表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

ある旅路にて

 歩いてどのくらいが経ったであろうか。

 足の筋肉が悲鳴を上げる。

 王国を出発した僕はひたすらに歩き続けた。



 今まで石畳で舗装されていた道が、途中から土の感触に変わる。

 周囲の穏やかな草原も、ところどころ、剥き出しの岩が散見されるようになった。



 僕が目指すは草原と遺跡の町レガート。

 王国を北へと進むと見えてくる最初の町だ。

 魔王城は最北にあるため、いくつかの町を通り抜ける必要がある。

 休息も兼ねて、僕は早く町に辿り着きたかった。 



 僕にはもう一つ、懸念があった。

 もしモンスターに出くわしてしまったら、どうしよう。

 悲しいことだが、僕は野犬相手ですら苦戦するだろう。

 悪意を持った生き物を、僕は追い払うことができるのだろうか。


 

 その不安は僕の中で膨れ上がり、母さんの死を思い起こす。

 もう進んでしまったのだ。

 いつ同じ目に合うかもわからない。

 


 逃げてしまいたい。


 

 これは僕の本音だった。

 もちろんそれは許されるはずはない。


 

 勇者として旅立ったあの日から、僕は眠ることが怖くなった。

 まどろみに身を委ねると、いつも焦げた臭いが鼻につく。

 そして夢の中で真っ黒になった母がいうのだ。


『どうして助けてくれなかったの?』


 僕にはもう、魔王を倒す道しか残されてはいない。

 それが僕に出来るたった一つの贖罪なのだから。



 そこまで考えてふっと脇を見やると、何か白いものが見えた。

 袋、だろうか。

 布の塊のようだ。



 その時、もぞり、と動いたような気がした。


 

 まさか。

 考えたくはなかった。

 腰の剣に触れる。

 あれは、モンスターなのだろうか。

 

「うがああぁぁぁっ!」


「うわぁっ!」


 僕はとっさに一歩後ろへ後ずさった。

 思わず得物を白い亡霊に突きつける。

 ・・・・・・。



 すぐに僕の恐怖はただの誤認識であったことを知る。

 白い布は何者かの衣類であり、起きあがる影は人間のそれであった。

 

「えっと、生きた人間ですか?」


 思わず問いかけてしまう。

 見た目はぼろぼろのフード付きマントを纏った小柄な人物のようだ。

 そこに違和感はない。

 問題なのは何故ここにいるか、だ。

 もしかすれば山賊の類かもしれない。

 完全に検討違いというわけではないが、少しずれた質問だったと、口にしてから気がつく。


「あたしのこと言ってるの? あはは、あたしがこの地に縛り付けられた滅亡した貴族の怨念だとでも? もっとこっちにおいでよ、ほら」


 驚いた。フードを目深に被って顔が見えなかったが、まさか女性だったとは。

 少し声量は大きいが、不快にならない、溌剌とした明瞭な声音。

 声のほどから、まだ幼い印象を覚える。



 戸惑う僕に、彼女は自ら近づいてくる。

 僕の剣を収めた宙ぶらりんな腕をとると、両手で握りしめてきた。


「ほら、好きに確かめてくれて良いよ」


 彼女は僕の腕を自分の頭にまで持って行く。

 勢いよくローブを剥がし、隠されていた肌が露わになる。


「良い拾いものしたね」


 自信満々な様子だ。

 けれども僕は強く否定することはなかった。

 神の造形物なのではないか。

 そう感じるほど、彼女は愛らしい容姿をしていた。


 

