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海とさよなら  作者: 佐藤
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第6章 立ち止まる人

第6章 立ち止まる人


 目が覚めると、私は、知らない駅のベンチに座っていた。

周囲を見回すが、誰もいない。


「...お父さん...」


 小さな声で呼ぶが、返事はなかった。

代わりに、波の音が私を呼ぶように、駅の外から聞こえてくる。


 私は立ち上がり、駅舎から出る。

すぐそばに、看板が立っていた。


「『居場所』...?」


 この駅は「居場所」という名前だった。

どうやら、ここはまだ、目的地の「終点」ではないようだ。


「...居場所って、誰の居場所なんだろう」


 小さく息をつき、私は駅舎を眺めるが、電車が来る気配はなかった。

海からは、絶えず波の音が聞こえてくる。


 心細さを紛らわそうと、私は浜辺へと向かった。



 目の前にすると、それは怖いくらい、穏やかな海だった。


 車窓から眺めた様子と異なり、波はまるで作り物のようで、

それはわざとらしく、自然さを装っている気さえする。


 そう感じるのは、私のせいなのか、私だけでは分からなかった。



「こんにちは」


 私は驚き、声のした方へ顔を向ける。


 日の光が、眩しい。

防波堤の上にいる、その声の主は白い日傘を差し、私を見ていた。


「こんにちは」


 笑顔で、女性が再度、挨拶をする。

私は少し戸惑いながら、「こんにちは」と応えた。


 出発前に極力、この世界の人々と、関わらないようにと

注意されていた。不安定な要素に、接触すればするほど、

計画通りにはいかなくなる。


 けれど、お父さんやママとは離れてしまった。

これからは、私が自分で考えて、進まなければならない。


 顔をあげると、女性はまだ、私の方を見て微笑んでいる。

私は少しの躊躇いの後、近くの階段を上り、女性のもとへと向かった。


 女性のいる防波堤は高い位置にあるため、周りがよく見渡せた。

少し離れた砂浜で、幼い子どもから、私と同じくらいの年齢の子が

6人ほど集って、遊んでいる様子が見えた。


 多分、ママよりも少し若く、

上品な印象のその女性は、私に問いかける。


「道に迷いましたか?」


「...えっと、電車を待っているんです。

 次の電車はいつ来るか、ご存知ですか?」


「電車は、当分来ませんよ」


「そうですか...ありがとうございます。」


 私は頭を下げ、当分とはどのくらいだろうと考えながら、駅に戻ろうとした。

だが、引き留めるようにして、その女性は言葉を続ける。


「ここの駅の名前は『居場所』というのですが、気になりませんでしたか?」


「...はい。変わった名前の駅だと思いました。」


 女性は頷き、子ども達の方を見つめた。私も、同じように目を向ける。


 視線の先の、子ども達のはしゃぐ声が、なぜか、耳につく。


「ここは、居場所なのです。ここに居たいと望んだ人が、人として

 成長するための場所です。わたくしは、そうした人達を受け入れ、

 教え諭す役目を担っています。」


 私は、白い世界にいた学校の先生を思い出しながら、相槌を打つ。


「ここに居るのは、なりたい自分を目指す人達です。そして、

 ここに居ることで、なりたい自分になることができます。」


「なりたい、自分ですか?」


「はい。わたくしの言う、『なりたい自分』とは、

 『みんなの為に生きる人』のことです。あなたも、

 誰かのために努力することは、素晴らしいと思うでしょう?」


「...そう、ですね。」


 私は、お父さんと、ママのことを思い出した。

そして、りっちゃんのことも。



