇒いくかい
「留学生?」
「そう、いわゆるひとつの外人枠だよ外人枠。なんでも来月の高等部新設に合わせて、外から留学生を一人迎えることになったんだって」
「開校からまだ三年しか経ってないこの時期に?」
「学園設立と同時に天城先生を教員に迎えたのと同じ流れじゃないかな。親御さんの説得が遅れてるから、実際に留学の話が成功するかどうかはまだ分からないみたいだけど」
「その話の流れだと、中等教育すっとばしていきなり高等部行きってことよね?」
「そうなるよねー。ボクたち一期生に合わせてくるってことだから」
「あの学園長もなにを考えてるのかしらね」
いつものようにクラスメイトたちと囲む楽しい昼食会。
トークの先陣をきるのは噂話が大好きなお調子者のタマちゃん。
それに対応するのは私たち仲良しチームの唯一の良心であるラブちゃん。
まずこの二人から話が始まるのも、いつのもの和やかな日常の風景。
昨年から続くお馴染みの流れは、まるで実家にいるような安心感。
「どこの出身のかたですか~? 西側~? 東側~? それとも国産~?」
今年から仲間に加わった友人が、興味津々といった顔でタマちゃんに質問する。
「それがトンデモな大ニュースでね、なんでも男子らしいんだ。天城先生と同じ日本人だって話だよ。それも数々の候補を押しのけてドラフト一位の推薦で!」
「……「「はい!?」~」」
本当にとんでもないニュースに、三人が声をハモらせて素っ頓狂な声を上げた。
「人間の~、それも男の方なんですか~? 教職員としてではなく~、生徒として~」
「たしかそれって豊葦原学園の前身となる中津原学園が四半世紀前にやったシステムよね? 開校一年目で廃校の憂き目にあったっていう。その二のテツを踏まないために、系列として新設したこの学園は女子校に改めることになったって聞いてるけど?」
「そうですよね~、あの事件は~、業界じゃかなり有名ですし~」
「まぁ、ボクも最初に耳にしたときはタチの悪い冗談だと思ってたんだけどね」
「それが冗談じゃなかったと」
「うん。学園長の発案らしいよ。まずは試験的に一人連れてきて、最初の一人目がうまくいくようなら後々に複数名の追加も予定しているんだって。この件はあの生徒会長も裏で一枚噛んでるらしいから、そうとう力を入れた企画なんだと思う」
「試験的、か……面倒事にならなければいいがな」
そのとき、授業中ずっと居眠りしていた仲良しグループ最後の一人が、眠そうな目をこすりながら会話に入ってきた。
「あ、おはよう、くっコロさん」
「それで~、どんな方がこられるんでしょうか~?」
「天城先生の推挙なら安定した人材を連れてくるでしょ。神の血を引く一族の末裔とか、人間と魔族のハーフとか、前世が英雄の転生者とか、英霊を守護霊に持つ同調者とか。ややランクを落としても魔術士か神官職の類が鉄板でしょうね。うちの校風から考えて」
「その男、場合によっては生徒間で奪い合いになるかもな」
「そうですね~。これが世に聞く~、学園ハーレム状態というやつでしょうか~」
「アタシは男に使われるのは好きじゃないから譲るわ」
「今期最大の有望株を巡って全チームで仁義無き引き抜き戦争。青春だなー」
そんなみんなの楽しげな会話を黙って聞きながら、私は薄く唇を綻ばせた。
私は知っている。
その留学生が誰なのかを。
どんな人間でどんなヒーローなのかを。
そう、ここにいる誰よりも、先生方よりも。
ずっとずっと前から私は知っている。
先週、企画を受け持つことになった担任の先生から留学生候補を絞り込みたいと相談を受けたとき、十数人の候補生の中に懐かしい顔を見つけたそのときから。
毎年この時期になると、あの春祭りの日のことを思い出す。
縁日の最終日。祭囃子の中。
境内の裏にある一本杉の下で三人で交わした小さな約束。
あれからもう三年。光陰矢のごとしとはよく言ったものだと思う。
神社で夢を語りながら木刀を振るっていたあの男の子も、今年でたしか十五歳。
きっと今頃はあの日の夢を叶えて、立派な大和男児に成長しているんだろうな。
期待にトクンと胸を高鳴らせ、私はちょっとだけHなことを想像してしまう。
こんなことを考えるのははしたないし、イケないことだと分かってるけど。
やっぱり当日になったら彼に握られちゃったりするのかな……?
