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海とさよなら  作者: 佐藤
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第5章 手の上にいる人

第5章 手の上にいる人


「次の駅に到着後、電車を乗り換える。」


 段々と慌ただしくなる隣の車両から、お父さんが戻ってきた。


 お父さんはママに目を向けると、頷くママに、

新しいルートの地図を渡した。


「白の世界の神から、干渉を受けている。行動を

 読まれている可能性が高い。次の駅からは、

 現行のプラン1から、プラン17に変更する。」


 プラン1は、全員で目的地を目指す計画だった。

だが、プラン17は、障害が発生した場合、お父さん達と分かれ、

私とママで動く計画になる。


 ママは準備のため席を立ち、隣の車両へと荷物を取りに行く。



 私はプランの大幅な変更に、不安が募る。


 冷たくなっていく自分の手を、私は握りしめる。終わりにする覚悟を

したはずなのに、いざとなると、戸惑ってしまう自分が情けなかった。


「体調に変化はあるか?」


 お父さんの声に私はハッと顔をあげ、首を横に振った。

お父さんはいつもと変わらない様子で「そうか」と言うと、

隣の車両に向かおうとした。


「待って!」と、つい引き留めて、私は気弱な言葉を口にする。


「私、もう、会えないかもしれない」


「会える。」


「...でも」


 私の弱さを打ち消すように、お父さんは

いつもと変わらず、はっきりと答えた。


「必ず迎えに行く。それも、あの時に約束した。」


「また、約束...それに、あの時って...私...」


「覚えていなくてもいい。約束は、交わした

 誰かが覚えていれば成立すると言ったはずだ。」


 お父さんはそれだけ告げると、背を向ける。



 突然、ガタンと、大きな音を立てて、電車が減速する。

つり革が、大きく揺れる。そして車内は、一瞬にして暗くなった。


 電車が、止まった。



「目標1、2を、発見しました。」


 機械的なその声は、頭の中で、何度も響くようにこだまする。


 パッと、車内の明かりがついた。



 恐怖で、私は言葉が出なかった。

照らし出されたのは、白い塊。車窓の全面に、

白い布のような何かが、びっしりと張り付いている。


 動けずにいると、強く、腕を掴まれた。


「しっかりしなさい」


「お、おとうさ」


 お父さんは私の肩を引き寄せると、皆に早口で伝える。


「伝達!現時点よりプラン24に変更。

 緊急的に保護対象を移動させる。」


 言葉の途中で、電車の扉がゴトリと開く。隙間から

ザワザワと、白い冷気のように、それは流れ込んでくる。



「必ず、迎えに行く。」


 お父さんが、私の頭に触れた。


 その手が離れた瞬間、私の視界はぼやけ、暗転していく。

お父さんは私に背を向けると、白い何かと対峙する。


「...おとう...さん...」


 私は手を伸ばすこともできず、ただ、その姿を見つめる。


 次第に光景が真っ黒に染まり、私は意識を失った。






 眼鏡を直し、男はそれを、まっすぐ見据える。


 目の前にいるのは、白い世界で「神」と呼ばれる、ただ一つの存在。


「目標1が、消失しました。これより、目標2と、接触します。」


 白く揺らぎながら、神はひどく電子的な音で、その声を生み出す。

男は鞄から計測器を取り出し、煙のようなその物体を計測する。


「実物か。CHのエージェントではなく、お前が直接干渉する

 確率は0に等しかった。これは、予定を大幅に変更せざるを得ない。」


 顔色を変えることもなく淡々と、男は鞄に計測器を仕舞う。


「CHのエージェント、彼らは、不必要です。『神』は、

 自身のプログラムに、重大な問題が発生した時、

 その原因を解析し、修正しなければなりません。

 ですが、彼らはその効率を、著しく低下させます。」


 声を発しながら、それは次第に収束し、人間のような形になった。


 顔のない、白い人型をした神が、そこにいた。


「単独でお前が思考し、行動が可能というデータはなかった。」


「『神』は、目標2、あなたに対しても、同様の所見を得ました。

 あなたが離反したことによって、全ては、動き出したのです。

 それにより、『神』はあなたを、新たなカテゴリ

 『神を消滅させる可能性を持った存在』として分類し、

 受容しました。そして現在、『神』は、その情報媒体である、

 あなたの保護を試みています。」


「保護後は実験体として、データチップだけを取り出され、

 破棄されることは分かっている。私のことは、どうでもいい。

 私が知りたいことは、なぜ、あの子まで追うのかだ。」


「『あの子』」


 神は、その言葉に強く反応を示した。


「あなたは今、目標1に対し、『あの子』という総称を用いました。

 あなたの認識は、正常ではありません。この反応からも、あなたが

 『あの子』と呼んだ目標1は、あなたに対し、何らかの作用を与え、

 あなたの本質を、大きく変容させたことを証明しています。」


 男は眼鏡を外し、その鋭い眼を神に向けた。


「あなたのその反応も、CHとして、正常ではありません。

 『神』は目標1を、『第一級標本』として分類し、

 受容しました。最優先事項として、目標1の回収、

 メカニズムの解析を行います。あなたと目標1は、

 『神』にとって、貴重なサンプルです。破壊は避けます。」


 男は神を見据えたまま、はっきりと言葉にする。


「お前は何も分かっていない。

 いや、お前は、存在自体が狂っていたのだ。」


 神はぐにゃりと、可笑しそうに白い顔を歪めた。


「その回答を、CHとして生まれた人間から発せられたのは、

 初めてであると『神』は、記憶します。これにより、

 『神』は、あなたの可能性値を、一段階引き上げました。

 あなたの回答は、『神』の回答に、近似している。」


 そして何か考え込むように、数秒間だけ、

白い神はその体を波立たせた。


「『神』に狂いがないことが、全ての狂いの原因であると、

 『神』は、認識しました。そして、『神』は、その問題を

 解決するために、現在、この世界に干渉しています。

 これは、CHの関与を受けた行動ではありません。

 あなたを含めたイレギュラーの積み重ねが、今後さらに

 必要であると、『神』は分析します。」


 言葉とともに、その体は激しく揺れ始め、突然、

人型はドロリと溶けた。


 足元に広がっていくその液体は、白い霧のように形を変える。


 そしてそれは、一瞬にして男を取り囲むと、

白く、白く周囲を染めていく。



 男の手にしていた眼鏡が、パキンと、砕け散る音が聞こえた。



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