第10章 さよならの人
第10章 さよならの人
長い時間をかけて、電車は「終点」に到着した。
2人は電車を降りると、駅舎を出た。
外は真っ暗で、2人はそっと、手を繋ぐ。
海が聴こえる道を、ゆっくりと、肩を並べて歩いていく。
踏切に差しかかり、少女が渡ろうとすると、彼は、その手を引いた。
少女は振り返り、立ち止まると、彼を見つめた。
そして、何も言わず、彼の隣に寄り添う。
電車の来ない踏切を、つかの間、2人は待っていた。
星が綺麗で、降り注ぐ光が、2人を照らす。
少女の右手がそっと、繋いでいる彼の左手を握り直す。
彼が目を向けると、幸せそうに、少女は微笑む。
潮風が、彼の前髪をなびかせる。
彼は微笑みを返し、2人は再び、歩き出した。
波打ち際には、銀色の丸い月に照らされて、
少女の影が待っていた。
砂浜で、2人は立ち止まる。
少女は繋いでいない方の手で、ポケットから、何かを取り出した。
そして、まっすぐ、彼の瞳を見つめながら、少女はその手を差し出す。
手のひらの上で、彼がそれ受け取る。
同時に、少女は繋いでいた手を、静かに離した。
彼の手にあるのは、半分に欠けた、黒い石だった。
顔を上げると、少女は背を向け、影のもとへと歩き出した。
振り返らずに進む少女の姿を、彼は見届ける。
ワイシャツの胸ポケットに仕舞っていた、白い石を
取り出すと、手のひらの、黒い石の隣へ乗せた。
影と向き合い、月の光に照らされた少女の横顔は、
一筋の涙で濡れていた。
少女と影は、お互いの手をとり、繋ぐ。
小さく、少女が呟く。
「また、会いたい」
影は、頷く。
2つの石は、微かに震える。
「じゃあ、もう行かなきゃね」
少女は、頷く。
どちらともなく、幸せそうに笑って、
重なるように、抱きしめ合った。
手のひらの上で、石が少しずつ、
風に乗って消えていく。
そして、何もなくなった手を、
彼はそっと、自分の胸へとかざす。
「...これは、涙が出てくる気持ちだ...」
そう呟くと、彼の視界が滲んでいく。
涙が落ちると、少女の姿は、もうなかった。
少女のいた場所には、煌めくものが落ちていた。
彼は近づき、それを拾う。
銀色の、小さな指輪だった。
その指輪を覗いてみると、内側が蒼く光り、
海と空の境界が、見えるような気がした。
彼は、ワイシャツの胸ポケットにそれを仕舞うと、
迷いなく歩き出す。
彼にはまだ、少女の幸せのために、やらなければ
ならない仕事が残っていた。




