かいそう⇒ねむそう
「え~、つまりだ。武器の歴史は考古学者クリスチャン・トムセンの区分法に基づくと、大まかに分けて【石器時代】【青銅器時代】【鉄器時代】と三時代で構成されるわけだ」
春眠暁を覚えずとは誰の言葉だったか。
「羽々斬。ほら、羽々斬ってばッ。あんた期末テストの結果ヤバかったんでしょ? 昼行灯が書いてるトコ、重要項目のマークついてるわよホラっ」
窓際から差し込む心地よい日差しの温もりでウトウトしていた私は、隣の席の友人に小脇をこづかれ、フッと現実に引き戻された。
目を覚ませば視界に広がるのは見慣れた日常の光景。
黒板にカリカリとチョークで大陸図を描く先生の背中。
その内容を必死にノートに書きとめているクラスメイトたち。
「あ……ごめんラブちゃん……寝てた……」
春のまどろみの中で夢と現の反復横飛びをしていた私は、現状を把握して慌てて目を擦り、大急ぎで真っ白なノートに黒板の内容を写し取った。
もうじき、私がこの豊葦原瑞穂学園に入学して三度目の春がやってくる。
三月も中旬に入り、中庭の桜も二分咲き。
あとすこし待てば窓の外の風景は春爛漫。
外の桜が満開になって咲き誇るようになる頃には、私たちもこの中等部を無事に卒業して、晴れて一人前の女子高校生だ。
ここに入学したのはつい最近のことだと思っていたのに、来週にはもう卒業式。
青春はあっというまに過ぎていく。気がつけばなにもかもが懐かしい。
中庭で満開の花を散らす大桜。その枝にうっすらとみえる新緑の芽生えのように、この時期はいろいろなものが一新される。
担任の先生が変わり、教室が変わり、校舎も変わり、教材も新しくなり、クラスメイトたちの顔ぶれもきっと変わる。
この桜の花のような入れ替わりの激しさもまた、春の風物詩だと思う。
「鉄器時代は紀元前十五世紀のヒッタイト文明から始まったとされている。鉄鋼の加工技術に卓越したヒッタイトは戦争において圧倒的なアドバンテージを得て、大国バビロニアを滅ぼしメソポタミア広域に一大文明を築いた。そのヒッタイトも紀元前十二世紀の前に滅び、秘蔵とされていた鉄鋼の生成技術が国取り合戦の混乱の中で大陸の各地に流出していくことになる。ここから紀元前から現代まで面々と受け継がれる鉄器の時代が本格的に始まっていくわけだ。ちなみに日本のケースは少し特殊で、大陸からの渡来人により青銅器と鉄器が同時に……」
キーン・コーン・カーン・コーン♪
「っと、今日の授業はここまでだな。昨日やったところとココまでの範囲が来週の進級テストに出るからね。学力テストの結果は実技テストと同じくらい高等部進級時のクラス分けに影響するから、各自しっかりと復習しておくように」
四十五分と四ラウンドに渡る激闘を終え、今日も午前授業終了のベルが鳴る。
四時限目の授業が終わり、先生が教材を畳んで教室を出れば、待ちに待った昼休みがやってくる。
ようやく訪れた安息に、さっそくクラスメイトたちがざわざわと騒ぎ出す。
一日三〇個限定の購買部の名物パンを求めて走り出す生徒たち。
無難に学園の大食堂に向かう生徒たち。
今日も平穏無事にこの時間を迎えられたことに私たちは感謝する。
何処にでもある普通の学校の昼休みの光景。
ありきたりな日常の風景。変わり栄えのしない日々。
青春という人並みのささやかな幸福。
そのすべてが私たちにとっては掛け替えの無い濃厚な時間だ。
くすり♪
なにげない日々の喜びは、人間らしく生きることの喜び。
これだから学生生活はやめられない。