私の大切なところ。
そして抜かれたりするんだろうな。
思いっきり激しく。天に向けてそそり立たせて。
そんなことになったら……私はきっと生まれたときの……
ありのままの姿になって……
きっと果たしちゃうんだろうな。
はじめてを捧げる【合体】──を。
「羽々斬、なんか今日は妙におとなしいけど、そろそろ昼休み終わるわよ」
「おひょをわっ!?」
上の空になっていたところに声をかけられて、私は変な悲鳴を上げた。
古典的表現だけど危うく口から心臓が飛び出すところだった。
気づけばもう昼休みも終わりの時間帯。
さすがにちょっと妄想が捗り過ぎたっぽい。
「もう、仮にもクラスの代表がボサっとしててどうするのよ。今日から六日間、午後の授業は進学のための最終試験。来学期のクラス分けにも影響する対抗戦なんだから気合入れてよね」
「う、うん。第一戦目の相手はどこだっけ?」
「生徒会長がいる二組とのチーム戦よ。あの学年主席が相手じゃ正直とても勝ち目はないわ。今回のレギュレーションはリーグ形式の殲滅戦だしね。ただ、せめて副代表や中堅連中の首くらいは取れるだけ取って、意地のひとつくらいは見せておきたいわね」
見ればガチャリ、ガチャリと、クラスメイトたちが各々の武器を手にして戦いの準備を始めている。教室に掲げられる剣に弓に斧に槍。そのサマはさながら武器の展覧会。
そうと分かれば恋する乙女の妄想タイムはここまで。もうじき鉄と鉄がぶつかり合う全面戦争が開幕する。
この時間帯だけは気持ちを切り替えて本来の自分に戻らなきゃ。
私も自身の武器を取り、緩んでいた表情を引き締めて、仲間と並んでその瞬間を待つ。
「んじゃ、そろそろ開幕戦だね。しまっていくよー」
「先陣はいつもどおり私に任せて。一気に戦列を切り開いて突破口を作るから」
「前列を切り開く切り込みの先鋒は任せたわよ」
「うん。あとのことはラブちゃんたちにお任せするね」
「了解。アンタが作った流れはダグダとアタシで維持するわ」
「そんでくっコロさんは……?」
「働きたくないでござる!」
「よく言った。褒美に敵本陣にゐの一番で突っ込んで大将首を狙う権利をやろう」
「ギャーーーーーーーーーーーース」
大斧を向けながら怠け者を威嚇する親友。
長剣を握りながら泣きそうな顔になる悪友。
棍棒を担ぎながら微笑む新しい友達。
準備運動で肩を温めるクラスのムードメーカー。
私もまたみんなと同じように、自分の身の丈ほどはある大剣のグリップをギュッと握り締めながら、先陣をきって飛び出すタイミングをドアの前で計っている。
見る人によっては物々しく殺伐にも見えるこの光景も、私たちにとっては有り触れた日常の1ページ。
だって学生の本分は清く正しい学業と、血で血を洗う合戦だもんね。
「それじゃいくよー! せーーーーーーーのっ」
私の合図と同時に授業開始のチャイムが鳴り、中学最後の戦いが始まった。
一直線に目指すは敵クラスの本陣。狙うは二組代表の首!
ここは島根県・出雲の国にある中高一貫の私立学校『豊葦原瑞穂学園』。
そこに通う私たち生徒は、今日も元気に──
「突撃ーーーーーーッッッ」
【伝説の武器】やってます!