 とりわけ目を惹いたのは、どこまでも深く沈み込んでいくような漆黒の髪。

 そして、のぞき込む者を魅了する、血のように紅い瞳であった。

 両者を繋ぐように白磁の肌が覗き、二つのコントラストが強く強調される。


「あ、でも・・・・・・ちょっと、まずいかも」


 異端の瞳を持つ少女は、僕の方にしなだれるように倒れた。


「ちょっと、大丈夫?」


 必死に彼女を受け止める。

 とにかくどこか安全な場所に寝かせようとして。

 どこからともなく響きわたる、気の抜ける奇妙な音。

 僕の心配は杞憂に終わった。



「いやー、助かったよ」


 彼女は最後の一切れとなった干し肉を口に放り込むと、名残惜しそうに指をしゃぶった。

 僕は自分の残り少ないお楽しみを渡したことを悔やんでいたが、彼女の幸せそうな笑顔をみると、思わずこちらの頬まで緩んでしまう始末だった。


「ありがとね。危うく野垂れ死にしちゃうところだった」


「食料もまともに確保しないで、なんであんなところにいたの?」


「いやー、旅の途中で食料袋を落としちゃって」


 彼女は瞳を逸らしながらはにかむ。


「ここ、ちょっと道を外れれば遺跡群にでるでしょ。そこに捜し物があってさ」


 今僕が進もうとしてるレガートへの道は、旧文明の遺跡群を通っている。

 そもそもレガートという町が、この遺跡を開拓するために造られたものだ。もう何十年も前から、冒険者がひっきりなしに探索を進めていた。


「じゃぁ、君は冒険者なんだね」


「んー、まぁ、そんな感じかな」


 とはいえ遺跡群は実を言えばほぼ踏破されてしまっている。

 王国の近くであることもあり、今ある遺跡は歴史的価値を示唆するものでしかない。

 あまり無骨な雰囲気が感じられない辺り、どこかの町の学生だろうか。


「そろそろ質問を返すね。おにーさんはどうして、レガートに行くの?  その装備、遺跡探索が目的ではないよね」


「うん、僕はレガートを経由してもっと北へ行くんだ。魔物の主、魔王を討伐するためにね」


 全部本当のことだ。

 確かに、世には魔王を進行する信者がいると聞いたことがある。

 でも僕は、あえて話した。

 ほんの数日でも、会話の機会がなかったために、寂しかったのかもしれない。

 もうひとつ、それ以上に自分を戒めるという意味合いが大きかった。


「おにーさんが? 魔王を? あはははははは! おにーさんは本当におかしな人だね。」


 なぜ笑った。今の発言に滑稽な要素は含んでいない。

 僕が本当は無力な民でしかないことが暴かれたか。

 なんにせよ、眉をしかめることしかできなかった。

 


 一方で少女は一頻り笑った後、そっかー、勇者さまなのかと呟く。

 しばし、何かを思案していたようだが、しばし息を溜めてから、はじけるように言い放った。


「それじゃあおにーさん改め、勇者さま。もう一つ、質問するよ。

 勇者さまは人を殺せる?」


「訳が分からないよ。なんでそんなことを聞くんだい?」


「もし魔王が人間の姿だったとしたら、それでもきちんと殺せるのかって聞いてるんだよ。技量の問題じゃない、覚悟の問題」


 あまりにも明確な疑問であった。

 少女の声の明朗さも相まって、僕の耳にはっきりと残る。



 わからない。僕には何も答えられない。

 そもそも魔王と対峙するというイメージすら自分から抜け落ちていた。

 情けない話だが、そもそも魔王の元に辿りつくことに意識が向いてしまっていた。


「そんなこと、いわれても困るよ。そのときにならないと。

 誰だって最悪な事態なんて想定したくない。

 だから、君の問いにも答えられないよ」


 彼女はきょとんとしていたが、我に返ると、太陽のような微笑みを向けた。


「勇者さまの気持ちは分かったよ。うん、そうだね・・・・・・」


「勇者さまは、優しいんだね!」


 僕にはいまいち彼女の思惑がつかめなかった。

 なぜそんな満ち足りた表情をするんだろう。


「あたし、勇者さまのこと気にいったわ」


「そっか、ありがとう」


「そうだ、食事のお礼、させてもらうね」


 遠慮しようと遮る僕を意にも介さず、掌に一枚のコインを握らせた。

 銀色で女性の横顔が描かれている。

 裏面には何の柄もなく、紫色の球が埋め込まれてるだけだった。


「頑張ってね、勇者さま!」


「食べたばかりだけど、もう行くの?」


「うん、陽が下り始めたからね。早くいかなくちゃ」


 勢いよく飛び上がった彼女は、そのまま道を逸れて草原の方へ足を踏み入れる。

 その後ろ姿を、影が消えるまで呆然と見つめていた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