第7章 待っている人
第7章 待っている人
駅のホームには、電車が到着していた。
先頭に「下り列車」と書いてある、たった1両のその電車は、
行き先が「過去」と表示されている。
お父さん達と乗ってきた電車には、行き先に「終点」とあったが、
その電車が、この駅に止まるとも限らない。
女性の言葉を信じ、私は電車に乗り込んだ。
車内は赤い色の、4人掛けのボックス席が並んでいた。
誰も乗っていないようだが、私は入り口近くの、2人掛けの席に座った。
アナウンスもなく、ドアは閉まり、ゆっくりと電車が動き出す。
そして、緩やかな加速を終えると、フッと、火が消えるように車内は
暗くなった。
長いトンネルの奥へと向かって、電車は走り出していた。
私はそっと、小指に光る指輪を握りしめながら、眠りにつく。
目が覚めると、暗闇の中、私は電車に揺られていた。
まだトンネルのようで、外の光も入らず、微かに息苦しさを感じる。
通り過ぎるオレンジ色のライトが、向かいの、2人掛けの席に座る
ひとつの影を映し出した。
それは、真っ黒なセーラー服を着た少女。
私と同じ顔で、私と同じ服を着て、私と同じ声で、それはこう言った。
「 おはよう 私 幸せな夢を みていたのね 」
「...うん...とても幸せな夢を、みてた...」
にこりと、黒いわたしが笑った。
私も笑おうとしたけれど、なぜか、悲しい顔しかできなかった。
「 それじゃあ 夢は ここで終わりにしよう?
わたし 待っているの 疲れちゃった 」
そう言って、わたしは、足をぶらぶらと揺らす。
時折流れていくライトが、それを切なく照らした。
通路を挟んで、私は、わたしに尋ねる。
「私のことを、待っていたの?」
「 そうよ 深い 海の底で わたしは 私のこと
ずっと待ってた だから もう終わりして 帰ってきて 」
そう言って、私をまっすぐ見つめるその瞳は、
光もなく、真っ黒なものだった。
私は、防波堤で、わたしと瞳が重なったあの時から、
全てを思い出していた。
私はまっすぐ、その瞳を見つめ返す。
「嘘つかないで。」
「 ...え...? 」
わたしの瞳が、大きく揺れる。
私は、わたしを見つめたまま、言葉を続ける。
「だって、わたしが待っているのは、私じゃないでしょう?」
「 ...そんなこと ない わたしは 私と 独りだけでいい 」
「違う。わたしが本当に待っているのは、約束を交わした、あの人だよ。」
「 ...約束... 」
「私は、あの人との約束を見届けてから、終わりにしたい。」
「 ...ひどいよ... どうしてそんなこと 私は 言うの? 」
非難する声が、黒く響く。
電車が、歪んでいく気がした。
それでも、私は指輪を握りしめ、はっきりと言葉にする。
「私のことをずっと見ていたなら、分かるはずだよ。
私は白い世界で、幸せになれた。」
「 ...違う わたし達 幸せにはなれなかった 白い世界の幸せは
作り物の 嘘の幸せだよ 分かっているのに どうして? 」
私は静かに立ち上がる。
「あれは、嘘じゃない。誰かのことを想って、何かを
するってことは、とても難しいことだって、私、
初めて知った。...私達は、それを知らなかっただけだよ。
...もう、許そうよ。あの日の私達を、許そう。」
「 ひどい 私はひどいよ 」
私はそっと、指輪を外す。
「 ひどいよ わたしと私は ずっと 独りだったのに
許そうなんて ひどい 」
私は、叫んでいるわたしの、目の前に立つ。
「 ひどいよ どんなに頑張っても お父さんもお母さんも
わたし達のこと 愛してくれなかったのに 」
私は、暗闇のような瞳を向けるわたしを、まっすぐ見つめる。
「 ひどいよ 誰かと出会えても さよならばかりだったのに 」
黒い涙を流す、わたしの姿は、何よりも憎らしくて 何よりも愛おしい。
「 独りだった 毎日がとても辛くて 寂しい思いしたくなくて
わたし達は あの日 この世界と お別れをしたのに
もう誰からも 傷つけられない わたし達だけの世界で
ずっといたかったのに 」
「...でも、私達は傷つかない代わりに、あの海の底で、独りだったね。
私達は、間違っていたんだよ。...もう、全部許してあげよう。」
「 嫌 どうして わたしを裏切るようなこと 言うの?
わたしは 私が 傷つくのは もう 嫌なのに どうして 」
私は、冷たいわたしの体を抱きしめた。
「私も、わたしが傷つくのは見たくないんだ。
でもそれ以上に、わたしが幸せになるのを見たいよ。
あの人は、きっと私達の約束を覚えていてくれる。
...だから、信じて。あの人のこと、わたしのことを、信じて」
冷え切った左手に触れると、指輪を、わたしの小指にはめる。
「私はもう、十分幸せになれた。だから
今度は、わたしが幸せな少女になる番。」
そう言って、私は幸せそうに笑った。
わたしは嫌で、必死に手を伸ばすが、指輪を託した
私は、あっさりと、どこかへ消えてしまった。