 ひとつだけ後悔があるとすれば、りっちゃんのことだった。


 終わりを伝えたあの日から、彼女とは、

顔を合わせずに別れてしまった。


 いつも一緒に朝食を食べていたのに、お別れの日に

彼女はいなくて、テーブルの上には手紙だけが置いてあった。


 私は読むのが怖くて、今も、セーラー服のポケットに仕舞ったままにしていた。



「やっぱりあなたは、わたくしの思った通りの人だわ。あなたは

 とても素直で、みんなの為に生きることが、できる人のようですね。」


 女性の言葉に、困ったように笑うと、その人は、私の手をとる。

潮風にあたっていたせいか、ひどく、冷たい手だった。


「わたくしは、あなたがここに残ることを、強く勧めます。

 あなたはひどく疲れている。ひとりぼっちでこの駅に来るなんて、

 とても可哀想だわ。きっと人並みに愛されず、ここに来たのでしょう。」


 決めつけるようなその言葉に、私は口を開きかけたが、思い留まる。


 少しでも心を言葉にしたら、隠している弱さまで、

この人に暴かれてしまう気がした。


 代わりに、私はそっと駅の方に目を向けたが、電車はまだ来ない。


「わたくしは、あなたを歓迎します。あなたならきっと、

 みんなのように素晴らしい人になれます。わたくし達は、

 あなたの為になりたい。それが、わたくし達の幸せでもあるのです。

 ただ純粋に、あなたが幸せになることを望んでいるのです。

 あなたならきっと、ここで幸せになることができます。」


 幸せ、という言葉に、一瞬だけ心が揺らいだ。


「...でも、私には、行かなきゃならない場所があるんです。」


「そうですか。ですが、もし、あなたがそこに辿り着いたとして、

 あなたは本当に、自分が幸せになれると思いますか?」


 私は口をつぐんだ。

女性は、私を鋭く見つめる。


 目を伏せて、私は本心を隠した。自分の心には見られたくない、

ひどく脆い部分があることを、私は知っていた。


「もし、あなたが勇気を出して、ここにいることを選んだならば、

 あなたはきっと、みんなの為に生きることができます。

 それは何より、あなたの為になるでしょう。」


「...そうかもしれません。でも、それが私の幸せとは、限らないのでは?」


 つい、言葉を返してしまった。



 女性は私の手を離し、深い溜息をついた。

なぜ分からないのかと言いたげに、少し早口になって、話し始める。


「それはあなただけの幸せであって、みんなの幸せではありません。

 それは断じて、なりたい自分ではありません。...どうやらあなたは、

 自分に執着している人間のようですね。みんなの為に生きることが

 できない人は、大人とは言えませんよ。みんなの為に生きることが、

 この社会の普通、当たり前なのです。できて当然のことができない

 人間は、誰からも受け入れてもらえないでしょう。そして、ずっと

 そういう目で見られます。あなたはそれに耐えられますか?」


「...それは...分かりません」


「そうでしょう。分からないのに軽率な判断で、なりたい自分に

 なるチャンスを失うのは愚かです。以前も一人、そういった人が

 いましたが、わたくしには、とてもまともな人間とは思えません

 でした。ですが、わたくしはあなたを、正しい判断ができる人

 だと思っています。」


 嫌だと、思った。この女性の言葉が、嫌だった。

けれど、言っていることが全て間違っているとは、私には言い切れない。

この女性は、この世界の人のあり方を、私よりも知っている。

そして何より、私のことを想って、こうして話をしてくれている。


 私だけが、間違っているのかもしれない。そんな疑惑が、沸々と浮かぶ。


 私が、みんなと違っていて、劣っているから、この女性の言う

正しさを、受け入れられないのかもしれない。


 私は、言うことを聞かない子どものように、

我儘なだけなのかもしれない。



 自分に対する疑いが、生まれる。


 女性の言葉を拒絶するのは簡単だった。だが、そうすると、

なぜだか自分自身が不自然になってしまう気がした。


 強く、自分の正しさを信じる女性のペースにのまれて、私の中にあった、

自分の正しさを信じる気持ちが、どんどん弱くなっていく。



 子ども達が、女性の周りに集まってきた。


 それはまるで、女性の正しさを支持するように私の目に映り、

私が間違っていることを、見せつけられているような気がした。


「見てください。この子達はあの時、わたくしの誘いを断った

 人よりも、みんな、ずっと大人ですよ。そして今のあなたよりも。

 あなたは、このままで良いと思っているのですか?なりたい自分に

 なるための努力を、あなたは拒むのですか?」



 みんなが、私を見ている。


 足元が、揺らぐ。私は一歩、後ろに下がった。


「あなたには、他者を思いやる心が足りません。ここに居ることが

 できるのは、みんなの為に最善の行動ができる人。なりたい自分に

 なろうと考える人だけです。それは、あなたがどこにいようと

 同じですよ。ここから逃げるようであれば、あなたはこれからも、

 誰からも愛されないでしょう。なぜならあなたは、自分のこと

 ばかりだから。みんなのように、みんなの為に物事を考えることが、

 できないのだから。」


 聞きたくない。逃げたい。私にはこれ以上、耐えられない。

ここに、居たくない。


「...わ、私は...」


 言葉は、女性に遮られ、掻き消される。


「あなたがこの場所を訪れたのは、誰かの想いが、あったからでは?」


「...え...?」


「あなたのお父様やお母様が、あなたはここにいれば幸せに

 なれると思ったから、今、あなたはここにいるのではないのですか?」


 その言葉で、私は電車内での出来事を思い返す。



「 必ず、迎えに行く。 」


 別れる前、お父さんはそう言った。


 私は、信じている。

けれど、お父さんは、迎えに来ないかもしれない。


 神の干渉によって、私達が「終点」に辿り着くことは

難しくなってしまった。だからあれは、私を安心させる

ためだけの言葉で、本当は、私がここで生きることを、

お父さんは望んでいるのかもしれない。




「...そうかもしれません。...だけど、自分で決めたんです。」


 心から、言葉が零れる。

私の心の中で、沸々と、強い感情が蘇る。


ママとりっちゃんに、終わりを告げた

あの時の感情が、弱い私を駆り立てる。


 私は、自分の意思で、この世界に戻ってきた。

白い世界での幸せを、「本当」のまま、終わりにするために。


 私は自分で決めて、今、ここにいる。


 その気持ちだけが、折れかけた私の「正しさ」を支えた。


 どうしても手放したくない、まっすぐな感情が、

私の小さな勇気を守っていた。




「あなたに、友人はいますか?」


 不意に、女性は、問いかける。

瞬時にりっちゃんの顔が、浮かぶ。


 大切な、友達だった。

でも、もう、彼女は私のことを、友達とは思っていないかもしれない。

私は彼女と、別れも言えないまま、別れてしまったから。


「仮にいたとして、その人とあなたは、

 友人とは言えない関係だったのでは?」


 言葉を失う。そんなこと、考えたことなかった。


 女性は、言葉を続ける。


「あなたが一方的に友人だと思い込んでいただけで、

 あなたとその人は、対等ではなかったのでは?

 わたくしには、考えが足りないあなたに、友人と呼べる

 存在がいるとは思えません。きっとその人は、

 とても優しい人だったのでしょう。あなたと違って、

 その人は大人で、子どものままでいるあなたが

 可哀想だったから、友人のふりを、してくれていたのでは?

 あなたは、自分のことばかりで、あまり察しが良くなさそう

 ですから、それに気がつかなかったのでは?」


「...そんな」


 そんなはずはない。そう言いたいはずなのに、突き付けられた言葉に、

りっちゃんの姿が、ぼやけていく。


 全部、私の独りよがりだったとしたら。


 すぐ隣にいたと思っていたのは私だけで、本当は、彼女の心は、

ずっと遠くにあったとしたら。


 友達だと、友達だったはずだと、断言できるほどの自信が、

今の私には無くなっていた。


 りっちゃんではなく、信じることができないのは、私自身だった。


 なぜなら私は、この女性の言う通りだから。


 何もできないくせに、自分のことばかり悩んで、

みんなに助けてもらって、ずっと、それに甘えていた。


 私は、ひどく自分勝手だった。

私は、愛される価値のない人間だった。


 そして、私は今、独りだ。




「それでも、大丈夫でしょう。」


 そう言うと、女性は一転し、にこやかな表情になる。


「わたくし達と共に居場所に来れば、あなたのような人にも、

 たくさんの友人ができるでしょう。なぜなら、あなたは

 生まれ変わることができるから。どんなに欠けた人でも、

 みんなの為に生きることで、素晴らしい人間になれるから。

 両親からの愛情は、もう受け取れないかもしれませんが、

 友情はまだ間に合います。あなたが望みさえすれば、

 あなたは幸せになれるのです。そして、あなたが幸せに

 なることを当然、あなたの両親も望んでいるでしょう。」


 みんながそれを望むなら、いっそのこと、流されてしまいたい。

この女性の言うことに流されて、耳を塞いでしまいたい。

私が守りたかった幸せまで傷つけるなら、従ってしまいたい。



 でも、心のどこかで、それが正しい選択とは思えない自分がいた。

でもそれは、私の我儘に過ぎないのかもしれない。

でも、私は目的地の「終点」を目指さないと、でも、でも、でも...。


 うつむく私は、ぎゅっと口を結ぶ。



 お父さんも、ママも、りっちゃんも、助けてくれる人は誰もいない。


 私には、どれが正解か、分からない。


 自分だけしかいないのは、怖くて、独りの私は、こんなにも、弱い。


 誰も、そばに、いない。






( わたしが いる )


 私はそっと、胸に手を当てる。ドクンと、鼓動が伝わる。


( 私には わたしが いるよ )


 声だ。私の胸の奥から聞こえてくるのは、黒い声だった。

だが、胸からは、黒い液体は流れてこない。真っ黒な人影もない。


( 確かめてみれば いいのに )


 私は声に、耳を澄ます。白の世界の時と比べ、それは鮮明で、

不快な感覚はなく、私の耳に、ひどく馴染んだ。


( 手紙を読んで 確かめてみれば いいのに )


 私は隠すように、ポケットに入った手紙に触れた。


( まだ 私は お別れできていないの 

  だから こわいのね 分からないことは こわいのね )


(...りっちゃんと友達だったのか、分からない...知るのが、怖いよ...)


( 友達いなくても いいよ 私には わたしが いる )


 その時、私は初めて、わたしと、瞳が重なった。



( ずっと わたし達 ひとりでいたいよ 他はみんな いらないの )


 私は、わたしの暗い瞳に映る、「過去」を見つめた。

終わりにしても、消えない過去には、「私」と「わたし」がいた。

叫びたくなるような、真っ黒な「わたし」の瞳は、「私」の瞳だった。


(...私に、嘘つき嫌いって言ったけど、わたしが一番、嘘つきだね)


 私の言葉に、わたしは、何も返事をしなかった。




 妙に速まる鼓動を感じながら、私は顔を上げる。

目の前で佇み、答えを待つ女性に、私は告げた。


「少し、考えさせてください」




 私はひとり、浜辺へと降りた。

足元の海は相変わらず、波の満ち引きを、

不自然なほど、自然に繰り返している。


 私はそれを見て、もう我慢ができなかった。


「大っ嫌い!」


 大声で叫び、寄せてきた波を踏みつけた。

靴は砂で汚れ、靴下だけでなく、セーラー服のスカートも

濡れるほど、私は勢いよく飛び跳ねる。


 それでも海は、まるで何事もないかのように、

平然と私の感情を受け止める。


「弱虫!考えなし!自分勝手!我儘!臆病者!」


 砂と一緒に波を蹴るが、ただ、水飛沫があがるだけだった。



 こうして自分を責めても、どうしていいか、分からない。


 誰も、何も答えてくれない。


 不毛だと分かっていても、私は衝動のままに、

海に苛立ちをぶつける。



「...疲れた」


 その一言で動きを止め、私は砂浜の上で、

空を仰ぐようにして倒れる。




 青空に手を伸ばして、私は、白い世界の、白い天井を思い出す。

そして、自分だけに聞こえるよう、小さく、言葉を声にする。


「 あぁ、CHになんて、なりたくもないわ 」


 りっちゃんが呟いた言葉。白い世界で見つけた、あの瞳。



 どうしてだろう、初めて会った時は、お互い

もっと、ぎこちない感じだったのに。


 いつの間にか、一緒にいて話をしたり、笑い合ったり

することが、私の幸せになっていた。


 それは、ずっと私が欲しかったもの。


 両親からの愛情も、友達との友情も、私が前からずっとずっと、

欲しくて仕方がなかったもの。だから私は、彼女に好かれたくて、

優しくされたくて、私も彼女を好きでいたいから、大切にしていただけ。

ただ、それだけだった。


(...こんなの、全部、自分のためだね...)


 いつも自分のことばかりで、りっちゃんの

気持ちを考えたことがなかった。



 彼女は、どんな気持ちで私と話していたのだろう。


 あの眼差しには、どんな気持ちが込められていたのだろう。



(...私は結局、りっちゃんのこと、何にも分からないんだな...)


 もう、遅かった。

だけど、彼女と向き合わないといけない気がした。


(...知りたい...私、りっちゃんの気持ちが知りたい。)



 私は体を起こすと、ポケットに仕舞い込んだ手紙を手に取る。


 薄いピンク色をした封筒を開け、便箋を開く。





「 あなたにまた会いたい 」





 潮風が、勢いよく私の髪をなびかせる。



 聞こえる。


 りっちゃんの声が、聞こえてくる。


 これは、彼女が言いたいことを、全て詰め込んだ一行。

私なら分かると、彼女が、私を信じた手紙。



 叫ぶような、りっちゃんの声が聞こえる。



「 お別れなんてしたくありません 」


「 あなたの隣で、もっと一緒に笑っていたかった 」


「 私はずっと、あなたのことを想っています 」


「 いつまでも、私はあなたの友達です 」



 りっちゃんは、「私」を信じてくれていた。

私達は深い部分で繋がっていた。



 届かない返事の代わりに、涙がポタリと、手紙へと落ちた。


(...ありがとう。誰かに信じてもらうことが、

 こんなにも幸せなことだって、知らなかった...

 ...私、失ってなんか、なかったんだね。)



 大粒の涙が日の光を受けて、あの日、笑い合った私達のように輝く。



 封筒が、キラリと光を放つ。

中を覗くと、銀色の指輪が入っていた。


 りっちゃんがつけていた、銀色の指輪。


 そっと取り出してみると、内側が、蒼い色をしていた。


 リングの向こう側には、空と海が見通せ、

まっすぐな蒼い境界線が映る。


「...きれい...空と海が、指輪に入っているみたい...」



 一緒に、この景色を見たい。


 彼女の笑った顔が見たい。


 りっちゃんに、会いたい。



 私は涙を拭うと、手紙をポケットに仕舞い、

銀と蒼色の指輪を、左手の小指にはめる。


「行かなきゃ」


 夕陽が、いつの間にか、私を照らす。





 防波堤に戻ると、女性はひとり、佇んでいた。


 オレンジ色の光を眺める女性の姿は、どこか寂しそうに見えた。


 私に気がつくと、女性は笑顔を作る。


「答えは出ましたか?」


「はい」


 女性の目を、私は、まっすぐ見つめた。


 その瞳には、私の姿が映っていたが、

女性は、私のことを見てはいなかった。

私ではなく、もっと遠い何かを見ていた。


 でも、今の私は、ここにいる。

目の前の私しか、ここにはいない。



「電車に乗って、終点に行きます。」


 女性は、何も言わない。私は頭を下げ、足を踏み出す。

指輪をぎゅっと、握りしめて。


「待って」


 私は立ち止まり、振り返る。


 女性のずっと後ろに、夕陽に染まる子ども達が見える。


 もう一度、最後に向き合った女性の瞳には、「今の私」が映っていた。



「もうすぐ列車が来るでしょう。

 あなたのような人は、下り列車に乗りなさい。」


「...ありがとうございます、さよなら。」


 私は駅へと向かう。

後ろはもう、振り返らなかった。






 女性は、駅へと向かう少女の後ろ姿を見つめる。


 沈む夕陽の中、少女の影は長く伸び、自分自身を、

黒く塗り潰そうとするかのようだった。


 女性は深く溜息をついて、目を伏せる。


「...これで2人目ね」


 そう言って、女性は小さく肩をすくめた。


 その体から、サラサラと白い粒子が流れ、潮風に乗り、吹かれていく。


「この前はスーツ姿の男性で、今日は、小さな女の子が去っていった。

 わたくしがこんなにも想っているのに、どうして、伝わらないのかしら」


 女性の頭は白い粒子となり、後ろにいた子ども達も、共に消えていく。


「...わたくしには、分からないわ。」


 その言葉を最後に、潮風に吹かれ、消える。


 防波堤には、ここに女性がいたことを

示すように、白い日傘だけが残っていた。





「目標1の回収に失敗。『神』は、最優先事項である、目標1の

 回収について、疑問を持ちました。これより、目標1の回収に

 ついて、再検討を行います。」


 電子音の声が、誰もいない浜辺に響く。



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